第12話

 俺の名は北島響、トレ専学園に今年入学したぴかぴかの一年生だ。



 にしこたまぶちのめされていたから実技試験は問題なく突破できたんだけど、その代わりに筆記は散々。面接なんてもう目も当てられない。



 よくもまぁそれで新入生代表に選ばれたものだと、先生は心底呆れたように言っていた。



 誰のせいで!って言い返してやりたいのを堪えたのはこれが一度や二度では無い。

 だがそんな屈辱の日々も今日で終わりだ。



 小学校の時も中学校の時もずっと修行漬けの毎日だったから、高校で寮生活になり、俺は自由に打ち震えていた。



 トレ専学園は俺の夢に見た高校生に期待以上に答えてくれた。



 沢山の同期。滅茶苦茶広くてきれいな校舎。豊富なトレーニング施設に語る事は色々あるが、何と言っても迷宮!これのためにトレ専学園に入ったと言っても過言では無い!



 そしてこの学園は迷宮を夢見る少年少女が日本中から集まってくるから、個性的な奴が非常に多い。



 例えば3年生の『炎帝』羽田先輩、生徒会長にして学園最強と名高い神宮司先輩、無類の迷宮狂いで廃部寸前の『ダンジョン研究会部長』盾無先輩。



 新入生でも濃い奴が多くて、すでに二つ名で呼ばれているような奴までいる。



 だが、そんな超個性的な先輩方が霞むほどの存在感を放つ奴が、しかも寄りにもよって俺のクラスメイトにいた。



 ホームルームのベルが鳴り、先生が教室に入ってからしばらくしての事だった。



「おいっすー貴様らー!青春してるか―!」



 教室のドアを勢い良く引き開け、一人の男子生徒が大声を発しながら威風堂々と入室してきた。



 そう、こいつが先輩方何て目じゃないくらい超濃縮レベルでキャラの濃い新入生、ヤニカスのシケモクだ。

 信じられない事にこれが本名なのだ。トレジャーカードに書かれている名前が確かにそうだったから疑いようは無い。



 …ていうか卒業してないのにトレジャーハンターになってるんじゃねーよ!って自己紹介の時にクラスのみんなに散々罵られていたけど、こいつその時になんて言ったと思う?



『例えばちょいと高いところに金があって、頑張れば手に入るのなら、手を伸ばさない道理もないでしょ?』



 黒が混じったくすんだ金髪(地毛とのこと)、ころころ変わる表情。何というか常に高いテンション。コミカルな雰囲気を漂わせているのに、見つめているとどこか不安になってくる錆色の瞳。



 総評すると、何かおかしな雰囲気のチャラ男っていうのがこいつの印象だ。実際はとんでもない予測不能回避不能神出鬼没な災害みたいなやつだけど。



 シケモクは面食らったようにぱちぱちと目をしばたき、不思議そうに先生の顔を見つめ、それからプっと噴出した。



「凄い!ホームルームに間に合わなくって教師に叱られるなんてまるで高校生になったみたいだな!」



 先生に怒られてるっていうのにシケモクは悪びれもせず、それどころか目を輝かせながらそんな事を言ってのけた。



「いやお前高校生だからな!みたいじゃなくって学生だからな!」

「マジ?俺高校生!?うっそ!?ほんとに?高校生って都市伝説じゃなくって実在したの!?」

「お、お前…」



 暖簾に腕押し、糠に釘。

 先生はその後いくつか小言を言ったけど、当のシケモクはまるで堪えた様子は無く、唯々先生の説教に合わせて茶々を入れるだけだった。



 何を言っても無駄だと悟った先生は顔を覆い、もういいと言ってシケモクに着席するように促した。

 シケモクはくすくす笑って、まるで勲章をもらった軍人の様に堂々とした足取りで自分の席へ着席した。



「応、朝日奈君おはよう!昨日はずいぶんハッスルしていたが、あまり夜更かししないようにな!」

「あ、あぁ…え?」

「やあやあ小日向さん、おはよう!ゴムは…つけようね!」

「うんおはよう…は?」



 シケモクは両隣の席の生徒、朝日奈と小日向に挨拶するのと同時に何やらよく分からない事を付け加えた。

 聞き耳を立てていた俺たちは何が何だかさっぱりだが、言われた本人たちは顔を真っ青にして口をパクパクさせていた。



((どういう意味なんだろう…))

「こらそこ、お喋りは後にせんか!」

「んふふ、はァ~い!」



 先生に注意され、シケモクはくすくす笑った。

 その後シケモクはホームルーム中は口を閉じたままだったが、朝日奈と小日向をちらりと見ては笑っているのがやけに印象に残った。



 さて、時間は流れて昼休み。

 皆が思い思いに飯を食ったり、友達と談笑したりする時間に、やはりあの男は事件を起こした。



「おいみんな、シケモクの奴がまたやりやがった!」



 友達が出来なくって一人寂しく教室で飯を食ってると、クラスメイトが教室に駆け込んできた。



!?」

「こんどは何だ!?あいつ何しでかした!?」

「喧嘩だ喧嘩!」



 詰め寄る俺たちに、彼はそう叫び返しながらシケモクのいるという食堂前に俺たちを案内した。

 事件の話を聞きつけた生徒は俺たちだけじゃなかったようで、すでにやじ馬で人だかりが出来ていた。



 苦労してやじ馬たちをかき分けて前へ出ると、そこにはシケモクと一人の女子生徒が対峙していた。



「今度は何したんだアイツ?」

「あぁ、よくわかんないけどあのバカ、3組の目良経めらへとなんかあったらしいぞ」



 俺の呟きに、隣にいた別のクラスの生徒が話してくれた。

 その間にも、シケモクと目良経の会話は続いてゆく。



「どうして私を置いていったの?言ったじゃない、必要としてくれてるって!」

「あぁ必要としてたよ。あの時ムラムラしてたからね」

「遊びだったの?」

「当然じゃないか。他に何がある?まさかお前あんな程度の事で自分が特別だとでも?」



 シケモクは鼻で笑った。それで目良経はますます怒り狂ってヒートアップしていくが、シケモクはその間口を開かず、奇妙な物を見るみたいに彼女を見ていた。



「何よ!?何とか言ったらどうなの!?」

「いやぁ、お前思った以上に馬鹿なんだなって」

「なんですって!?」

「だってさ、あんなのどう考えたって誑し込まれてるってわかりそうなもんじゃん?それすら気付かんとか馬鹿か?」

「愛してるって言ってた!」

「はっ!行きずりの女相手に心から愛すると言う奴なんざいるもんか」



 シケモクは首を振り、それからまるで聞き分けの無い子供に言い聞かせるみたいに言った。



「良いか?快楽での愛なんてのは結局のところ一次的な物でしかない。で、セックスで愛を感じる奴は、愛を感じてるんじゃなくって、ただ快楽が好きってだけなんだ」



 目良経は目をすがめた。



「何が言いたいっていうとだな、結局のところお前は愛が欲しいんじゃなくって、ただ自分を肯定してくれる都合の良い奴が欲しいだけってだけさ」

「殺してやる!」



 目良経は懐からナイフを抜き放った。

 やじ馬にどよめきが起こる。俺も息を呑んだ。



 対してシケモクは目を輝かせて、ナイフを構えて突貫してくる彼女を見た。



「おお、いいね!」



 そう言うとシケモクも同じようにナイフを抜き、息を呑む俺たちの事なんかまるで気にもせず目良経のナイフを受けた。



「うん、良いぞ。きちんと殺意が籠った良い斬撃だ。でも少し大振りが過ぎる。迷宮の魔物相手じゃそれでは通じませんぜ?」



 シケモクは斬撃をナイフで受けつつ、彼女の振るうナイフについて逐一指摘した。



「この、このぉ~!!!」

「いいか?ナイフを振るうのなら大ぶりの攻撃は避けるべきだ。そういうのはロングソードとか斧とかの役割だからな。ナイフを振るなら小刻みな攻撃を意識するんだ。そうすりゃ相手はいつか疲れるか、焦れて畳みかけようとしてくるだろうからな」



 ナイフを両手で握りしめて突進する目良経をするりとよけ、シケモクは彼女の背後からまるで指南するようにナイフを握る腕に手を添えた。



「ナイフで突くならそんな馬鹿正直に突っ込んではいけないぜ。適当に胸に突き立てたところで骨に阻まれるし、筋力が無けりゃそもそも碌に突き立ちやしない。刺すなら喉か、心臓を狙うなら脇腹からグサリだ」

「うわぁあああああ~!!!」



 背後に向けての横凪の一線をぴょいと後ろに跳んでかわし、その後に振り回されるナイフをシケモクはポケットに手を突っ込んだまますいすい避ける。



 俺たちは何を見せられているんだ?



 俺は喧嘩を見ていたはずだった。

 はじめの内はそうだったのに、いつの間にかこの場はナイフの実演講座に変わっていた。先輩や教師方も興味深そうにシケモクの話に聞き入っている始末だ。



「もっとも切れ味という問題は魔法を付与すればある程度は改善するから、一概にそうとは言えん。ただ魔法の付与は意外と難しいから、まずは平時で安定して掛けられるようになってからじゃなきゃ実践投入はお勧めできない。基本がなってないのに応用なんて出来る訳ないからね」

「はぁ…はぁ…この、このぉ…!」



 へろへろになった彼女はそれでもシケモクへの怒りが突き動かすのか、息を荒げながらもナイフを振るう手を止めない。

 しかしシケモクはもう彼女を見ていなかった。



「お話終わり!君もう帰っていいよ!」

「へ?きゃあ!?」



 シケモクは手をパチンと合わせてそんな事を言うと、一息で目良経の懐に踏み込んで抱え上げた。状況の呑み込めない彼女は何も抵抗できぬまま、そのまま窓から放り出された。



「「えぇええええええ~!!?」」

「いゃったぜ!ホールインワン!」



 驚きに声を上げる俺たち。その後湧き上がるのはシケモクへの大ブーイングだ。



「ば、お前ここ3階だぞ!?何やってんだ!」

「応、きちんと背中から落ちるように投げたぜ」

「余計駄目じゃねぇか!?」

「は!この学園に入学できた奴が3階から落下した程度で死ぬかよ」

「最低だこいつ!」

「この屑!」

「死ね!」

「ゴミ野郎!」

「女の子泣かせてんじゃねぇぞ!」



 俺も混じってシケモクへありったけの罵声を浴びせかけるが、シケモクはちっとも堪えない。

 大ブーイングの前にしても、やはりシケモクはシケモクだった。投げかけられる罵倒に、シケモクは舌を出して振り回した。



「クソ~なんて奴だ!」



 煽るようにくねくねと体を動かすシケモクに、俺は憤りを隠せなかった。

 こいつとは絶対に相容れない。



 俺は確信した。



 でもまさかこんなとんでもない人間の屑が、生涯の友として末永く付き合っていくようになるなんて誰が予想できた?

 俺も、あいつも、誰もそんな事予想できなかったに違いない。



「あはは、入学早々3階から落ちる奴なんて前代未聞だネ☆」

「「前代未聞なのはお前の行動だよ!」」



 目良経を放り出した窓をぴしゃりと閉めながらにっこり笑うシケモクに、その場に居たすべての人間の思いが一致した瞬間だった。

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