茶屋での約束

 赤川は手拭てぬぐいで汗をぬぐいながら疑問を口にした。


 「なぜ今まで捕まらない?百姓たちの身内でないなら、街道の迷惑者など勝手に捕らえて引っ立てても良いはずだ」


 「そうですね」


 坂井も同意して水野を促すように見た。


 「いつから街道に出没しているのか判らん。しかし、奴らは山間部に出没するようで、土地の百姓たちには迷惑もないらしい。そうなると百姓も忙しいのだから街道の悪童のために山狩りなどせんよ」


 水野はそう言うと、井戸から水を汲もうとしている。


 暑い日差しを笠で防ぎながら、水野も悪童風情をおっかけて汗だくにならずとも良いではないかと内心は感じている。しかし、現下では参勤交代の通路を東海道から中山道に変更する国も多いので、責任を追及される事態も考慮しなければならない。


 それから半刻もすると、三人は悪童たちの出没する山間近くの宿場町まで辿り着いた。目的地はもう少し先だが、街道筋にある茶屋で一休みすることにした。


 「お客さん!」


 三人が露店の椅子に腰かけると茶屋娘がやって来た。


 「茶と団子を頼む」


 「おいらも同じね」


 水野が最初に言うと、赤川も同じものを頼んだ。


 「では、拙者せっしゃも同じく…」


 「拙者…?」


 坂井は意識せずに言ったが、娘は不思議そうな顔で見ている。この界隈で拙者と名乗るのは武士しかいないのである。


 「いや…、こいつは歌舞伎が好きでね」


 その空気を読んで、咄嗟に赤川が誤魔化す。


 「ああ、そうでしたか!」


 娘は納得すると注文を確認し、作業場のある土間へ向かった。その後姿を目で追いながら三人は安堵する。


 「すいませんね」


 申し訳なさそうにする坂井に二人の目線が飛ぶ。わざわざ町人に化けているのだから、成り切って欲しいものだとの意味である。


 「いいさ。ここで聞き込みをしよう」


 そう言ったのは水野で、山間に赴く前に土地の人間から情報を得ようとの提案だ。こうして茶と団子でしばしの一服を終えた後に、娘に自分たちの素性を知らせるために話しかけた。


 「ああ…、ちょっといいかい?」


 「三人分のお代で二十八文ですけど、別々に払いますか?」


 娘はすぐに三人の所に来て、にこやかに言った。


 「ああ、俺が払うよ。…所でね、娘さんに少し聞きたいことがある。実は俺たちは新しくできた奉行所の者で捕り物に来たのだ。娘さんは街道沿いで旅人から銭をむしり取る不届き者について知っているかい?」


 水野は話し終えると代金を娘に渡した。


 「知っているなんてもんじゃないよ。ここらの旅人に迷惑かけて困っているのですよ」


 そう言うと、娘は奥の土間に引き返して、そこから茶屋の調理人を連れてきた。どうやら店の主人のようで、丁寧にお辞儀すると本題を切り出した。


 「手前はこの茶屋をやっております石之助いしのすけと言う者です」


 「こりゃ親切にどうも」


 水野は親しみやすい人間性を感じさせる挨拶をした。


 「御三人はお役人様だとか、我々は待っていたのですよ」


 「待っていた…?」


 赤川が話した。


 「奴らは昨年の今頃から街道に現れましてね。手口は稚拙なようでも、いつか町を襲うのではないかと心配だったのです」


 「ほう」


 「抜け参りの路銀欲しさに百姓の倅の仕業ではないかと疑っていたけども、どうも…誰に聞いて回っても、どの家の人間か分からないのです」


 「なるほど…」


 「悪いうわさも増えると街道の人出が減ります」


 どうやら百姓には迷惑なくとも、商人にはあるらしい。


 「誰かに害を加えたりはしないのですか?」


 口を挟むように坂井が言った。


 「今の所は聞きませんね。しかし、いつ鬼が憑つくか…」


 石之助は邪険な顔で話した。


 水野から石之助に詳しく悪童たちの顔触れや人数を尋ねても、背の高い奴が一人いるらしいとの曖昧な情報しかなく。どうやら客に聞いただけのようで、宿場の近くでは目撃したという噂もないようだ。


 「まあ、いろいろと心配してくれたようだが、俺たちが捕縛するから安心してくれ」


 水野は胸を張って約束をしたのだった。

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