11 ▼『フォックス・アンド・ウルフ』▼




「姉さん! 見て、できた!」


俺は自作の紙飛行機を持って、中庭で休んでいたオフィーリアに見せに来る。細い木材で簡単に骨組みを作ってから、全体に薄い紙を貼って仕上げた。ちょっと不格好だが、性能は申し分ない。あまりに出来がよかったので、つい嬉しくなってオフィーリアに見せに来たのだ。


「上手だね」


「ちゃんと飛ぶんだ」


俺は紙飛行機を水平に投げる。紙飛行機は俺の手から離れ、すぅーっと音も無く飛んで行く。


ガサッ!


紙飛行機はそのまま落ちることなく中庭の端の繁みに突っ込んだ。


「あっ!…壊れないかな?」


「丈夫に作ってあるから。まあ、壊れても直せばいいさ、俺が作ったんだから!」


「すごいね」


「大人になったら、設計士かパイロットになろうかな!」


ま、立場的に無理なんだけど。分かってるんだけどね…


「…んー、どっちがいいかな? 姉さん…」


俺はオフィーリアの方を振り返る。オフィーリアがその場でうずくまっていた。


「姉さん!」


俺は慌ててオフィーリアの側まで走って行く。オフィーリアは片手でお腹のあたりをおさえながら、もう片方の手で苦しそうに口をおさえている。吐き気がするのだろうか? 心配だ…


「大丈夫?」


「…うん。突然びっくりしたよね? ごめんね…」


オフィーリアは、近頃こんなふうにつらそうにしていることが多くなった。体調が悪いのかもしれない。何か大きな病気とかじゃなければいいが…


「…ルシーダ、わたし、もしかしたら、しばらくここを離れなくちゃいけなくなるかもしれない」


「そうなの?」


「あなたにもしばらく会えなくなると思う…ごめんね」


オフィーリアは寂しそうな顔をする。


「いや、謝ることないよ。元気になってさ、帰って来てよ。そしてまた一緒に、ご飯食べたり、勉強したり、歌ったり、ぼーっと空見たりしようよ…姉さん?」


オフィーリアが泣いている。


「…どうして泣くの? 泣かないで」


姉さんが悲しそうだと、なんだか俺も悲しくなってくる。


「…そうだ、姉さん元気になったらさ、空を飛ぶ船に二人で乗ってみようよ。鳥みたいに。自由に。青空の中を。どこまでも」


「…これはわたしのわがままなの。でもどうしても。こうするしかなくて。本当にごめんなさい。あなたのそばにいられなくて」


「どうしたの? 姉さん。どうしてそんなに謝るの?」


「ごめんね。ルシーダ」




▼  ▼  ▼




「…ルシーダ、大丈夫?」


…ゆっくりまぶたを開く。俺を心配そうに見ているエリオットがぼんやり見える。もう朝だ。


夢を見ていたか…オフィーリアがいなくなる直前の頃のことは、夢でもつらいな…きっと、エリオットと一緒にいたからオフィーリアを思い出したんだろう。なんだか妙に寂しい気分だ。


「…ルシーダ、泣いてない?」


「いや」


手で涙を軽く拭う。


「…あのね、言っていいかな? お姉さんがいるの?」


「…聞かれたか」


寝言で喋ってしまっていたようだ。この際、もう言ってしまおうか。実は俺、レンブルフォートの皇子なんだ。それでエリオット、お前が、大好きだった姉さんに本当そっくりで、それで…


なんだかお前まで、俺のそばから突然いなくなってしまうんじゃないかって。


そしたら俺は。また一人になる。大好きだった人に、また会えなくなる。


…そんな気がして。


「…エリオット、どこにもいかないよな?」


「何言ってるの? 一緒に住み始めたばっかりじゃない」


「そうなんだけど、なんだか急に不安になってさ」


エリオットはちょっと不思議そうな表情だ。


「エリオット、実は俺」



「…何?」


「実は…」


言え、言うんだ。勇気を振り絞れ。


「本当は俺」


エレノアの怒り狂った表情が突然頭に浮かんできた。


やめよ。


「…な、なんでもない」


「そうなの?…別にいいよ、わたしなら。大丈夫だから、ね? 安心して」


エリオットの顔を見る。オフィーリアの優しい表情にそっくり。


すっと肩の力が抜ける。


「…実は俺、レンブルフォートの」


コンコン!


「…エリオットさーん! お願いしまーす!」


突然、玄関の扉の外で呼ぶ声がする。来客のようだ。


「あ、誰か来たみたい。ちょっとごめんね、ルシーダ」


エリオットは玄関まで行き、来客と少し話をする。


「…今から!? まだそんな時間じゃないでしょ!?…」


「…それが、急に欠員ができて…」


「…もぅー! やだぁー!…」


エリオットのうんざりした声が聞こえてくる。どうやら急用のようだ。話を終えたエリオットは俺のところに戻ってくる。


「ごめんね、ルシーダ。急に仕事入っちゃった」


「構わないよ」


結局言えなかった…まあ、今回はいいか。こんなこともあるよな。


「夜には帰って来るから」


「そんなにかかるのか?」


「何日も帰らないこともあるよ」


「そうか…大変だな。ま、今日は待ってるよ」


「うん。ありがとう」


エリオットは俺の手を握る。やわらかい。


「…ルシーダ、わたしどこかへ行っても、時間がかかっても、ちゃんとあなたのところへ帰って来るから」




▼  ▼  ▼




夜。エリオット行きつけの酒場、『フォックス・アンド・ウルフ』にて。店は繁盛していて、大勢の客で賑わっている。自然木と熱帯植物を基調とした内装もセンスが良く、居心地がいい。エリオットいい店知ってるじゃないか。


「…だあー! なぁーんでいっつもこーなのよー!」


エリオットは酒を飲んで酔っている。本当になんでいつもお前はこうなんだ。


「…ねえールシーダもそう思うでしょー!?」


「思いマス」


俺とエリオットは小さな丸テーブルを囲んで、向かい合って立っている。狭さがちょうどいい感じだ。


「でしょー!? こっちは欠員埋めるためにわざわざ行ってやってるってのに、なぁーんでキャリアってああも偉っそーにしてんのかねー?」


「もう少し声抑えた方が…」


「いいの! ここなら誰も気にしてないから!」


確かに、周りも酒の勢いでがやがや大きな声で話している。誰が何話しているとかよく分からない。


「お嬢さんたち、お隣いいかな?」


突然声をかけられて振り向く。なんだ? ナンパならよそでやってくれ…


声をかけてきた男の顔を見る。見覚えのあるふさふさのグレーの髪と、頭良さそうな眼鏡。


!!


「やあ、デート中すまないね」


ク、クロノス…!!


なぜキサマが!?


「あら…ルシーダがいいなら?」


エリオットは酔っぱらったまま俺を見る。


「だめだ!」


「なぜだい? つれないね。あの日はあんなに楽しかったのに」


「お前だけだろ! 俺をあんなめに遭わせやがって!」


「なんだか知り合いみたいだね。いいんじゃない? みんなで飲んだほうが楽しいし!」


「なんでそうなる!」


「じゃ遠慮無く」


「そこは遠慮しろ!」


「一杯ずつ奢るよ」


「やったあ! よかったねっ、ルシーダっ。あ! 店員さんちょっとー! コレおかわりーっ! ねえねえ、ルシーダは?」


「…ト、トマトジュース…」


クロノスは俺たちが囲んでいたテーブルに着く。本当に遠慮が無い。片手にビールのジョッキを持っている。酒飲むんだな。学者って聞いてたからそんなイメージ無かったんだが。


「…しかしお前、こんな所来るんだな。酒よりコーヒーが似あいそうだけど」


「コーヒーはいつも飲んでるさ。たまには、コイツもね」


クロノスは自分のジョッキを指差す。


こいつ酔わなそう…


「しかしルシーダ、君の方こそ、次期レンブルフォート領主がこんな所にいていいのかい?」


!!


「どういうこと?」


エリオットが聞き返す。


ばれた。


めっさばれた。


まさかこんな形でこうもあっさりと。


…納得いかん!


「ち、違う違う何でもない、ってかクロノス! お前何てこと言うんだ!」


「どうしてだい? どのみちもうじきみんなに知れわたることだろう?」


「…そうなの?」


エリオットが少し驚いたように俺を見る。


「ルシーダ、その話本当? ルシーダって何者なの?」




▼  ▼  ▼




はあ…


エリオットにいろいろ質問攻めされて疲れた…


「…うーん、でもなんとなく、そんなんじゃないかなーって思ってたけどねっ」


「受け入れるの、早くない?」


「そーう?…酔っぱらってるからかなー!」


エリオットの順応能力高!


「…さて、ばれてしまったものはもう仕方ないね」


クロノスがほぼしらふの口調で話しかける。やっぱり酔わないか…って、お前のせいだろ!


…ん? なんか変だ。クロノス、お前まさか…わざと…?


「安心して! わたし誰にも言わないから」


「頼む」


「ルシーダがどんな事情抱えてても、わたしにとって、ルシーダはルシーダだから」


エリオットがにっこり微笑む。


「…ありがとう」


これでよかったんだろうか。実はしらを切り通してもよかったんだけど、でも白状すると、俺もエリオットには話してしまいたかった。エリオットにだけは。結果的にちょうどよかったのかもしれない。


まあ開き直るしかないか。なるようになれ。なんとかなる…よな?


クロノスは俺の方を向くと、改めて話しかける。


「…で、ルシーダ、次予定が空いている日はいつかな?」



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