第7話

『迷宮』



 それは太古の昔『ダンジョンマスター』という者が作り出したという大迷宮に感銘を受けた『作り手クラフター』達によって作られた、大小さまざまな異空間である。



 その中身は作り手によって千差万別。

 木々の生い茂る密林、永遠と雨が降り続ける湿原や涼やかな風の吹く大草原と様々だ。

 広さも無論作り手の力量次第で、小さなものはコンビニエンスストア、大きいものになるとそれこそ小島と見まがうほどの広さがある。



 中でもダンジョンマスターの作りし7つの大迷宮など、未だ全貌を解明できた者がいない程広大かつ複雑な世界が作られている。



 迷宮の中には様々な生物、いわゆる魔物が存在しており、迷宮に迷い込んだ哀れな探索者たちを暗がりから虎視眈々と狙い襲い掛かってくる迷宮の番人たちである。



 迷宮の解明が進んだ昨今、大迷宮と迷宮には明確な線引きが出来る事を発見した。

 それは迷宮は異空間に作り出された閉じられた世界なのに対し、大迷宮はあくまで地上の空間を引き延ばして作られているという事だ。



 ダンジョンマスター程の強大な存在が、一体なぜ異空間の中に大迷宮を作らなかったのか未だ議論は尽きないが、その中で最も有力視されている説は、何かを封じ込めるために作り出したという説である。



 たでやはり根拠となるものがないので、研究者たちは今日も力あるトレジャーハンターたちを迷宮に送り込み、少なくない犠牲者を出しつつ根拠となるものを血眼になって探しているのが現状である。



 トレジャーハンターは迷宮攻略に挑む者全般を指し示す。

 元を遡るとかつてダンジョンマスターに付き従っていた2人の内の一人が呼ばれていたトレジャーハンターの名が、いつの間にか個人ではなく役職を示す名になっていたとのことだが、真偽のほどは歴史の彼方に埋もれてしまった。



 迷宮が世界に生まれ、世界の人々に認識された初めの段階では、迷宮に挑む者は全て手探りの状態で行われていた。

 時が経つにつれて次第に挑む者が増えれば、そこに金を見出す者が現れ始め、ついに迷宮に挑む者を支援する『迷宮案内所』、通称ギルドというものが生まれたのだった。



『作り手』達が作っては放置している迷宮を把握し確保、安全にトレジャーハンターを迷宮に送り込めるような装置の開発、武器防具の開発、迷宮内の魔物や罠の調査。

 迷宮案内所のおかげでトレジャーハンターたちの迷宮攻略は飛躍的に向上した。



 時が経ち、科学技術が発達した昨今の迷宮への研究も目覚ましく、トレジャーハンターになった者が必ず所持することを義務付けられたトレジャーカードに付与された帰還の術式によって、迷宮内で死亡する者が劇的に減少した。



 死亡率が減ったおかげで迷宮入りへのハードルが減少した近代では、トレジャーハンターになりたがる者が爆発的に増加し社会現象までになった。

 あまりにも多すぎて、それに向けて学習塾や専門の学校の建設が急がれる程である。



 刺激を求めて、出会いを求めて、一獲千金を求めて、名声を求めて、年齢を問わず様々な者が日々迷宮へ挑んでいる。シケモクや遥もその中の一人に当てはまる。



 さて、現在シケモクたちが来ている『誘いの洞窟』は迷宮案内所が設定した難易度はCランク(ランクはS~Eまであり、トレジャーハンターにも同様にランク付けがされている。基本的に与えられたランクがそのまま迷宮への適正ランクとみなされており、ランクを上げるには迷宮をゴールまで進むか、迷宮案内所が出すバウンティをこなすことで上げられる。ちなみに2人のランクはシケモクがE、遥がSだ)である。



 この迷宮はそこまで広くなく、出て来る魔物もそれ程強くなく、仕掛けてあるトラップも精々が落とし穴だったり程度で、慣れたトレジャーハンターなら特に苦戦する要素は無い。

 ただ洞窟というだけあって薄暗く、光源が確保出来ない者や夜目が無い者は思わぬ奇襲を受ける事があり、Cランク迷宮としては比較的難易度が高い事で知られている。



 しかしこの二人はまるで気にすることなくずんずん進んでゆく。

 シケモクは夜目が利くから、遥は自分の周囲に小さな火の玉を作り出して光源を確保しており、どちらも行動するのに何ら支障は無かった。



「シャーッ!」



 と、洞窟に開いた穴の内の一つから、突如緑色の体長3メートル程の緑色のトカゲ、シビレマタタキトカゲが先頭を進むシケモクに向かって飛び掛かってきた。



 このトカゲは暗がりに潜み、通りがかりの者に瞬きする間に奇襲をかける様から名づけられた。

 そしてシビレの名の通り牙に毒を持ち、戦闘中にシビレマタタキトカゲに奇襲され動けなくなった所を別の魔物に襲われるのがこの洞窟での死因の上位を占めている。



 並のトレジャーハンター相手なら、この戦法は通じた事だろう。

 迷宮の魔物はそろって頭がいいから、このシビレマタタキトカゲもこの戦法が最も相手を殺せると承知でやっている。



 しかし残念ながら、今度の相手は並の者ではなかった。シビレマタタキトカゲは奇襲をかけたつもりだろうが、相手があまりにも悪すぎた。

 突っ込んでくるシビレマタタキトカゲにシケモクは仏頂面を崩す事無く、構えていたアサルトライフルの引き金を引いた。



 マズルフラッシュが洞窟の中に瞬き、火薬の炸裂音が断続的に響き渡った。

 大口を開けて突っ込んできたシビレマタタキトカゲはアサルトライフルのフルオート射撃を回避すること能わず、毎分1000発の弾丸の嵐をたっぷり十秒間浴びせかけられ、シケモクが射撃を止める頃にはすっかりミンチが出来上がっていた。



「ははっ、ゴア」

「まだ来るぜ」



 楽しげに笑う遥にシケモクがそう言ったのと同時に、洞窟に開いた四方八方の穴からシビレマタタキトカゲ、子供ほどの大きさの吸血蝙蝠ハートドレイン、目がほとんど見えない代わりに聴覚が異常発達した狼メシイウルフが彼ら目がけて脇目も振らずに突っ込んできた。



「ワハハ大量!」



 嵐の如く襲い来る魔の大群に、シケモクは平静を崩さない。

 どころか嬉しそうに呵々大笑しながらアサルトライフルをひたすら撃った。撃ちまくった



 滅茶苦茶に撃っているようでその射撃の精度は正確無比。一撃で急所を撃ち抜かれ、迷宮の番人たちはバタバタと倒れてゆく。



 ほんの数秒の交戦時間で、シケモクの前には早くも屍が山を成していた。



「あ、テメ―だけずりーぞ!俺にもやらせろ!」



 早々に交戦を始めたシケモクに、遥は抗議の声を上げた。



「知った事か、やりたきゃ勝手にやれ!」



 シケモクは銃撃の音に負けじと声を張り上げ、振り返る事無く叫ぶように言った。



「うおおおおおおお!!!」



 遥はすでにシケモクの話など聞いていなかった。

 遥は背中に背負った大剣の柄を握りしめると、シケモクの事などお構いなしに前方に向けて大きく横薙ぎに振るった。



 だがシケモクは驚きもせず、ただため息を吐きながらバク宙で斬撃をかわす。

 無論遥もシケモクはかわすだろうと信じていたから、そのまま剣を振り抜いた。



 瞬間、津波の如き火炎が前方を埋め尽くし、束の間の間洞窟の中を真昼間の如く照らし出した。



「ギャーッ!?」

「ギギーッ!」

「アバーッ!?」



 炎の津波はあまりにも広範囲にわたり、誰一人として回避も防御もすること叶わず、炎が鎮火すると何十匹もいた魔物は影も形も無くなっていた。



「ウハハハハ全部消し去ってやったぜ!」



 高熱でどろどろに熔解した地面の上で、遥はまるで童子のようにキャッキャと笑った。



「おめーよー、俺ごと灰にする気か?馬鹿かテメ―は」

「ハッハッハ、お前がこんなもん食らった程度で死ぬかよ!それに、まさかお前あんな程度の攻撃が避けられない訳ないよな?」



 糾弾するシケモクに、遥は悪びれもせずにあっけらかんと言い放った。

 対するシケモクはまるで変な物でも見るみたいに遥を一瞥し、付き合ってられないとばかりに首を振り、指笛を鳴らした。



 すると彼の影から黒い靄の様な物質、地獄の瘴気が立ち昇り、その中から一頭の馬がゆっくりと姿を現した。



 瘴気。それは地獄から染みだした、この世ならざる気。

 時折、この世界では新月の夜にあの世と重なり合うことがある。その時に地獄から漏れ出たのが瘴気である。



 周囲に生物がいた場合、ほぼ例外なく周囲の生命は瘴気に侵され、即死する。あの世の気に当てられ、に引っ張られてしまうからだ。



 しかし極たまに瘴気に侵されて猶死なない生物も出てくる時がある。

 それはそれだけ強い魂を持っているという証拠であり、そういう者はほぼ例外なく瘴気を克服するだけでなく、瘴気を内に宿し、あまつさえ子をなすという事すらやってのける。



 そういう生物は『瘴気生物』と称され、人類と敵対する魔物の中で特に忌み嫌われる存在として知られている。



 彼女の名はハイザラ。今年で八歳になる瘴気馬の子供である。



 彼女とシケモクとの出会いは今から7年程前に遡る。



 その時シケモクはダンジョンのある場所へ自力で赴き、不法な手段で迷宮へ侵入し、持ち帰った素材を裏マーケットへ売り払っていた。

 彼女と出会ったのはそんな事を繰り返しているとき、運悪く空間異常にあって別の迷宮へ飛ばされてしまった時の事だ。



 彼が飛ばされたのは地獄の瘴気が蔓延し、迷宮として機能しなくなった見捨てられた空間だった。

 そこでは地獄の瘴気に適応した恐るべき魔物に溢れており、シケモクは命からがら出口を目指して迷宮の中を彷徨っていた。



 そして出口まであと少しという所でハイザラの母親と対峙。死闘の末、瀕死の重傷を負うも何とか勝利した彼は、生まれてまだ数ヶ月も経っていない彼女を発見し、これ幸いとばかりに持ち帰ったのだった。



 ハイザラは瘴気の中から完全に姿を現すと、シケモクに向かってとことこ歩み寄り、頭を摺り寄せてきた。



「おーよしよし、お前は本当にいい子だな。あの糞ボケとは大違いだ」

「おいテメ―、誰が糞ボケだこら」



 背後からの怒声にシケモクはまるで気にすることなくハイザラが持っているウクレレを背負い、その上から襤褸布染みた外装を纏い、最後に彼女に被せてあったソンブレロを被ると鐙に足をかけて馬上に体を押し上げた。



 そして手綱を握ると、シケモクは彼女に拍車を入れた。



「ヤア!ヤア!」

「お、おい」



 シケモクとハイザラは遥が最後まで言い切るのを待つことなく、弾丸のような勢いで走り出した。



「お、おい待ちやがれ!てめーら、おーい待てって!まてー……」



 遥の静止の言葉をシケモクはまるで無視し、それどころかさらにハイザラを加速させ、あっという間に遥の視界から消え去っていった。



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