第9話 冒険者ロック~スキル「シックスセンス」を持つ魔獣を討伐する方法。

 カクヨムアニバーサリーコンテスト2022(KAC2022)お題「第六感」に投稿した作品です。一部、加筆修正してこちらに転載しました。


 ⭐⭐⭐⭐⭐


 森の中の朽ちて苔むした倒木の陰に身を潜め、俺はクロスボウを構えた。そして数メートル先にいる大型犬ほどの大きさの魔獣に照準を定める。


 狙うはヤツの心臓だ。


 こげ茶色の毛並みをしたその魔獣は丸っこい図体を晒し、間抜なツラで俺が撒いたエサを頬張っている。


 俺は、暗夜に霜が落つるごとくクロスボウのトリガーを引く。


 パシュッ!


 射出音とともに魔獣マギカピバラへと向かうクロスボウの矢。

 しかし――


 みゅいっ!


 ヤツは、その矢をひょいと回避した。


「チイッ」


 俺は舌打ちして、さらにクロスボウのトリガーを引く。

 しかし、その矢もあえなく回避されてしまった。


「くそっ!」


 腰に差していた剣を抜き、マギカピバラに襲いかかる。ヤツはちょこんと立ち上がり、黒曜石のような瞳を俺に向けていた。


 みゅい?


「せいっ!」


 俺が振り下ろした剣を、ヤツはひょいひょいと躱す。まるで、俺をおちょくるかのように。


「このっ、このっ、おらっ!」


 幾度となく剣を振ったが、かすりもしない。だんだん頭に血が昇ってきてしまい、剣を滅茶苦茶に振り回した。それでもヤツの毛さえ刈り取れない。


「くっそ、これでもくらえっ! おらっ、おらっ、おらあぁっ!」


 俺は覚えたての魔法弾をマギカピバラに向けて2、3発撃ち込んだ。


 ドゴッ、ドゴゴーンッ。


 空中に飛ばされた小石や砂粒が降り注ぎ、土埃が舞って視界が悪くなる。

 俺は目を細め、土埃を吸い込まないように袖で鼻と口を抑えた。


 やがて少しずつ視界が晴れてきた。俺は魔法弾を撃ち込んだ先を凝視する。

 しかし、そこにヤツの姿はなかった。


 みゅっ、みゅっ、みゅううう♪


 鳴き声のする方を見る。そこに、こげ茶色のにゅっとした立ち姿、顎の辺りまで伸びた2本の齧歯げっし。黒い瞳がこちらに向けられている。

 その様子は、まるで俺をあざ笑うかのようだった。


 みゅっ、みゅっ、みゅみゅうう~♪


 そんな鳴き声を出しながら、ぴょんぴょん跳ねている。


「はぁ、はぁ……。ば、バカにしやがって……」


 そして俺の攻撃を全て躱したマギカピバラは、くるりと踵を返すと、ててててっと短い脚を素早く器用に動かしてどこかへ駆けていった。


 その姿を俺は、肩で息をしながら眺めていた。


「あははははははは。キミは面白いね。それじゃダメだよ、ロック」


 俺はロック。黒の長袖シャツの上に真新しいレザーベストと真新しい黒のレザーパンツなんて姿からもお察しの通り新人冒険者だ。人には童顔なんて言われるが、これでも年齢は20歳になっている。


 俺の背後で大笑いしている金髪蒼眼の男は、先輩冒険者のベッカー。年齢は俺よりも4つか5つほど年上だ。少し年季の入った飛竜のレザーアーマーを装備している。少し前に、大きな仕事で得た報酬で購入したという。


 ちなみに俺達が軽装なのは、ベッカーが「収納」スキルを持っているからだ。彼が俺の荷物も「収納」してくれたおかげで、比較的負担の少ない仕事となっている。


 今日は、俺達が住む町から少し離れた村からの依頼を受け、二人で魔獣マギカピバラの討伐にやって来た。


 マギカピバラは、まさにカピバラによく似たこげ茶色の毛並みを持つ大型犬ほどの大きさの魔獣だ。人を襲ったりはしないが、農作物を食い荒らす害獣である。


 ちょうど新人冒険者に手頃な魔獣討伐依頼ということで、所属する冒険者ギルド「アラヤシキ」のマスターが回してくれた仕事だ。さらに、新人冒険者である俺のためにベッカーを指導員としてつけてくれた。


 じつを言うと俺は、この世界の人間じゃない。この世界へ来て、もう半年ほどになるだろうか。

 もともと日本の名古屋で暮らす大学生だった。名前は角詠巌。「イワオ」は、この世界ではゴーレムの一種を指すらしい。ヘンだということで「ロック」と言う名前を名乗ることにしている。

 

 ある日、大学の講義に遅刻しそうになり全速力で講義室へ駆け込んだところ、なぜかそこは剣と魔法のナーロッパ系異世界だった。


 いきなりオカシな世界に迷い込み空腹で街道脇で行き倒れとなっていたところを、ルーベリアと言う国の冒険者に助けられた。


 その冒険者が、俺の後ろで腹を抱えて笑っているベッカーだ。


 それにしてもあの魔獣は、いったい何なんだ? あんなカピバラ見た事ない。

 全く攻撃が当たらない。


「ベッカー。あんなヤツ、一体どうやって討伐するんだ? おい、笑うな!」


 目尻に涙を浮かべながら、なおも笑い転げるベッカー。俺は、ヤツの去って行った方向を指さしながら彼に詰め寄った。


「ふふふ。ごめん、ごめん。マギカピバラはねぇ……」


 ベッカーの説明によると、マギカピバラは「シックスセンス」という固有スキルを持つらしい。攻撃を仕掛けても、野生のカン(?)で躱されてしまうそうだ。

 しかし野性のカンといっても、ヤツのそれは次元が違う。


 まさに今、俺は身をもって知った。


「進化の過程で、敵から身を護るために獲得したスキルみたいだよ」


「それにしても、あの回避レベルは凄すぎだろ……」


「うーん、森の奥で外敵に追われて逃げ回り、さらに人里で人間たちに追い駆け回されているうちにスキルレベルが上がっちゃったみたいだねぇ」


 顎に手を当てて爽やかな笑みを浮かべながら、ベッカーはそんな説明をした。


「仕方がないねぇ。ここは奥の手を使おう」


 とりあえず、俺達はマギカピバラを追って森の中を移動することにした。

 この森は、樹齢何百年なのかも判らない大樹が立ち並ぶ。それらの木々が、まるで腕を広げるかのように太い枝を何本も伸ばしている。

 森のなかは薄暗くシンと静まり返っていて、ときどき鳥や獣の声がするくらいだ。


 しばらく森の中を歩いていくと、ふと、どこかで嗅いだような臭いが鼻をついた。

 ……タマゴが腐ったような臭い。硫黄の匂いだろうか?


 辺りに立ち込めているもやは、霧……? いや、湯気か!


 森の開けた場所の岩場から、モウモウと湯気が立ち昇っている。


「温泉?」


 俺はベッカーにそう尋ねると、彼は笑みを浮かべながら頷いた。


「ここからは、ボクが先導する。キミは後ろからついて来て」


 俺が頷いて見せると、ベッカーは俺の前を歩き出した。俺もその背中を追う。

 しばらく進むと、ベッカーは俺の進行を右腕で制した。

 そして「そこで待て」の合図をして、彼は目の前の岩場の陰に身を潜める。そこから、そおっと岩場の向こうを覗き込んだ。


「何かいるのか?」


 ベッカーに尋ねると、彼は人差し指を立てて唇に当てた。もう一度、岩場の先を覗き込むベッカー。そして、右手で「こっちに来い」と俺に合図する。


 俺は、出来るだけ足音を立てないように岩場に近づいた。そして、彼の指さす方を見ると……、


 湯煙のなかに、のんびりと温泉に浸かっているマギカピバラの姿があった。

 気持ち良さげに目を細めている。


 鼻をひくひく動かしながら遠くを気にするようなそぶりを見せたり、周りをきょろきょろ見回して辺りを気にするような仕草を見せていた。


 ひととおり周囲を気にした後、ヤツは小さな両手を使いこしこしと顔を洗う。


 俺がマギカピバラの様子を凝視していると、ベッカーが俺の肩を軽く叩いた。


「じゃあ、ボクがお手本を見せよう。よく見ててね」


 右手にリンゴを持ったベッカーは、にこやかな笑みを浮かべながらヤツに近づいていく。そして、収納スキルで「かご罠」を取り出して温泉の側に設置すると、その隣にしゃがみ込んだ。


(え? そんな無造作に近づいたら逃げられるんじゃ!? つーか、罠まる見えだし)


 ベッカーは奥の手と言っていたけれど、いったいどうするのだろう?


 かご罠を出してきたことからすると、どうやら生きたまま捕獲するつもりらしい。

 しかし姿も罠も丸見えだ。あれでは、あっという間に逃げられてしまうんじゃないだろうか?


 マギカピバラは首を傾げて、温泉の畔に近づいてきたベッカーの様子をじっと覗っている。


「やあ、気持ち良さそうだね」


 ベッカーは、にこやかな顔でヤツに話しかけた。


(イヤイヤイヤイヤ、ちょっと待て。お前はムツゴ〇ウさんかっ!)


 ムツ〇ロウさんとは、麻雀で雀聖阿佐田哲也を相手に一度たりとも負けたことがないという武勇伝の持ち主……じゃなかった、動物と触れ合う心温まるシーンを日本全国のお茶の間に届けてきたハートフルな人だったと聞いている。


 俺はココロのなかで、激しくツッコまざるを得なかった。


 い、いったい、何をするつもりなんだ!?

 俺は息を呑んだ。


 つぎの瞬間、俺は思わず瞬きした。目をごしごし擦った。

 なぜか、ベッカーが両手でハートを作っている。


 みゅう💖


 それを見たマギカピバラは、スイスイ泳ぎながらベッカーの方へと近づいて行く。


 ベッカーがリンゴを見せると、ヤツは、


 みゅういー💖


 と鳴いて泳ぐ速度を速めた。そしてベッカーの足下に辿り着いたヤツは、リンゴを持つベッカーの手に鼻先を近づけた。


「さぁ、いいコだ。ほら、ここがキミの新しいお家だよ」


 かご罠のなかにリンゴを入れて誘導するベッカー。みゅいみゅいと鳴きながら、ベッカーの誘導に従うマギカピバラ。

 かご罠のなかに入ったマギカピバラは、リンゴに小さな両手でつかむ。


 カシャン!


 入り口を閉じられ、かご罠に閉じ込められるマギカピバラ。


「は!?」


 俺は目を疑った。今、目の前で起きたことが信じられず、思わずベッカーに駆け寄った。

 ベッカーは、にこりと笑って俺に解説する。


「マギカピバラは、捕まえるんじゃない。捕まえようとしたり、殺そうとすれば、彼らの『シックス・センス』で察知されてしまう。……そうだね。たとえるならトモダチになるんだ」


(イヤ、どういうことだよ! 勘が鋭いだけでアホなのか!? つーか、こんなんだったら、冒険者に頼まなくてもよくね?)


 最早、呆然と立ち尽くしかなかった。


 かご罠のなかでヤツは、器用に両手でリンゴを抱えてもぐもぐタイムである。


 俺はその様子を目を細めてじとーっと見つめる。


 みゅい?


 かご罠に捕らえられたマギカピバラは、つぶらな瞳で俺を見上げていた。



(注)カピバラは、「みゅい」とは鳴きません。

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