第16話 自信

「セザールお兄様ったらどうしたのかしら? アレクは何か知ってる?」



 セザールを案内したエリアとは違い、百花繚乱と表現すべき美しい庭園をエミールを挟んでリリアンとアレクシアが手を繋ぎながら歩いており、その後ろをオーギュストとクリストフが微笑ましげに見守りながらついて行っている。



 リリアンの言葉に、オーギュストとクリストフも興味深気にアレクシアへと視線を向けた。

 先程サロンに戻って来たセザールはまるで人が変わったかの様に決意の込もった目をし、いつもの蔑む視線を2人に向けなかったのだ。



 余談だが現在のセザールはウィリアムと2人きりになった事で、普段オーギュストがどんな訓練や勉強をしているのか聞き出している。

 ウィリアムも庭の散策から帰ってから先程とは違う意味でグイグイ来るセザールにタジタジだ。



「うふふ、ちょっと注意させてもらっただけよ? 後は世間話しかしていないわ。来年オーギュ兄様とセザール様は12歳で学園に入学するでしょう? リリアンがセザール様がお勉強から逃げてるって言ってたからこのままだと大変ですよってね」



「まぁ、たったそれだけで? 可愛いアレクから言われて張り切っているのかしら?」



「きっとオーギュ兄様がウィル兄様に認められるくらい、勉強も剣術も頑張っているんですよって言ったからじゃないかしら? 自分より優秀な人に意地悪したら妬んでる様にしか見えませんよ、とも言ったわね」



 アレクシアはチラリと振り返ってオーギュストを見てニヤリと笑ったが、周りからみると可憐にニコッと微笑んだように見えている。



「アレクシア嬢は凄いね、あの兄様にそんな事が言えるなんて……。僕は自分の意見すらまともに言えないっていうのに……」



 シュンとして俯いてしまったクリストフの肩にオーギュストがポンと手を乗せた。



「私も以前は同じだったよ、ウィル兄様に口答えは勿論意見すら言えなかったけど、アレクシアのお陰で自分に自信が持てたんだ」



 オーギュストの言葉にクリストフは目を瞬かせてアレクシアを見た。



「いやだわ、私はただ何か人より秀でたものがあれば自信を持てるようになると言っただけで、努力したのはオーギュ兄様でしょう?」



 極上のイケメンスマイルを向けられながら褒められ、アレクシアはほんのり頬を染めながら照れ笑いをする。

 クリストフは一瞬そのアレクシアの笑みに見惚れたが、すぐに唇を引き結ぶ。



「僕も……自信が持てる様になるでしょうか……」



「私がアレクシアに言われたのは、人より秀でたものがあれば周りが何と言おうとそれは自分より優秀な者を妬む負け犬の遠吠えだから気にしなくて良い……だったかな」



「負け犬の遠吠え……、ふくっ、アレクシア嬢はとても面白い表現をするんですね」



 アレクシアの言い方が面白かったのかクリストフは肩を震わせて笑っている。

 この国には状況を表現する言い回しがあまり無いせいだ。

 お笑いの文化も無いせいで耐性が無いため、笑いの沸点も全体的に低かったりする。



 その事実を知ったアレクシアは自分でも笑いで天下が取れるんじゃなかろうかと考えた事もあったが、良い相方が居ない事と、貴族の令嬢という立場故に断念したのは良い思い出だ。



 閑話休題それはともかく



「何でも良いんですよ、胸を張ってこれが得意だと言えるものがあれば、それに関しては誇りも自信も持てるでしょう? オーギュ兄様の場合は手っ取り早くウィル兄様に認めさせる為に、剣術や勉強をお勧めしただけなので」



「わかりました、とりあえず僕も剣術と勉強に力を入れてみます」



「私も剣術習ってみたいわ……」



 アレクシアがポツリと言葉を漏らした。



「アレク姉様、私も剣術をやりたいです!」



 小さな呟きをエミールがバッチリ拾って話に乗ってきた。



「まぁ、アレクが剣術をなさいますの? 手が荒れてしまいましてよ?」



「そうだよ、それに怪我したらどうするんだい? お父様やお母様が絶対許さないと思うよ?」



「騎士の家系でもない限り、貴族令嬢が剣術を習うなんて聞いた事ありませんよ?」



 当然の様にエミール以外に反対されてしまった、しかしアレクシアは諦められなかった。

 この世界では脂肪が乗ったぽっちゃりこそ正義なので騎士や傭兵でも無い限り訓練自体あまりしない。



 貴族令息であれば剣術を嗜む事自体は当たり前だが、大抵は折角つけた脂肪が燃焼されるのを嫌って激しい訓練は避けるのが殆どだ。

 それこそアレクシアやウィリアムのように生まれつき恵まれた体質であれば、訓練しても体型が変わる事は無いが。



 本当は剣術でなくてもいいが、他に運動らしい運動が無いのだ。

 家庭教師の授業に体育なんてものは無いし、やっとダンスの授業が始まったが週1回程度で運動不足ですぐ息切れする身体が辛過ぎた。



「で、でも女剣士ってカッコいいじゃないですか……、私もオーギュ兄様みたいに自在に剣を扱ってみたい……な」



 この後両親を説得する時の為に何としてもオーギュストを味方にしておきたくて、あざとい上目遣いにコテンと小首を傾げてオーギュストを見詰めた。



(自分でやっといて何やけど、コレ地味に自分のメンタル削られるぅぅ! せやけど両親の説得の時に援護射撃があると無いとじゃ全然違うやろで耐えるんや私!)



 アレクシアの可愛らしい仕草に頬を染めつつ、真っ先に陥落したのはクリストフだった。

 


「コホン、いいのではないですか? オーギュスト様。美しく成長していくアレクシア嬢には身を守る手段も必要だと思います。学園の中など護衛が一緒に居られない場合もごさいますし……」



「え、あ、うん……まぁ……」



(よっしゃ、もうひと押しや! ありがとうクリストフ様!)



「大丈夫ですって、エミールも一緒にやりたいみたいですからエミールに合わせてゆっくり怪我しないようにやっていきますから。お父様とお母様が渋った時に一緒に説得して欲しいの、オーギュ兄様……お願い!」



「オーギュ兄様、お願いします」



 祈りを捧げるかのように胸元で手を組んでお願いした、その隣ではエミールも同じ事をして上目遣いをしていた。



(エミール……、やるやん。この歳であざと可愛いを使いこなすとは末恐ろしいやっちゃな)



「わかったよ……、反対されたら一緒にお願いしてあげる」



「オーギュ兄様ありがとう!」



「ありがとう!」



 アレクシアが嬉しさのあまり抱きつくと、エミールも真似してオーギュストの脚に抱きついた。

 その日の夕食時に両親にお願いし、オーギュストの説得もあって渋々だが許可を出してくれた。

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