第54話 進級

「あら? マックスまた背が伸びた?」



「いや……、そう変わってないと思うが……」



 新学期が始まり、最初に顔を合わせた朝、アレクシアはマクシミリアンを見て首を傾げた。

 国立公園から2週間も経っていないはずだが、マクシミリアンの身体が大きくなっている気がしたのだ。



 アレクシア観察眼は実は正確で、あの日以来マクシミリアンはアレクシアを抱き上げたまま全力疾走出来る筋力を付ける為に訓練の負荷を増やしていたりする。



 家で1人になると「パスカルの方が頼りになるわ」というアレクシアの幻聴が聞こえたり、夢で野犬が出て来てアレクシアを抱き上げようとしたらパスカルに「貴方には無理です」とアレクシアを掻っ攫われて何度か飛び起きたりした結果だ。



 無心になる為に訓練し、自棄やけのように苦しくなる程食事を摂っていた結果、筋肉が育ったのだ。

 ほんの少し肉も付き、全体的にガッシリしたマクシミリアンは、例えるなら強豪校の運動部員並みの体格になっている。



 校舎へ向かっていると新入生達が入学式の為に講堂へ行く途中、アレクシア達を見てギョッとしている。

 オーギュストとマクシミリアンからすれば自分達を見て驚き、その後は目を逸らして避けるように距離を取られるのが毎年の事だ。



 しかし今年は遠巻きながらとても視線を感じている、そしてヒソヒソと噂されているようだった。



「2人の婚約はかなり知られてるようだね」



 周囲に目をやりオーギュストが呟いた、何故ならマクシミリアンに向かっている視線の中には普段向けられる事のない嫉妬が混じっていたからだ。

 3人が初々しい新入生達が講堂へ向かう姿を眺めていたら、どんどんと人集ひとだかりができているようだった。



「どうしたんでしょう?」



 アレクシアが首を傾げていると、声変わりをしていない少年のキンキンとした声が聞こえて来た。



「平民のくせに生意気なんだよ! 地面に頭をつけて謝れば許してやる! 私は優しいからな!」



「どうやら新入生が騒いでるみたい、ちょっと止めて……」



 アレクシアが歩き出そうとした時、オーギュストが肩を掴んで止めた。



「オーギュ兄様?」



「大丈夫だよ、ほら」



「ああ、新生徒会長殿が来たようだ。昔の自分を見ているようでたまれないんじゃないか?」



 オーギュストの視線を追うと、セザールが講堂の中から出て来たところだった。

 苦虫を潰したような顔をしており、マクシミリアンが言っている事が本当だと物語っている。



「確かにセザール様なら問題ありませんね、ここはお任せしましょう」



「ああ、セザール様は子供の頃はさっきの少年と変わらなかったが、学園に入学した時には別人のように傲慢さが無くなっていて驚いたのを覚えている」



「そういえばそうだねぇ、ウチでお茶会した頃からまるで人が変わったように、見た目や身分にこだわらず実力主義になったんだよね……」



 オーギュストはそう言いながらジッとアレクシアを見詰めたが、アレクシアはオーギュストと目を合わそうとしなかった。

 やましい事があると雄弁に物語っている妹の行動に、思わずジトリとした視線を送ってしまうオーギュスト。



「ま、まぁ良い方向に変わったのであれば良いではありませんか、きっとリリアンに尊敬される兄になりたかったのでしょう。さ、そろそろ教室に向かわなければ遅刻してしまうわ」



(オーギュ兄様絶対あのキャメルクラッチかました日の事言うとるよな!? せやけど見られてはないはず!! きっと私が注意しただけと思っとる……よな?)



 アレクシアは内心冷や汗をかきながら、兄達とわかれてリリアン達の居る教室へと向かった。

 その日、アレクシア達は昼食をいつものように中庭の四阿で済ませたので知らなかったが、食堂ではいくつかの噂話が飛び交っていた。

 その事をアレクシアが知ったのは、その日の夕食でリリアンとレティシアから聞いた時だ。



「そのアレクが見た今朝の騒ぎはポンポンヌ侯爵家のご子息だったようですわ、急に立ち止まったせいでぶつかった平民の生徒に難癖をつけていたと昼食の時にセザールお兄様が言っていましたもの。お歳を召してから出来た子供達だから甘やかされて育ったせいですわね、ポンポンヌ侯爵自身はしっかりしたお方ですのに」



「ああ、ベアトリス様の弟君だったのね、何だか納得しちゃったわ。そういえばオデット王女はどうしてた?」



「王女殿下は同じクラスのご学友と食事されていたわ、リリアンが言うにはお茶会で見た事ある方達みたい」



「ええ、王妃様公認のご学友達だったわ。オデット王女も寮で生活出来れば楽しかったでしょうけど、王族は王宮から通学すると決まっているものね。そこは少し可哀想だわ、だって友人とこうして過ごす楽しい時間が無いなんて」



 少し照れたような笑みを浮かべるリリアンに、アレクシアとレティシアは何とも言えない擽ったい感覚に襲われて食後に2人がかりで抱きしめ、そんな3人を見てメイド達は微笑ましさに目を細めた。

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