第19話 王宮でのお茶会2

「やっと挨拶が終わったよ」



 リシャール王子の声にアレクシア達が振り向くと、オデット王女と共にすぐ後ろに居た。

 アレクシア達がいるテーブルに侍従達がササッと2脚の椅子をアレクシア、椅子、エミール、椅子の並びに置いた。



 アレクシアとエミールの間の椅子にリシャール王子が座り、エミールの隣にはオデット王女が座る。

 いつもはアレクシアと従姉妹であるリリアンの間にリシャール王子が座るのだが、今日はエミールとの親交を深めるようだ。



「それにしてもアレクシア嬢とエミールは仲が良いんだな」



 リシャール王子は探るような視線をアレクシアに向けながら紅茶を口に運んだ。



「? ええ、可愛い弟ですから。エミールも私に懐いてくれていますし」



「アレク姉様は綺麗で可愛くて優しくて強くて格好良い自慢の姉様ですから!」



「は? 綺麗で可愛いて優しくて格好良いのはわかるが……強い?」



(2人共……っ、やぁ~めぇ~てぇ~! ほめ殺し? ほめ殺ししたいん?? 恥ずか死ぬわ…)



 アレクシアは内心悶えながらも微笑みを浮かべてエミールとリシャール王子の会話を黙って聞いている。



「剣術を一緒に習っているのですが、まだ一度もアレク姉様に勝てないのです」



「剣術!? そんなものをしてはアレクシア嬢の綺麗な手が荒れてしまうだろう!?」



 リシャール王子は膝の上に置いていたアレクシアの手を取り、手の平を撫でた。

 剣ダコのひとつも出来ているのではないかと思って触れたが以前繋いだ時と同じ柔らかな優しい手だった。



「うふふ、メイド達が剣ダコが出来ないようにと、毎日クリームでマッサージしてくれているのです。一度マメが潰れるまで訓練してしまった時は、泣きながらお説教されてしまいました。それからは1回1回の訓練は短いのです」



 にこにことそんな話をするアレクシアを見上げながらリシャール王子は初めてアレクシアと会った時のことを思い出した。










 去年の今頃、その日はいつも一緒に離宮で過ごしていた姉のオデットが、お茶会デビューの為に居なかった。

 寂しくなってこっそり見るだけだと侍従を説得してお茶会の会場である庭園を覗きに行くと、運悪く当時まだ入学してなかった第2王子のテオドールに見つかってしまったのだ。



「おい、リシャールがいるぞ、お前はまだチビだから参加出来ないはずだろう? 何故ここに居るんだ?」



 テオドールは兄弟の中で唯一ぽっちゃりした体型に誰もが認めるイケメンだったせいで常に周りを見下していた。

 その為醜くは無いが、凡庸なリシャールはいつもバカにされていたせいでテオドールの前だと身体が強張って上手く話せなくなる。



 リシャールの侍従達はただオロオロとするばかりで助けてはくれない。

 テオドールは意地悪くニヤリと笑うと、自分の取り巻きに振り返って命令を下した。



「お前達、コイツは本来ここに来てはいけない奴なんだ、だから兄としてお仕置きをするべきだと思わないか? さぁ、リシャールを捕まえろ」



「おっしゃる通りです」



「さすがテオドール様、ご立派です」



「規則は守らなければなりませんからね」



 そう言ってリシャールをテオドールの取り巻き達が取り囲んで肩や腕を捕まえて動けなくした、痛い思いをさせられる事だけはわかるので身体が勝手にカタカタと震えだす。



「ククッ、コイツ震えてるじゃないか。王族のクセに臆病者とは情けない……」



 テオドールに胸ぐらを掴まれて、リシャールは自分の侍従が「おやめ下さい」と止めているのを聞きながらギュッと目を閉じた。



「まぁ、何をなさっておいでですの?」



 鈴を転がしたような声、というのを絵本で読んだが、このような声の事を言うのだろうとリシャールは思った。

 そんな可愛らしい声がリシャールを救ってくれたのだ、そしてその声の主は今まで見た事が無いくらい美しく可愛らしい令嬢だった。



 その美しい令嬢はリシャールの胸ぐらを掴んでいたテオドールの手にそっと手を重ねた、すると顔を真っ赤にしたテオドールがバッと手を離す。



「第2王子、幼い子には優しくしてあげるべきだと思うのですが?」



 おっとりと首を傾げながらその女の子はテオドールを見つめた。



「ふんっ、リシャールはまだお茶会に参加してはならないと言われているのにここに来たから、お仕置きしてやろうと思っただけだ! それよりお前には名を呼ぶ事を許しただろうが」



「ふふ、そうでしたわね。ありがとうございます、テオドール様。リシャール様という事は第3王子でいらっしゃいますか?」



「そ、そうだ」



 テオドールに会いに来る令嬢達は、名前を呼ぶ事を許されると顔を真っ赤にしながら興奮するというのに、目の前の令嬢はさらりと流してテオドールよりリシャールを優先するように話かけた。



「私はラビュタン侯爵が娘、アレクシア・ド・ラビュタンと申します。今日からオデット王女もお茶会に参加されていますからお一人で寂しくなってしまわれたのでは?」



「う……」



 図星をさされて熱くなる頬を隠すように俯くと、アレクシアが小さく笑った気がした。



「そんな可愛らしい理由で参られたのでしたら誰も怒ったりなさいませんよね? テオドール様がまさか寂しがる幼い弟王子を叱り付けるような狭量な方では無いと思いますが……」



「きょうりょう……?」



 意味がわからなかったのかテオドールがオウム返しに呟くと、テオドールの侍従がそっと耳打ちした。



「あ、ああ! 俺はそんな小さい男では無いからな!」



 目を泳がせながらテオドールが胸を反らせて宣言したのを聞いてアレクシアがにっこり微笑むと、まるで大輪の薔薇が咲いたように美しかった。

 テオドールは取り巻きと共にそそくさと逃げるようにお茶会の会場へと戻って行き、その場にはアレクシアとリシャール、そして侍従のみとなった。



「第3王子、王妃様やオデット様の元に参られますか?」



 茫然とテオドールを見送っていたらアレクシアが話しかけてきた。

 寂しくて覗きに来た事を知られて恥ずかしくなったリシャールが無言で首を振ると、アレクシアはスッと手を差し出した。



「では離宮の前までエスコートさせて下さいませ。私にも第3王子と同い年の弟がおりますが、弟が会いに来てくれたとオデット様が知ったらきっと手を繋いでお戻りになりたいとおっしゃると思いますから……オデット様の代わりです。うふふ、王女であるオデット様の代わりなどと言っては不敬でしょうか?」



「ふけいじゃない……、エスコートすることを許す……」



 リシャールは差し出された手をギュッと握ったが、あまりの柔らかさに慌てて手の力を抜いた。

 優しく握り返された手に幸せを感じながら離宮の扉の前まで移動すると、名残り惜しく思いながら手を離す。



「それでは失礼致します」



 優雅にカーテシーをして立ち去ろうとする背中に、リシャールは思わず声を掛けてしまう。

 もう少し一緒に居たいと言いそうになったがお茶会の招待客だという事を思い出してグッと我慢し、代わりに言う事を思い付いた。



「待て! ……その、わたしの名を呼ぶ事を許す! 次からはリシャールと呼べ、あと……その……アレクシア嬢と呼んでいいか?」



「勿論でございます、では来年のお茶会でお会いしましょう」



 優雅な動作でお茶会の会場へと戻って行く姿を見えなくなるまで見つめていたリシャールは、アレクシアが内心リシャールの可愛い態度に撫でくりまわしたい程に悶絶している事に気付く事は無かった。

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