第12話 決闘裁判

 決闘の準備はあっという間に進み、太陽が真上から少し過ぎた、腹の虫が騒ぎ立てる頃に俺たちはコロシアムにて向かい合わせに立っていた。


 約10メートル程度の間を空け、俺とヒストは睨みあう。


 二人ともいつもの格好、つまり俺はローブ、勇者は鎧というそれぞれ違った装備だが一つだけ共通しているものがあった。


 それは剣を持っていること。


 決闘裁判のルールは一つ、『両者は剣を以て自身の正義を示すこと』だけ。それ以外は何も決められておらず、例えその決闘で命を落とそうが手をかけた相手がそれによって裁かれることはないし、それどころか「決闘の結果は女神の審判である」とされ、その殺しは正当化されるのだ。


 この機に乗じて勇者の息の根を止めたいが、女神の加護を受けた奴を今殺しても無駄だろう。復活した勇者が腹いせに俺の事実をブチ撒けることは想定できる。


 観客席を見渡していると、魔法使いと戦士の割合がほぼ半々だという事に気付く。


 人間界最強の4人の内、剣が得意な勇者と魔法が得意な(と思われている)俺。その激突を見たいが為に彼らは集まったのだろう。


 そんな発見をしながらもやっとのことで見知った顔を見つける事ができたが、不安げな顔をしたアリシアとエルトの二人は、制止の言葉を投げ掛けてくる。


「カテラ無茶だよ!剣なんて握った事ないでしょ!」

「先輩!生きて帰れたんです!命を落とすかも知れない決闘なんて止めてください!」


 だが、その隣にいたロズは二人の言葉とは真逆の内容を、よく通る声で言い放った。


「二人とも止めとけ!アイツの顔は勝ちに来た顔だ。カテラァ!ヒストはめっちゃ強ぇぞ!気張りな!」


 その声援……とは言えるかは微妙なソレに、頷きで応えて勇者へと目線を戻すと、奴の顔は不愉快そうなものへと変わっていた。


「だってよ。いまなら棄権してもいいぜ?エルトの言う通り、本当に殺しちまうかもしれないしなぁ」


 だが、その表情はすぐに見下した物に変化する。挑発めいたそれを気に留めず、俺は心の中で決意する。


 棄権?するかよ。こっちだって自尊心プライドかけてんだ。


 勇者が強い事くらいは知ってる。なにせ女神の加護を受けた選ばれし者だ。たった三年で歴戦の戦士たちを打ち倒せる程の実力をつけたコイツは、はっきり言って並大抵の実力じゃ倒せない。


 だが、俺だって負け戦をするためにここに立っている訳じゃない。勝算は十分にある。


「殺すだの何だの御託はいい。さっさと始めよう」


 俺の返事で応戦の意思が有ると分かったのか、勇者も先ほどまでの見下した表情から一変し、気を引き締めて剣を構える。


 そして、レアル学長は天高く掲げた腕を振り下ろすと共に高らかに開始の合図を出した。想定ではそれと同時に勇者は切り込んで来るかと思い身構えるが奴はその場から動かず、ニヤニヤと厭らしい笑顔で再び挑発めいた言葉を投げ掛けてくる。


「魔法使いが魔法を使う前に全力で倒すなんて無粋な真似はしない。詠唱する暇は与えてやるよ」


 その言葉は、無論俺が魔法を使えないことを前提に吐かれた物だ。その言葉に観客達が「いいぞー!」「やっちまえー!」等のヤジを飛ばす中、俺はその言葉に従って魔法を発動させる準備を整える。


 本来であれば初級魔法であるこの魔法は誰でも無詠唱でも発動出来るが、観客達に『俺は魔法を使えるのだ』という印象を抱かせる為、即興の詠唱を仰々しく開始した。


『一つ二つと指折り数え、散指さんしを固めて剛拳と成せ』


 言葉の通り、開いた左手を親指から順に握り込み魔力を滾らせる。この魔法の効力は神経伝達速度と筋力を増強させる支援魔法で、その名も好戦形態アグレッシブ


 魔法全般に言えることだが、魔力を多く注ぎ込んだ方がその効力は増す。


 俺の魔力でそれを唱えたら、どうなるかはわかるだろう。神経伝達速度は俺以外がスローモーションになったと錯覚するほど研ぎ澄まされる。


 今も、聞きなれない詠唱を俺の新魔法オリジナルだと思った観客達のどよめく声が低い、唸るような音に変わり意味を成さなくなる。


 レリフのもとで発動した際は、彼女が瞬き一回するまでに一分強の時間を要した程だ。そして俺の筋力は、加速するために踏み出した右足で小さなクレーターを作れるほどになっていた。


 魔王の行動すら止まって見える程の速度と地を抉る程の膂力りょりょく。これが先程の『勝算』だ。


 勇者が構えている剣に対し、それを切り上げるように剣を振るうと、大した抵抗も感じずにそれを空中に吹き飛ばすことが出来た。


 剣を手放したにも関わらず、勇者の顔はニヤついたままだった。それもそうだろう。俺は奴が反応する速度よりも速く動いているのだから。


 やっとの事で驚愕の表情に変わりつつある勇者の首元にゆっくりと剣先を添え、俺は好戦形態アグレッシブを解除した。


 ――――――――


 勇者と魔法使い、両者の決闘は一瞬で決着がついた。


 魔法使いが詠唱を終えると共に終わったそれに、観客達は歓声を上げる間もなく唖然としている。


 剣がもう一つのそれを天へと弾く金属音が鳴り響いた直後、何が起きたのか理解できていない勇者の首元に剣の切っ先があてがわれていた。


 空を切る音を何重にも奏でながら空を舞う勇者の剣が、魔法使いの遥か後方へと突き刺さる音でその場にいた全員は何が起きたのか把握した。


 その直後、せきを切ったように拍手と歓声が場を包み込む。


 これ以上は無用だと判断したのか、審判役のレアルは些か動揺したような声で「や、止め!」という言葉を二人に告げ、離れるように指示する。


 いまだに何が起きたのか分からないといった顔をする勇者をよそに、魔法使いは剣を下ろして審判の方を見る。対する審判レアルはその戦いぶりを誉めていた。


「お見事。魔法使いとは思えぬ体捌きでしたね」


 その言葉に、場内からは俺の実力に驚いた剣士たちの声がぽつりぽつりと漏れてきた。


「魔法も使えて剣の腕も立つとか、反則じゃねぇか……」

「何したか見えたか?剣筋どころか、いつ移動したのかも見えなかったぞ」

「格が違いすぎる……」


 そう声を漏らす者の多くは、皮や金属製の鎧を身に纏い、剣の道をひたすらに進んできた者たち。


 俺は彼らから恐れられるほどの実力を身に付けていた。対して何も出来ずに負けた勇者には、同じく剣士たちから容赦ない言葉が浴びせられる。


「魔法使いごときに負けるとか勇者止めちまえ!」

「そうだそうだ!カテラに勇者の座を明け渡せ!」


 専門では無いにせよ、俺よりかは何倍も剣の道を歩いてきた勇者が剣での決闘で負けたという事実は大きい。


 今なら奴が何を喚いても、『負け犬の遠吠え』として聞き流せる。


 目的は分からないが、ひとまず勇者の『魔法使いカテラは死んだ』という発言を取り消せた事に内心安堵していた魔法使い。


 だが、その安堵はレアルの次の言葉で消え失せた。


「三年間貴方を見てきた私が言うのも何ですが、使貴方は、今までずっとそうやって戦ってきたのですね」


 その言葉で、魔法使いに向けられていた場内の視線は祝福のそれから別の物へと変わりつつあった。

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