24 ▼帰国▼




「ルシーダ閣下、お帰りなさいませ」


宮廷の入り口で衛兵が出迎える。


帰ってきたぜ!!


この俺が!!


レンブルフォートの地に!!




▼  ▼  ▼




宮廷の皇族用の広い食堂。2人分の食事を作らせてある。俺は座って待つ。


扉がゆっくり開かれる。


「…えへへ、どうかな?」


アナスタシアが少し照れくさそうに入って来る。とりあえず俺の持っている服に着替えさせた。


「うん。似合ってるじゃないか」


上等の素材を使った貴族用の服がとてもよく似合っている。やっぱりアナスタシアは生まれながらのレンブルフォートの皇族だ。品が違う。アナスタシアはこうでなくてはならない。


「…こんないい服着たことないから、なんか緊張するよ」


「気にすることないぞ。今度使用人に採寸させて、お前用に特別に仕立てた服を用意するからな」


「そこまでしてもらって、なんか悪いね。あまえさせてもらうよ」


アナスタシアはにっこり笑う。


「席に着いてくれ。食事しようじゃないか」


アナスタシアに座るよう促す。


「…閣下!」


突然、執事が部屋に走りこんで来る。手に電話を持っている。王国製の電話だ。王国は便利なものを持っている。


「…ルシーダ閣下、お電話です」


「今取り込み中なんだ、後にしてくれないか」


「それが…レディ・バンカー理事長からです…」


執事が申し訳なさそうに言う。



俺は電話を受け取る。


「…もしもし?」


『おい! 小僧! 貴様どうなっとんのじゃこの予算書! 桁がおかしい! 桁がおかしいぞ!』


…面倒くさ…


「…ああ、必要になったからちょっと足しておいた。いいじゃないかゼロの2つ3つくらい」


『なわけあるか!』


「国を作るのには金がいるんだよ。いいからその額面通り工面しておいてくれ」


『…さてはおぬし、王国に内緒で何か作っておるな!? バレても知らんぞ! 今度こそ貴様の首が物理的に飛ぶぞ!」


「何も企んでねーよ。そうだ、まだ必要になりそうだからそこにもう1つゼロ足しておいてくれないか? うんそれがいい」


『ハア!?』


「じゃよろしく」


『コラ聞いとんのか!』


電話を切る。



「…コホン。すまない。じゃ続けようか。座ってくれ」


気をとりなおして、再びアナスタシアを座るように促す。


「…忙しそうだね。じゃ、遠慮なく。いただきます」


アナスタシアは俺の正面の席に座る。2人で食事というのも、なんだか不思議な気分だ。俺がちょっと緊張してきた。


「…おいしい!」


一口食べてアナスタシアが驚いたような声を出す。


「…そうか。よかった」


「こんなおいしい料理食べたことないよ!」


「そうなのか?」


こいつ皇族のくせに今までどんなもの食べてきたんだ…


俺も腹が減っていたので食事を始める。


「…食べながらでいいんで、聞いてほしいんだが」


本題に入る。


「…アナスタシア、お前をここに呼んだのは他でもない、お前がリコリス皇族の最後の生き残りだからだ」


「うん」


アナスタシアは幸せそうに食事を続ける。ちゃんと聞いてるのか? ちょっと不安だな…ま、続けよう。


「…俺は今まで、レンブルフォートの皇族が2つ存在したことさえ知らなかった」


「しかたないよ。アイリス皇族でも帝位を継承する一部の人間にしか伝えられてこなかったことだからね。でもルシーダも今回レンブルフォート領主になったから、必然的に知らされることになったよね? 僕には分かってたよ」


「まあそれはそうなんだが…まあ偶然というか…ちょっと別件で、リコリス皇族のことを知ることになったんだけども」


「…そうなの?」


アナスタシアが少し訝しむ。それまでのやわらかい雰囲気が少し冷たくなる。余計なこと言ったな…んー、なんかこいつ、つかみどころないやつだな。そういえば、さっきから食事の様子を見ていたが、食事のマナーが完璧だ。ずっと劣悪な環境で生活してきたはずなのに、どこで教わったんだ? 謎の多いやつ…


「…ま、まあともかく、俺はそのことを知ってから、あの時、岬の灯台のところで俺をドレイクから逃がしてくれたお前に違いないと思って、新領主になるのと並行して、ばれないようにお前をずっと探していたんだ」


「うん、見つけてくれてありがとう」


「これからお前には当面この宮廷で暮らしてもらうことにする。申し訳ないが、自由は制限させてもらうぞ。お前のことは王国には秘密なんだ、分かってくれないか」


「いいよ。こんなおいしいご飯が食べられるならね、喜んで」


「そ、そうか」


何考えとるか分からん…


「…僕のことは秘密なんだね?」


「ああ…王国がリコリス皇鉱石を欲しがっている。王国も裏では一枚岩じゃないんだ。今回の戦争を主導した王国軍部、こっちはすでにアイリス皇鉱石を管理下においていて、リコリス皇鉱石のことは今はまだ把握していない。だが時間の問題だな。一方で、王立の科学研究所の連中は、軍の使う兵器の研究を嫌々やらされていたりしていて、なんとか軍部の政治力を抑えたいらしい。俺がリコリス皇鉱石、赤い皇鉱石のことを教えられたのはここのやつからだ。こいつやばいやつで、友達でもなんでもないんだけどな、大事なことだから言っておくぞ。ここの連中は自前の研究で赤い皇鉱石の存在を発見して、軍に内緒で俺に近づいてその在り処を聞いてきた。俺は何も知らなかったから答えられなかったけどな。戦争が終わった後、俺は教えられたことをもとにレンブルフォートの資料を改めてあたってみてリコリス皇族のことを知ったんだ。科学研究所はリコリス皇鉱石の存在を完全に把握していて、王国軍部に渡す前に自分達が手に入れたいと思っている」


「その人達はリコリス皇鉱石を手に入れてどうするつもりなの?」


「まさか悪魔の爆弾を完成させたい…ってなことはさすがにないと思うが、まあとにかく軍部に渡さないこと、そのために自分達の管理下におくこと、それが目的らしい」


ただクロノスはマッドサイエンティスト入ってるから本当のところは分からんけどな…マジで爆弾作りかねん…


「王国軍部がリコリス皇鉱石を手に入れたらどうなるの? 軍部は爆弾を作るの?」


「それもないと思うが…連中の言い分では、軍部がリコリス皇鉱石を手に入れると軍事政権ができるらしい」


「ああ…なるほど」


アナスタシアはやっと話がのみこめたといったような感じだ。クロノスは何か小難しいことをあれこれ言っていたが、俺よく覚えてないんだよな…というか、白状すると、よく分かんなかった。


「俺の考えを話そう。俺はリコリス皇鉱石を王国側に渡すべきじゃないと思っている。研究所にも、当然軍部にもだ。アイリス皇鉱石を持っていかれて、その上リコリス皇鉱石まで奪われてしまったら、レンブルフォートは完全にフランタルの言いなりになってしまう」


「同感だよ…2つ同時に手に入れられてしまうことの危険は、僕もよく承知しているからね」


分かってはいたが、俺がクロノスから聞いたこと、アナスタシアはすでに何もかも知っているみたいだ。これがリコリス皇族か…


「それで…とにかく王国側に見つけられる前に、お前をここに連れて来た。奴隷館に一緒に来てもらってた軍人連中には、お前のことは帝国兵から逃げる時に助けてもらった恩人だって言ってある。事実だからな。まあとにかく大ごとにはできないから、ローブをすっぽり被って、正体を隠してこそこそ探してたわけだ」


「けっこう目立ってたけどね…でも僕と君が一緒にいると、かえってリスクじゃない?」


「それは俺も悩んだんだが…ただ俺は、レンブルフォートの領主として、リコリス皇鉱石を、フランタルとの交渉の最後の砦だと思ってるんだ」


「分かるよ。当然そうなる」


「それで…リコリス皇鉱石の在り処のことなんだが」


アナスタシアはちらりと俺と目を合わせる。


「…王国軍が回収した、ジラードが持っていたリコリス皇鉱石は偽物だったそうだ」


「知ってるよ」


「俺が聞いた情報によると、ジラードがお前を拷問して、自白させて手に入れたものだそうだが」


「そこまで聞いてるの。よく喋るんだね。ペラペラと」


「…大変だったな」


「まあね」


「…で、どうやって自白剤の効果から逃れたかは知らないが、ともかくお前は本当のリコリス皇鉱石のある場所をジラードには伝えていない」


「伝えちゃったんだけどね。向こうが勝手に勘違いしただけさ」


「うまくやるんだな」


「そうなるように軽く準備したからね」


「本物のリコリス皇鉱石のある場所、知ってるよな?」


「もちろん」


「教えてくれるか?」


アナスタシアが俺をまっすぐ見る。さっきまでと全然雰囲気が違う。なんだかこっちの考えを全部読まれているみたいだ。


「君の言う通り協力してもいいけどね…ルシーダ、ちょっと先に伝えておくけど、僕は正直言って、アイリス皇族を憎んでいるんだよ」


!!


「僕の家族は皆殺しにされた。僕は大罪の焼印を押され、子孫を残せないように去勢された。その後も拷問が何日も続いた。宮廷の地下牢を出てからもひどい環境で生活させられ続けた。全部、アイリス皇族によってされたことだ」


急に…本心か。でもそういうことがあれば、確かに、憎むだろうな。


「…それでも僕を信用するかい?」


「ああ」


アナスタシアが優しく微笑する。


「…僕は君が好きだよ、ルシーダ」


「…どうも」


「リコリス皇鉱石の場所、もちろん教えるさ。でも、王国軍が本気出してレンブルフォート中探したら、そのうち見つけられちゃうんじゃない?」


「見つからないんだろう?」


「…まあね」


アナスタシアは料理を一口ほおばる。頬に手を添える。


「…んー、おいしい! とろけそう」



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