第2章:死神の懐中時計

第10話

 ヴァルデクラフト辺境伯領都【ヴァルデバリー】は、このフォルノポリス王国北部で最も大きな都市と言えよう。

 街並みは整然としており、有事の際には十分な動きを行いつつ防衛できるような配置で、全てが並んでいる。


 中央の領主館から広がるようにして貴族街、高級住宅街、工業街、そして一般街と続いていく各エリアは、中央に向かうにつれて徐々に狭まっており、仮に防壁を突破されたとしても敵を各個撃破できるようになっているようだ。


「流石は砦としても有数といわれるだけあるな……」


 ユージン・シャッフェンは街を歩きながらそう呟く。

 領主館を出た彼は、ぶらぶらと散策をしているだけだが、どこか彼の空気が浮ついているところからして相当嬉しいのだろう。


「お、魔道具店だな」


 時折ふらりと店に入り、物色している。

 だが、特に購入することはなく、次の店に移動しているのが独特だ。


「お? 串焼きか……」


 今ユージンがいるのは工業街と呼ばれる場所で、武器や防具、さらに魔道具を製造する店が集まっている場所。

 そしてそんな店舗の外では、道の端で露店を開いている串焼屋が美味そうな香りを周囲に広げている。


 今はまだ昼前なのでそこまで混んでおらず、適当に目に留まった串焼屋にユージンが近付いていく。


「いらっしゃい!」


 そう声を掛けてくるのは、白髪交じりの男性。

 だが、その腕や日に焼けた顔を見ると、まだまだ若者には負けんと言わんばかりのパワーを感じる。


「何にするかね?」

「お勧めは?」

「そうだなぁ……オークの串焼きは定番だし、最近はこのブルウルスっていう熊肉も人気だぜ!」


 そう言われたユージンは少し考えて、両方1本ずつ購入することにした。


「なら、それを1本ずつもらえますか?」

「おっ、毎度あり! 合わせて銅板4枚だ!」


 ユージンがポケットから銅板を4枚出して店主に手渡すと、紙袋に入った串焼きを店主が渡してきた。

 それを受け取りながら、ユージンは店主に聞いた。


「この辺りで、古くなった魔道具とか武器を売っている店はありますか?」

「古くなったやつ、か? 珍しい奴だな……確か、あの店の曲がり角を右に曲がって――」


 店主は親切にも、道順を丁寧にユージンに教えてくれる。

 どうやらユージンが、この都市の土地勘がないことを分かってくれたようだ。


「――って、ところにあるからな。いいか?」

「ええ、助かりました」


 頭を下げるユージンに、店主は笑いながら手を振る。


「気にすんなって! ただな、古い奴は割と【再製師リジェネレーター】のギルドが大量に買い取ることが多くてな……あんまり残っていないかもしれんぜ?」

「【再製師リジェネレーター】のギルドが、この辺りにあるのですか?」


 そうユージンが聞くと、店主は微妙な顔をした。


「いや、まあ……そりゃ規模は色々あるが、どの都市にもあるだろ。興味あるのか?」

「……ええ、少し」

「本当に珍しい奴だな……まあ、【再製師リジェネレーター】ギルドは直ぐ分かるさ、冒険者ギルドの隣だからな」

「そうですか、ありがとうございます。……折角なので、この果実水も」

「お、毎度あり!」


 店主から果実水を受け取り、代金を払ってからユージンはその場を離れた。

 そして少し歩いたところにある公園のベンチに腰掛け、次の目的地を考える。


「先に、中古品の店に行くか。その上で、ギルドだな」


 串焼きを頬張り、肉汁を果実水で洗い流したユージンはそう呟き、次の目的地に向かうのであった。


 ◆ ◆ ◆


 露店の店主から教えられた道順で、ある店の角を曲がり、さらに奥に行く。

 すると、表通りとは異なった雰囲気のエリアが現れた。


 アーケードのようであるのだが、店の一つ一つが小さい。

 そして、売っている物も中古品だったり、どこか一部が破損しているような物ばかり。


 しかし、それを見ているユージンはどこかワクワクした気分を味わっていた。


(……これは水を生み出すための魔道具、こっちは種火を生み出す魔道具……これは風属性、空調用の魔道具だな)


 ユージンの【解析】により、壊れている魔道具であっても簡単にその能力が分かってしまう。

 ユージンは、一つの店に入ることにした。


「失礼、これとこれ、そしてこの魔道具を一つずついただけますか?」

「……ぁ、はぃ。……銀板、1枚、です……」


 魔道具店の店主はローブを着ており、そのフードをこれでもかと深く被って顔を隠していた。

 だが、間違いなく腕は良いのだろう。あるいはが良いのだろうか、品揃えが豊富で、実に面白い。


「ありがとうございます。少し聞いてもいいですか?」

「……は、はぃぃ……!?」


 何故か悲鳴に似た返事をされたユージンは、微妙な表情になる。

 だが、気を取り直して笑顔を浮かべつつ、気になる事を尋ねた。


「例えば、材料の端材や、こういった部品を売っているところを知りませんか?」

「…………」


 ユージンの質問に、少しユージンを伺いながら考える店主。

 そして考えた後に、口を開く。


「……な、なら……王都の、エルブラット地区、は面白い、です……」

「ほう」

「あ、あそこは、このエリアより、もっと、もっと、色々な、ジャンク、部品、沢山あります、よ……ぁ、すみません……」


 ぼそぼそと喋る割に、意外と饒舌な店主に少し驚きつつ、ユージンは店主から情報を得る。

 今のところこのヴァルデクラフト辺境伯領から……というよりも村から出て行くつもりはないのだが、一度王都に遊びに行ってみようか、など考えるユージン。


 対する店主は少し恥ずかしくなったのか、何故か縮んでいる。


「いえ、気にしなくていいですよ。……折角なので、これも買わせてください」

「あ、ありがとうございます」


 情報のお礼に、もう一つ魔道具を購入したユージン。

 それはユージンの解析でも詳細が分からなかった、特殊な魔道具だった。

 形状としては、腕輪に似ているだろうか。一応ユージンが見る限り、修理ができるようではあるらしい。


「……で、でも、これよく分からないんですよ」


 店主はそう言ってくるが、ユージンはなんとなくそれに心惹かれて購入することを決定した。

 後にこの魔道具が一波乱起こすのだが、それはまたしばらく先のことである。


 ◆ ◆ ◆


 ユージンはさらに細かな端材を鍛冶屋や道具店から買い取り、自分の荷袋に収める。

 これは丈夫な生地で作られたもので、ありふれた物だ。


 もう少ししたら村に帰ろうか、と考えつつユージンは再製師リジェネレーターギルドを通りかかる。


 すると……


『話にならん!』


 そんな大声がギルドの中から漏れ聞こえてきたかと思うと、一人の老人が供の者を連れて出てくる。


 特徴的な口髭を、触覚のように振り乱した老人は、まるで年を感じさせないような動きで地団駄を踏むようにしている。

 その周囲を、数人の護衛らしき人物が囲っているが、その誰もが微妙な表情だ。


「何が『うちでは修理できんし、何かも分からない』だっ! この役立たず共め!」


 そう言いながら手に持っている何かをギルドの壁に叩きつけた。

 どうやら魔道具らしく、ぶつかった衝撃で見る影もないほどに破壊されている。


「だ、旦那様……」

「ふんっ! こんな物、ゴミにもならんわ! 放っておけ!」


 そう言いながら馬車に乗り込み、かなりの勢いでその場から離れていく老人を見送りながら、ユージンは老人の叩きつけた魔道具を視る。


(……これは)


 その魔道具について気付いたユージンは、その破片を拾おうと手を伸ばす。

 と、中からギルド職員らしき女性が箒を持って出てきた。


「ん?」

「おや……」


 破片を見ていたユージンに気付いた職員と、近付いてきた職員に気付いたユージンの視線が合った。

 すると、なんとも微妙な表情で職員らしき人物は目を逸らす。


「……あー、さっきのご老人を、見たかい……?」

「……かなりの剣幕でしたね」


 そう言ったユージンに、深い溜息を吐く女性。


「……見なかったことにして欲しい」


 そう言う女性に対し、ユージンは笑顔で立ち上がると破片を指し示す。


「……なんだい?」

「これらの破片をいただけるなら、見なかったことにいたしましょう」


 そう告げたユージンに対し、女性はなんとも言えない苦い顔になるのであった。


 ◆ ◆ ◆


「……」

「……」


 応接室のソファーに対面同士で座る女性とユージン。

 だが、その間に流れるのはなんとも言えない無言の空気だ。


「……あー、まず自己紹介といこうか」

「ええ、そうですね……では、俺はユージン。ユージン・シャッフェンと申します。辺境伯領の端、とある農村に住んでいます」

「私はヴィルヘルミナ。ヴィルヘルミナ・カッツェンだ。この再製師リジェネレーターギルドのギルドマスターをしている」


 どうやらこの女性はギルドマスターだったようだ。

 年齢はちょうどユージンと同い年くらいだろうか。豊かな黒髪を持ち、瞳は深い紫で、前髪が長いから見づらいが非常に綺麗な顔立ちをしている。


「おや、ギルドマスターなんですね」

「ああ……とはいえ、最近は再製師リジェネレーターも多くないからな。実力と、事務仕事に慣れているかどうかというところで、私がなっているだけだ」


 どこか自虐的にそう告げる彼女。

 彼女曰く、最近は再製師リジェネレーターになるよりも冒険者や、華々しい魔法使いを目指す者の方が多いらしい。


 再製師リジェネレーターはお抱えになる可能性があるとはいえその可能性は低く、しかも広範囲にわたる知識も必要とするために『地味で大変』と思われているとか。


「古代文明の魔道具を修理できるまでの知識を持つ者は少ないし、それをするのは国家再製師リジェネレーターだけだからな。民間では不人気なんだよ……残念ながらね」


 そう言う彼女は、本当に残念そうに溜息を吐く。

 ユージン自身は特殊な例であり、普通は対応できる方向性に限りがあることが多い。

 しかも、一人前になるまでにも中々難しい職のため、選ぶ人が減っているのも間違いではないのだ。


「……大変ですね」

「ああ……とと、話し込んで済まないね。色々愚痴りたくなることが多いんだ」

「先程のお客みたいに……でしょうかね」


 ユージンがそう言うと、さらに深い溜息を吐くヴィルヘルミナ。


「あれのことは、あまり触れて欲しくないかな……我々ギルドの失態もあってね……」


 嫌そうにそう呟く彼女に対し、ユージンは指を組んで興味深そうに話を聞く体勢に入る。

 その様子を見たヴィルヘルミナは、なんとも言えない表情になる。


「なんだい、その様子は……流石に部外者には話せないことだぞ?」

「おや……それは残念。まあ、俺はこの破片がいただければそれでいいのですが」

「まったく……」


 ユージンの言葉に、頭を掻きながら何度目か分からない溜息を吐くヴィルヘルミナだったが、仕方なさそうに頷いた。


「分かったよ……持っていって構わない。だが、そこまで壊れていたらどうしようもないぞ?」


 そういうヴィルヘルミナだったが、ユージンは軽く首を振る。


「大丈夫ですよ、うちの村の再製師リジェネレーターは腕が良いので」

「むっ……」


 暗に『村の再製師リジェネレーターの方が腕が良い』という言い方をされ、微妙な表情をするヴィルヘルミナだったが、詳細を話していない以上そう言われることに文句は言えない。

 これで否定してしまえば、『なら、修理できないはずがないですよね? できないならどういうわけです?』といわれる可能性が否定できないのだから。


 まあ、間違いなくユージンなら言うであろう。

 会って僅かな時間ではあるが、恐らくヴィルヘルミナもそんなユージンの雰囲気を感じたに違いない。


「では、お邪魔しました。またご縁があれば、お会いしましょう」

「ああ、気を付けて帰りたまえ」


 ヴィルヘルミナに見送られ、ユージンは再製師リジェネレーターギルドから出て行った。

 その後ろ姿を見送りながら、ヴィルヘルミナは考える。


「しかし……辺境の村に再製師リジェネレーターが居るという話は聞いたことがないが……」

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