第12話 侯爵家のお嬢様 [side パスカル]

「アレクシアお嬢様、失礼致します。護衛候補のお2人を連れて参りました」



 ラビュタン侯爵家のひとり娘であるアレクシアお嬢様の護衛候補という事で、俺と同僚のフランソワに話が来た。

 どうせ見目良いフランソワに決まるだろうと思いつつ、ほんの少しだけ期待して呼び出しに応えた。

 家令のセバスチャンがドアに向かって声を掛けると、鈴を転がしたような愛らしい声と表現するのがぴったりな声で返事が聞こえた。



「どうぞ、入って」



 セバスチャンに促されて部屋に入ると、将来絶世の美女になる事間違い無しの美少女がそこに居た。



「お2人の内どちらかをお選び下さい」



 セバスチャンの声に我に返るとフランソワは早速お嬢様にウィンクしてアピールしていた、イケメンだから許されるが、俺がやったら間違い無く顔を背けられてしまうだろう。

 そんな事を考えていたら、お嬢様はお試し期間を設けたいとおっしゃった。



 そしてセバスチャンに促されて自己紹介をする事になり、先にフランソワが騎士の礼をして口を開いた。



「初めまして、私はフランソワ・ド・サドと申します、フランソワとお呼び下さい。それにしてもこんなに愛らしいお嬢様の護衛を出来るなんて光栄です」



 フランソワは自然な動作でスッと片膝をついてお嬢様の手を取ると手の甲にそっと口付けた、気障ったらしいが悔しい程に様になっている、お嬢様もにっこり笑っているし一歩どころじゃ無くリードされてしまった様だ。



「よろしくお願いします、フランソワ」



 お嬢様は可愛らしい声でそう言うと、俺に視線を向けた。



「俺……私はパスカルと言います、お嬢様の事は全力でお守りします」



 危うくいつもの癖で俺って言うところだった、可能性は低いがもしお嬢様の護衛に選ばれたら普段から私と言う癖をつけないと。

 出来るだけ丁寧に騎士の礼をして顔を上げる、俺にも愛らしい笑顔を向けてくれた。

 天使が居るとしたらきっとお嬢様の様ような姿だろう。



「パスカルもよろしくお願いします、私はラビュタン家の娘、アレクシアですわ」



 普段美人に囲まれているフランソワでさえ相好を崩す程に可愛らしい、こんなに可愛い娘が居るなんて侯爵様が羨まし過ぎる。



「このお2人はラビュタン侯爵家お抱えの騎士団で役職無しの中では飛び抜けて優秀な方々ですので実力はどちらでも問題ありません、なので後は相性が良い方を選ぶ様にと旦那様から言われております」



「わかりました、ではとりあえず今日と明日、1人ずつ護衛に付いてもらいましょう。どちらからにしますか?」



「ならばパスカル、君が先に護衛に付くと良い、明日は午前中から護衛に付くが今日はもう午後だからな。お嬢様も厳つい顔を見る時間は短い方が良いでしょう」



 フランソワが勝手に順番を決めてきた、しかも自分がイケメンだからってお嬢様の前で人の容姿を貶しやがって……! 



「わかった……。ではお嬢様、今から私が護衛に付きますがよろしいですか?」



 元々強面の俺が不機嫌な顔をしたらきっとお嬢様を怖がらせてしまう。

 極力感情を出さないようにして尋ねると、お嬢様はよろしくお願いしますと言って俺の手をその小さな手で握ってくれたのだ。



 その小さく柔らかな手が触れて驚いてしまったが、思わず跪いてそっと握り返した。

 今まで子供は俺の事を怖がるのでどちらかというと苦手だった、しかしこの胸に湧き上がる気持……庇護欲というものだろうか、何があってもお嬢様を護らなければと強く思った。



 セバスチャンとフランソワが部屋から出て行くと、お嬢様がワクワクしたように俺を見上げて話掛けて来た。

 いくつか俺の事を聞いて、この強面も護衛に向いているから良いとまで言ってくれた。



 何て心根の素晴らしい方なのかと感動していたら、外出したいと言い出した。

 メイドのアネットが慌てていたが、それを気にする風でもなくあっさりと肯定して指示を出した。



「そうよ、アネットもパスカルも平民じゃない? アネットの実家のイデアル商会も一度自分でお店を覗いてみたいし……、市井を楽しむならぴったりの人選だと思うの。一応セバスチャンに知らせたら街に出ても大丈夫な服に着替えさせてちょうだい」



 確か唯一平民のメイドであるアネットは、大商会の娘だと聞いた事がある。

 美人だがお嬢様と並んでしまうと普通に見えてしまうが。

 私服に着替えてカフェの中まで同行したが、ずっとお嬢様は周りの視線を集めていた。こんなに可愛らしければ仕方の無い事だろう。



 年頃の女性ばかりの中に俺以外の男は恋人連れの1人か2人だけで、俺はかなり浮いていた。

 何を注文したらいいのかわからず、「お嬢様と同じもの」と言うのが精一杯だった。

 普段から良い物を食べているお嬢様ですら絶賛したケーキとミルクティーは今まで口にしたどんな物より美味しかった、特にケーキなんて贅沢品は子供の頃稀に母親が奮発して買って来た時以来だ。



 周りの警戒もしなくてはいけない事もあって、わいつつも急いで食べたら口にクリームが付いているとお嬢様に笑われてしまった。

 幼いお嬢様に指摘されるのはとても恥ずかしかったが、花が綻ぶ様な笑顔が見れたから得したと思おう。



 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった、御者にすら心を砕く優しいお嬢様をお護りしたいが、きっと護衛にはフランソワが選ばれるだろう。

 諦めつつも2日後に応接室に呼ばれて待っているとお嬢様が来た、そしてなんと俺を護衛に指名して下さったのだ!



 フランソワは自分が選ばれると思っていたせいで初めは納得していないようだったが、理由を聞いてからは俺を激励してくれた。

 幼いながらも人を見て適正を考えられる慧眼に頭が下がる思いだ。



 誇らしく思いながら初めてのお茶会の日、玄関ホールで待っていると天使、いや、女神の化身と言われても信じてしまう程に美しいお嬢様が現れた。



 残念ながらお茶会の会場で護衛は出来なかったが、待っている間他の家の護衛達と手合わせをしたり休憩する場所や軽食が提供された。

 お茶会が終了間際になって馬車置き場へ愛馬を連れて御者と合流して馬車乗り場への列へと並ぶ。



 順番待ちをしていると数台前の方から貴族の方々の声がこちらにも届く距離となった、聞こえてくる内容はどうやらアレクシアお嬢様の事のようだった。

 女神そっくりな黒髪の美少女が年上の侯爵令嬢に虐められていた令嬢を庇って正論で言い負かしたとか。



 そんな美少女はきっとお嬢様しか居ない、貴族の子息や令嬢達が興奮しながら母親に報告するのを聞きながら誇らしくなった。

 しかし今は幼いからいいが、あれだけ美しいだけでなく優しく思い遣りのある方が成長してしまったら、俺は恋心を抱かずに居られるだろうかと小さな不安を覚えた。

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