第5話

 固有魔法を発現してから3年ほど経った。

 今思い起こせばこの3年間色々ありました。



 イグアナクランと契りを結んだとかほざく『ジャングル・スネーク・クラン』とかいう腐れカス共に襲撃かけられたり。

 メンバーは訳なかったけど、リーダーが予想以上に強くて殺すのに半日近くかかるわ、町中に潜んでいた残党を殲滅するのに1ヶ月も使わせられたり。



 それで終わりかと思えば、蛇姦野郎どもが支配してた縄張りを奪い取った『ランペイジ・マウス・クラン』とかいうイカれ集団に襲われたり、メンバーは全滅させたけどボスには逃げられたり。



 その後は変な連中に因縁つけられることは無かったけど、身に覚えのない名前を尋ねられた挙句、人違いっていう弁明も聞かないで襲われることが度々あったり。



 何だか殺伐とした3年間でしたね。

 ふざけるな!



 何だってんだよ~。俺が何したってんだよ~。

 高々ストリートギャングを4、5個潰したぐらいじゃんかよ~。



 俺まだ8歳児だぞ~。か弱いんだぞ~。いい大人があんまいじめんなよ~。泣くぞ!



 ジ・オーガなんて奴知らねぇよ~。何だってんだよ~も~。人違いだよ~。俺の様なプリチーボーイのどこが鬼だってんだよ~。



 しかし本当にわからん。いったい誰がそんなこと広めたんだ?



『インディアナ・イグアナ・クラン』も『ジャングル・スネーク・クラン』も『ランペイジ・マウス・クラン』も『ヘビィ・ドッグ・クラン』も『キャット・カット・クラン』も『チドリアシ・トリ・クラン』も『スーパー・ライノ・クラン』もリーダー共々誰一人逃してないはずなんだがなぁ…。



 あ、そういえばネズミだけ頭目逃してたわ。

 もしかネズミか!?ネズミなのか!?ある事ないこと言いふらした輩は!?



 …………………。



 ……………………。



 ………………………………。



 ………………………………………カッチーーーーーーーン!!!!



 もう怒りました!もう怒りましたとも!

 寛大でおおらかで慈悲深き聖母の如きワタクシでももう限界ですッ!!!!!!!

 あないなくそ面倒なことしておいてそんな事までしでかすとは、神に唾を吐いて仏にケツの穴を晒しマリア様をレイプするが如き所業ッッッ!!!



 おのれネズミめぇ~~~ッッ!!!

 おどりゃ覚悟せえよ!見つけ次第ぶち殺して屍を教会の前に括りつけてやるぜ!



 あんな賄賂塗れの汚職神父が聖人のシンボルなんぞつけやがって。

 この際ついでだ。俺が腐った輩に相応しいシンボルに付け替えてやるよ!

 有難く思いな、ぺ!



 まあめんどくさいし、あくまで見つけたらだけどね。

 だってあいつ不利になったらすぐに下水に逃げ込むんだもの。その上臭いし、うざいし、正直二度と会いたくないし。臭いし。



 はぁ……。



 ……現実逃避はここまでにしましょう。



 そう思い、俺は目を開ける。

 網膜に映る景色は3年前とはずいぶん様変わりしたいつぞやの空き地。



 真っ平だった地面にはどす黒い血痕が残り、敵の魔法や俺が撃ち込んだミサイルやグレネード、地雷のせいで大小さまざまなクレーターや焼け跡があちこちにできていた。



 ひで―有り様、なんて他人事のように呟きながら、俺は座禅を組みながらすーはーと呼吸を継続する。



 ここまでずっと俺は例の魔力と身体能力を上げる呼吸をしていた。

 身体機能や魔力の質を高めるためでもあるけど、それだけじゃなくて、これからやる別の呼吸の準備のためでもある。



 その呼吸法を知ったのはつい最近で、図書館で呼吸法関連の書物をあさってたら、見るからに怪しげなボロボロの本があった。

 興味本位でぺらぺらめくったら、あるわあるわ滅茶苦茶えげつない殺人術のオンパレード。



 ドン引きしながら読み進めてると、何とあるページに呼吸法について載ってるじゃありませんか。

 本に載ってる情報を信じるなら、俺が今やっている呼吸法の何倍、下手したら何十倍もの効能が得られるだろう。



 俺は図らずも手に入れることが出来た明らかヤバそうな書物を手に、嬉々として実践しようと空き地に直行した。もちろん無断で。



 これが苦行の始まり。



 さてこの本、『地獄獄羅苦じごくごくらくノ書』(バカみてーなタイトル)は一応武術の指南書になるわけだけど、さっきも言ったように、あからさまに内容がアンダーグラウンドなのだ!



『地獄獄羅苦ノ書』、もうめんどいから『地獄の書』でいいや。で、こいつの内容を要約すると、ずばり『いかに効率よく人を殺せるか』だ。



 うわっ。



 うん、ドン引き。

 内容を裏付けるように、ページのところどころに血の染みがいっぱいついてるのが、何というか…うん。



 まぁこの際どうでもいい。えぇ。

 殺人術は後で学ぶとして、今は呼吸法の方が大事。それが目的でこの本をかっさらってきたんだ。



 その呼吸法、本曰く『奈落呼吸法』なんだけど、呼吸法の訓練は何年もやってたから基礎の方は出来上がってた。

 だからすぐにでも奈落呼吸法を実践できる段階に入ってたんだ。



 上手い話にゃ必ず裏があるのが世の情け。

 一呼吸であらゆる機能を何十倍にも増加させる呼吸が、そう簡単に習得できるものだろうか。



 何も知らない俺は奈落呼吸のやり方のページを何度も復唱し、空で言えるくらい暗記出来てから、俺は教本通りに空気を一吸いした。



 瞬間、俺の全身に、特に心肺に尋常じゃない程の激痛が走った。

 膨れ上がる何かに体の内側から無理やり突き破られそうになる、とでもいうのか。上手い例えが見つからないが、まあともかくすごく痛かった。



 実践して分かった事なんだけど、どうもこの奈落呼吸、強靭な心肺がある事が前提の呼吸なのだ。



 大人でも長時間の訓練が必要なそれを、体がまだ出来上がっていない子供が実践したらどうなるでしょう?

 その答えを、俺は身をもって思い知らされた。



 普通人っていうのは、効果があるのか分からない上に痛みだけは無茶苦茶ある事なんて、分かった段階ですぐやめるのだろう。代替案を出すという手もある。

 だが俺は本に書かれている魅力的な文言に魅了されてしまい、効果があるのか分からない呼吸法を今日まで続けてしまっていた。バカですね。



「えぇい糞たれ!うだうだしてもしょうがねぇ!やってやらぁあああああ!!!!」



 俺はやけくそになって叫び、思い切り息を吸った。



「スゥーーーーーー……」



 限界まで息を吸った俺はいったん息を止め、腹の中に息を留めた。



 そして溜めていた息を……吐いた!



「……フゥッ!」



 途端に目の前が真っ白になる程の激痛が走る。

 再三言うけど、激痛が走る理由は、強化された魔力や身体機能に未熟な体が耐えられないからである。



 メキメキと湧き上がる計り知れない力に、俺の体が耐えきれず悲鳴を上げて、少しずつ自壊してゆく。



 あまりの痛みで次第に白かった視界が少しずつ黒くなって狭まっていく。

 それに伴い、最早考える事すらできなくなってきた。



 あぁ~!



 あぁ……。



 ……………………………………………………………………………………………………

 ……………………………………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………アバッ。



 俺の記憶はそこで途切れた。





 😄

 💥

 💀





 びゅうっと強い風にあおられて、パッと目が覚めた。視界には雲一つない青い空がいっぱいに広がっている。



 痛みはない。

 一呼吸であらゆる機能が何十倍になるというのはどうやら本当のようだったらしく、破壊された肉体が、強化された回復力で修復されたようだ。



 先ほどの痛みが嘘のように何ともなく、体が羽毛の様に軽い。

 力が漲る。今なら何だってできそうに思える。



 …危険な感情だ。



 そう思った俺はいったん思考をシャットアウトし、余計な考えを頭の中から追い出して何も考えない様にした。



「すーはーすーはー……」



 ついでに気持ちが落ち着くまで活性化呼吸も続けた。

 奈落呼吸に比べて効力は落ちるけど、落ち着く分には十分だ。



 寝っ転がったままの姿勢で呼吸を続ける事数分、漲る力はそのままに、気持ちはだいぶ落ち着いてきた。

 俺はネックスプリングで一息に起き上がると、体の各具合を確かめるために少し動いてみた。



 基礎動作を一通りを始めとして、魔力の循環効率、魔法の発動速度及び威力の上昇の有無、その他もろもろを軽く試してみた。



 結果は期待以上。試した動作の全てが呼吸前と比べてずっと性能が上がっていた。



「これで一呼吸なら、通常の呼吸のように出来たらどれだけになるんだ?」



 気がつけば俺は生唾を飲み込んでいた。

 えぇ、はい、落ちました。陥落しました。もう俺はこの沼から抜け出せそうにありません。



 この時点であの『地獄の書』への半信半疑だった俺の評価は180度回転。

 もう聖書とかそういうレベルまでになった。



「だがなぁ~、ただ体動かすだけってのもなぁ」



 感覚で強化されてるとわかっていても、やはり目に見える形で見てみたいという欲求があった。

 何かぶち壊すものが欲しい。ここら辺に壊してもいい建造物とかなかったかなぁ。



 そんな事を考えてると、鋭敏になった知覚能力にいくつかの魔力反応を感知した。

 その方向を見ると、あれまぁ、魔女帽子を改造した覆面を被ったあからさまなアンダー集団がいるではありませんか。



 奴らは『暗黒の黒魔導士の会』とかいうストリートギャングだ。

 頭目の『偉大なる黒魔術師』とそれに付き従う教信者共で構成された、似非魔術狂い集団、それが奴らだ。



 チーム名に魔導士なんて御大層な名をつけているだけあって、スラム出身にしちゃあそれなりの精度の魔法を使ってくる。

 ただ魔法に秀でている反面、接近された時の対応が死ぬほど下手なのだ。交戦したことがあるから、その弱点はよく知っている。



「おほ♡」



 何と丁度良いタイミングで来てくれたのだろうか。思わず喜びの声が出る。

 だってよ、力が漲るのは良いけど振るう対象が無いなって持て余してた所で、サンドバックが向こうからのこのこ近づいてきたんだぜ?



 俺は両手にガントレットを作り出して装着すると、漲る力の突き動かされるままに、屑共に向かって跳躍した。



 魔術師気取り共は頭上から落とされる影を見て、ようやく俺の存在に気が付いたらしいが、もう遅いぞ♡



 俺は頭目の頭を叩き潰し、弾けた血肉が地面に落ちる前に地面に着地。同時に両サイドに居た側近の胴体に腕をねじ込んだ。

 側近は一体何が起きたのかまるで理解できていないようで、何故?とか何が?と譫言めいて何度も呟きながらぐったりとなった。



 絶命して痙攣する側近2人の亡骸を放り捨てると、ビビッて後退る残党どもをじっくりと吟味した。



 全員突然の事態に魔力が乱れに乱れている。しかも分かるのはそれだけじゃなくて、奴らのくぐもった息遣いや衣服の衣擦れの音、果ては奴らのうるさい鼓動の音までしっかりと聞き取れた。



 聴覚だけじゃなくて視覚も凄い。あらゆるものが鮮明に見え、覆面の中の奴らの瞳が、恐怖で広がった瞳孔がくっきりと見えた。



「アハーハーハーハ―…」



 面白くもなんともないのに、俺はつい笑ってしまった。

 


 突然笑い出した俺に、奴らは一層ビビった様で、失禁してる奴までいた。

 臭いニオイがこっちまで漂ってくる。



 さてビビッて碌に動けなくなってのだから、この機を逃す訳にもいかない。

 こいつらが逃げるという選択肢を取る前に、試せることを試せるだけ試しまおう。



 残党の一人が後退りすぎて、後ろで硬直してる奴にぶつかってすっ転んだのを皮切りに、俺は一息に距離を詰めて黒服に手をかけた。



 驚く黒服の喉に手刀を突き刺してぶち殺し、その死体を後ろの奴にぶつけ怯んだところで一気に崩す。

 絶叫。悲鳴。飛び散る肉片や血を浴びながら、俺は試せることを試せるだけ試した。



「アハ☆」



 中々悪くない体験だった。

 やはりたまには体を全力で動かさなければいけないってことを、この体験でしかと思い知らされた。



 事がすんで、特にやる事が無くなった俺は表通りを当てもなくぶらついていた。

 途中で俺より少し上のガキ相手にカツアゲかましてた高校くらいのガキをしこたま殴りつけてやった以外には、概ね世間一般のガキと同じような時間を過ごした。



 そんなこんなで時間を潰していたら、いつの間にか町の展望台の柵に寄りかかって、茜色に染まる空を見ていた。



 陽の光がどんどん消えていって、闇が徐々に空を支配してゆく様を、俺はぼうっとしながら何をするまでもなく眺めていた。



 その時ふと、これから先の人生についての漠然とした不安が鎌首をもたげてきた。



 夕間暮れの空の持つ気に当てられたからなのか、それともガラにも無く罪悪感にでもかられたのか、俺には分からない。



 ただ一人で何もしていないときになると、俺はその事について考えずにはいられなかった。



 このまま無軌道に生きてゆくのか、それとも前の人生みたいに馬鹿みたいに従順でどいつにもこいつにも頭を下げて生きてゆくのか。



 人生は出口のない迷路と一緒で、俺たちは延々悩み続けながら迷路の中を彷徨うのだ。しかもその迷路は苦難の連続で、山があり谷がある。落とし穴もあるし、分かれ道に立たされて途方に暮れる時だってある。



 今も俺は人生の下り坂を転げ落ちている。

 どこまで落ちぶれ続ける?何時になったら下り坂は止まるんだ?



 まだ生まれて8年しかたっていないのに、モラトリアムに悩む高校生みたいに俺は頭を悩ませている。



 せっかく新しいぜ人生なんだぜ?なんかパーッとやってみたくないか?

 そう思いこそするけど、じゃあ何がしたいんだって己に問うても、やっぱり答え何かでやしない。



 空はついに光が押し負けて、完全に闇の支配下となっていた。

 その瞬間、町がやにわに活気づいた。



 陽があるうちは表に出てこない屑共が、姿を現し始めたのだ。



 少しずつ町に気配が満ちていく。今宵も屑共が互いにしのぎを削り合い、誰かが不幸になり、その不幸をすすって誰かが幸福になる。



 この町はそれの繰り返し。

 いやこの町だけじゃない。世界はそうやって回っているのだ。



 陰鬱な気持ちで空を眺めていると、下の方から怒声が聞こえた。

 見てみると、どうやらチンピラ共が喧嘩しているらしい。



 2グループのチンピラの乱闘らしいが、どっちの恰好も似たようなもので、俺にはどいつがどっち側なのか点で見分けがつかなかった。



 そいつらの猫のじゃれあいみたいな喧嘩を見ていると、なんだか自分の悩みが酷くどうでも良く思えた。



 俺はどぶ泥にまみれて苦悩しているというのに、俺と同じくらいどぶ泥にまみれているチンピラ共の顔は、悩みなんてないって面をしていた。彼らは今を生きていた。



 見れば見る程、俺の悩みはどんどん小さくなってゆき、気がつけば俺は腹を抱えて笑っていた。



 人生は下り坂?苦難の連続?



 馬鹿馬鹿しい。



 眼下に映る愚か者たちのじゃれ合いを見ながら、俺は心底そう思った。



 そうさ。こんなふうに思い悩んだってしかたがない。

 未来の事は未来の俺に考えさせれば良い。



 今は降ってわいた幸運にむしゃぶりつこう。

 そう思って、俺はフェンスを飛び越えて、ガキどもの頭上から奇襲をかけた。



 そうとも、人生なんて、場当たりで良いのだ。



 乱闘に混ざった俺はがむしゃらに腕を動かし、殴り、殴り倒し、蹴っ飛ばした。



 そんな風に明日の事など一切考えない生活を繰り返していたら、いつの間にか俺は17になっていた。




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