第46話 母は偉大なり
クリステルの行動はとても早かった、貴族同士が会う約束をするとなると打診の手紙を出して返事が来て、それから招待状を送り更に返事が来て……と、少なくとも数日はかかる。
しかし昨日アレクシアが眠ってしまった後、ラビュタン侯爵が帰って来た時には既に娘が婚約を望んでいるので翌日か来週にマクシミリアンを連れてラビュタン侯爵家に来て欲しいとの手紙を出した後だった。
そして今日、頬を引き攣らせたラビュタン侯爵は急遽午後からの休みをもぎ取り、応接室にてリオンヌ伯爵夫妻とマクシミリアンと向かい合っている。
ラビュタン侯爵とリオンヌ伯爵夫妻は真っ青、アレクシアとマクシミリアンは真っ赤という両極端な顔色だ。
ウィリアムは同席するとゴネたが、アレクシアが修道院へ駆け込ませたいのかと脅してエミールと共に黙らせた。
オーギュストは2人をよく知っているからとちゃっかり同席しているが。
「あ、あの、愚息との婚約を御息女が望んでいらっしゃるとの事でしたが……、本当に……?」
きっとラビュタン侯爵と同じように、午後休をもぎ取ってきたであろうリオンヌ伯爵が恐る恐る口を開く。
チラリとアレクシアに視線を向けるが、こんな美少女がリオンヌ家の人間を望むなんて信じられないようだ。
「本当だ……」
渋面のままラビュタン侯爵が頷き、アレクシアに視線を向けた。
一生嫁に出さずにウチで暮らしていけばいいとさえ思っていた目に入れても痛くない愛娘を、昨日突然婚約させると愛する妻から宣言されてしまったのだ。
しかもテオドール王子に望まれていて、その王族からの婚姻から逃れる為に想いを寄せる男と婚約したがっていると聞かされた結果が全員が醜男と有名なリオンヌ伯爵家の長男ときた。
昨夜妻に「私の両親が私の気持ちを尊重してくれたから私は今ここにいるんです。もし親の気持ちを尊重していたらきっと私今頃公爵夫人になっていましてよ? つまりは私が幸せなのは自分の心に従ったから……、アレクシアにも幸せになって欲しいでしょう?」と説得されていなければ、すぐに暴れてでも阻止したい気持ちでいっぱいになっている。
が、目の前の視界に入れるのも憚られるような醜男を頬を染めながら恋する乙女特有の潤んだ熱っぽい瞳で見つめる姿は間違い無く幸せそうで、反対だと言った瞬間口をきいてくれなくなるのは間違い無い。
アレクシアは父親に視線を向けられ、自分で説明しろという合図だと認識した。
「あの……、マックスとは学園で兄と共にずっと昼食を一緒に頂いておりまして、とても優しくて紳士で、しかもお強いのでお慕いしていたのです。マックスの迷惑でなければこのお話を受けて頂けると嬉しいです。こんなに急な話になってしまったのは……、テオドール王子から個人的に婚約の打診をされてしまったからなのですが、マックスに断られた時点で私は修道院へ向かうつもりです」
アレクシアは緊張で声が震えそうになりながらも、マクシミリアンとリオンヌ伯爵夫妻に切実な心の内を訴えた。
修道院の話を出したのはマクシミリアンの優しさにつけ込むようで気が引けたが、もしもテオドール王子と結婚した方が幸せになれるなどという理由で断られる事を避ける為だ。
実際修道院という言葉でマクシミリアンはヒュッと息を飲んだ。
リオンヌ伯爵夫妻も目を見開いて驚いている、まさかそこまで息子が想われているとは思っていなかったせいだろう。
マクシミリアンと胸の前で祈るように手を組んだアレクシアは見つめ合ったまま動かなくなってしまったので、ラビュタン侯爵が咳払いをする。
「ンンッ、そういう訳なんだが娘は絶対に無理強いはしたくないと言っておってな、まさか娘のように美しく心優しい完璧な淑女の申し入れを拒否するなんて」「お父様!」
アレクシアが無理強いしたくないと言っていると言いつつ、段々と圧力を掛けるような物言いになって来たので思わずアレクシアが止めた。
そんな2人にマクシミリアンは真剣な眼差しで向き直り口を開く。
「謹んでこのお話を受けさせていただきます。まだこの身に起きた幸運が信じられません、一生この想いを伝える事は無いと思っていたというのに……。ラビュタン侯爵が仰る通りアレク……シア嬢は完璧な淑女で……、アレクシア嬢以上の令嬢は何処にも居りません、アレクシア嬢が私を望んで下さるのならば全力で護って幸せにします!」
「ふ、娘の素晴らしさはわかっているようだな……」
マクシミリアンの口上にラビュタン侯爵は口の端を上げ、隣に座る娘を見た瞬間ギョッとした。
(録画ァァ! 誰か今の録画しといてぇ!! いや、もう脳裏と言わず網膜と言わず全てに焼き付けて心にも刻み込むんや! 今まで応援ありがとうございました! 完)
脳内では大騒ぎしつつ見た目ではポロポロと感動の涙を流す美しい姿に周りは思わず見惚れた。
ラビュタン侯爵がそっとハンカチを差し出すと、アレクシアは泣いている事に気付いていなかったのか、驚いた後恥ずかしそうにはにかんで涙を拭いた。
「では明日結婚許可証を陛下に申請しておこう、横槍が入らなければいいんだが……」
「あら、そんな事私がさせませんわ。アレクシア安心なさい、私が人脈の全てを使ってでも認めさせてみせます」
ラビュタン侯爵の言葉にアレクシアが不安そうに瞳を揺らすと、クリステルは力強い言葉と共ににっこりと美しくも余裕気な笑みを浮かべた。
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