大映ドラマか韓国ドラマか?意地悪女の生態

「楓。あんた絶対面白いから、その良さに気がつく男も現れるって!!だから心配いらないよー!なんなら私の兄を紹介するかー?」

「優香とは友達だから、親戚になりたくないかも…」

 楓に真面目に拒否られて私は苦笑した。


「まぁ、今日はこのジョニ黒を全部飲んで良いから、好きなだけ酔っ払ってくれたまえ!キス魔の金持ち男なんぞ早く忘れろー!」

 そう言って、楓のグラスにおかわりのウイスキーを注いだ。


「それ、元々落ち込んでないし…。社長さん、別に悪い人じゃなかったし…」

 そういうと、楓はウイスキーのロックをグビっと飲んだ。


「そんなことより、私は面白くなくて良いし、面白さに気付いてもらえなくても良いから、もっと大事に扱われたいのよー!」

「どうした?」

 いつも陽気な楓が珍しく吠えている。


「ちょっとさ…今年の初めに、衝撃的な出来事があったの。それで、やや人間不信になってる感じで」

「人間不信?」


「そう。この写真が送られてきたの」


 楓が手にしたスマホの中には、ウエディングドレスの試着中なのか、男にキスをさせて喜んでいる女の自撮り画像があった。


「この写真と一緒に、結婚したから連絡してくるなって文言も添えられてて…。これ知らない女からのメールなんだ」


 楓が言うには、元カレとは5年ほど遠距離恋愛をしてきて、昨年の11月末までは普通にやりとりしてきたそうな。12月に入って急に連絡が取れなくなったため何かあったのではないかと心配していたら、年末帰国した際に何事もなかったかのように会いたいと言ってきて…ごくありふれたデートを3日ほどした後、突然別れたいと言われたらしい。

 翌日は楓の仕事初めで時間がなく、彼が海外に戻ってしまうのもあって、Skypeでもう一度話そうと告げて楓はその場を後にした。


「Skypeで別れ話をしたときには、既に彼は結婚していたってことになるんだ…。酷くない?」


 あらら…それは本当にご愁傷様。


「別れた後に彼に連絡したのはどうして?まだ未練があったの?」

「この5年間にも2回別れているし、また気まぐれかな…ていうのもあって、どうしているのか様子を知りたかったのと、チェスキークルムロフの情報を聞き出したかったのもあって連絡してみたの」


「チェスキークルムロフ?ああ、行きたがってたよね。それで連絡を取り合っていたら妻の怒りを買ったのね」


「奥さん、元カレのPCのメールをチェックしてて…」

「それで、嫁は怒りに任せて、最高に幸せな姿の自分の写真を送りつけてきたってわけか。写真変な風に加工してばら撒いてやれば良かったのに」

「それ、犯罪だから…」


 冗談混じりの私の助言に、楓はため息をついた。


 陽気な楓が落ち込むのも理解はできる。そもそも、夫が昔の女と連絡を取るのが許せないのであれば、夫に言えば良いだけのこと。夫に内緒でこの写真を送りつけてきたのには、自分が勝者であることを楓に見せつける意図…女のいやらしさを凝縮させた悪意を感じる。


 この手の女は手強い。彼に何も告げずに楓を攻撃してきたように、彼の前では儚げに可愛らしく見せる術を持っているのだろう…。


「まぁ、あんたには勝てない相手だろうね。それで、その後どうしたの?」

「Skypeで事実確認したよ。本当かどうか確かめたかったのもあるんだけど、事実だとして、このまま黙っていたら、意地悪な奥さんの思う壺でしょ?喧嘩の火種になればいいなと思ったから確認したのもあるの」


「楓、既婚者を別れさせて自分の手に入れようとしてもロクなことないよ」

「そうだね。もう関わりたくないから、連絡してないよ。彼と復縁したいとは1㍉も思わないけど、それでもやり方が汚いと思ったから…何事もなかったかのように幸せでいることが許せなかった」


 元カレが不幸になったからと言って、自分が幸せになるわけではない。そう分かっていても、理不尽に傷つけられた分、破局してしまえば良いのに…と願い、そんな悪意に満ちた自分に驚いたことを楓は語った。


「少し勉強になったんじゃない?人の悪意とかとは普段無縁でしょ?」

「色々衝撃的だった。無断で夫のメールチェックとかして、キス写真を送りつけたりするような下品な人に負けたなんてね。おまけに、写真に写ってた女はたいして美人でもないし、若くもないし、この程度の女に嫌がらせされてる自分って一体何なのだろうって凄く虚しくなったよ。でも、例の社長さんとのキスの一件で、何だか少し納得できたというか。結局は遺伝子の相性なのかも…て思えて。下衆げすな女だとしても、彼にとっては魅力的な遺伝子を持つ可愛い女なのかもしれないと理解はできた」


「次の仕事が終わったら、気晴らしにチェスキークルムロフに行ってみたら?」

 私の提案に対して、一瞬の沈黙が訪れた。

「ううん。それは、もう少し経ってから…」

 楓は弱々しく言葉を濁し俯いて、持っていたグラスを少し傾けた。


 5年間大事にしてきた人に軽く扱われて、しかも妻がそんな写真を送りつけてくるようなクズ女で…気の毒としか言いようがないが、何だか80年代の大映ドラマや、韓国ドラマに出てくる意地悪役の女みたいだなーと少しだけ愉快にも思った。


「私がその女の立場だったら、楓ではなく夫を責めるかな。だって冷静に考えて、一番悪いのは、結婚したのを黙ってた男なわけだし…。道理のわからないバカ女であっても男を責めない従順な女の方が結局愛されるってことかねー?あぁ、これだから男って嫌だ…」

 私は不条理さを嘆いた。


「楓、次もロック?それもとも水割りかハイボールにする?」

「次は水割りにしようかな。ありがとう、優香」

 楓は笑顔に戻っていた。


 人の気持ちは変わるものだ。それは仕方のないことなのかもしれないけれど…

 楓が実業家に対して悪い印象を持っていないのは、その判断の早さに誠実さを感じたからなのかもしれないと私は感じた。


 5年という歳月は大きい。水割りを飲む楓の虚な瞳が何だか気になった。

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