第8話 【勇者Side】始祖の血

 転移魔法でフェレール王都に戻った勇者一行は、勇者一人と戦士、僧侶の二人に分かれて行動していた。


 勇者は一人、レイノール魔法学院に赴いていた。


 目的はもちろんカテラが死んだことを告げる為と、代わりの魔法使いの補充の二つ。これらを満たすのにうってつけだったのが、この学院だったのだ。


 入口で勇者であることを名乗り、学長に面会を希望していることを告げると、大慌てで職員が連絡を取りとんとん拍子で貴賓室で待つように言われた。


 革張りのソファーに腰掛けて待っていると、紫黒しこくの髪と瞳を持つとある女性の肖像画が目に留まる。それは魔法使いを志す者で知らない者は居ないほどの人物だった。


 勇者に選ばれてから3年間、少ない時間ではあったが魔法を習得する為ここで学んだことのある俺でさえ彼女の事は知っている。


 アルティナ・レイノール。『魔法使いの始祖』と呼ばれた彼女は400年前に歴史上で始めて魔法を行使した人物。魔法を作り出したとも伝えられており、始祖の名はそこから取られていた。


 規則正しいノックの音で頭を考え事から切り替えて、彼が入ってくるのを待つ。


 レアル・レイノール。魔法使いの名門であり、『始祖の血』を引くレイノール家の現当主。先ほどここで勉強をしたことがあると言ったが、その時は彼に指導されていた為面識は十分にあった。


 男性である彼には『始祖の血族』特有の紫の髪と瞳が現れず、金の髪に碧の瞳を持っている。というのも、『始祖の血族』は女性しか生まれないため、魔力の強い男性を婿に取って今まで繁栄してきた。


 つまり、眼前の彼は名目こそレイノール家ではあるが常軌を逸した魔力量を持っている訳ではない。常人よりも多い程度だ。


 彼は黒ベースに金の刺繍が入ったローブに身を包んでいた。俺のことを見るとその表情は穏やかな物から驚きのそれに変わる。


「これはこれは……。私たちの学院にご足労頂きありがとうございます。……それで、本日はどのような用件でしょうか?」


 丁寧に頭を下げ、俺の対面に座った彼に目的と提案を話し出す。


「そういうおふざけはいりませんよ。かれこれ三年間、秘密裏にとは言え魔法を教わるために顔を合わせていたじゃないですか。……今回こうして訪れた理由はカテラについて報告とご相談があったからです」


 目の前の彼は、無能の名前が出た途端に温和そうな笑みを嫌悪感丸出しの表情にし、声を潜めて問う。


「……彼について何か分かった事でも?」

「ついさっきの話ですが、奴の口から自分は魔法を使えないと聞かされたため、僻地の洞窟に置いてきました。蹴落とすなら今が好機かと」


 その報告を聞いた学長先生は、上機嫌そうに口の端を歪ませる。そしてその口から出た言葉は先ほどの落ち着き払った物では無く、


「やっと、あの忌まわしい彼を引きずり下ろすことができるのですね……!」


 彼はあの無能の事を煩わしく思っている。そう聞かされたのは彼に魔法を教わってからすぐのことだった。


 そりゃそうだろう。今まで名門中の名門であるレイノール家が一番優れた魔法使いだったのに、ポッと出の孤児ごときにその座を奪われる。


 50年前の勇者一行には彼の義母、リーシャ・レイノールが居たというのにその座も奴に奪われた。


 それでは面目丸つぶれだろう。何としても自分たちの家系が一番だと証明したいはず。そう、たとえ犯罪に手を染めたとしても。


「分かりました。後は私の方でなんとかして見せましょう。ここからは報酬の話になりますが……何がお望みですか?」


 声を潜め、周囲に聞かせないように互いに前のめりになって話を続ける。


「実は資金繰りに困っていまして……」

「援助をしてほしい、と?」

「いえ、せっかくですから奴の知名度を有効活用できないかと……」


 俺は無能の日記をバッグから取り出し、彼へと差し伸べてから作戦を説明した。


「――成る程。私はこれを解読できる者に金を握らせて、自分の都合の良い内容に仕立て上げれば良い、と」

「はい。こちらの取り分は売上金の4割。これでどうですか?」

「いえ、流石にそこまで頂くのは……」

「いいんです。これは俺なりの誠意ですから。娘さんと生徒たちへ伝える内容は分かっていますよね?」

「ええ。彼は死んでしまった、それだけですよね」


 こくりと俺は頷くと、彼は娘を呼びにひとまず部屋を後にした。一人残された俺はこみあげてくる笑いを抑える事が出来なかった。


 暫くして、入ってきたのはレアル学長とその娘だった。


 沈痛な面持ちをした彼女は『始祖の血』の特徴である紫の髪と瞳をしていたが、始祖アルティナの紫黒よりかはずいぶんと明るい紫だった。


 魔法使いらしく大きな三角帽子を被り、父親と同じかつ帽子と同色の黒いローブを着込んでいる。低い身長のせいか些かダボついており、表情も相まって頼りなさげに見えた。


「……エルト・レイノールです。よろしくお願いします」


 そう名乗る彼女は、持っていた杖―先端に紫の宝玉が付いた木製の物―を水平に持ってお辞儀をした。


 俺も彼女に応えるために立ち上がるが名乗る必要は無かった。レアル学長が前もって説明してくれたいたのだろう。


 ともかく、それから俺達と一緒に来ることを説明し、一足先にロズとアリシアが止まっている宿屋に戻ってもらう事にした。俺は俺で国王に報告しなければならないからな。




 学院を後にし、暫く歩くと目的の場所である王城に続く階段に辿り着く。


 それを上がり切り、王城の扉の前に立って両端に立つ兵士に国王に要件があることを伝える。


「勇者ヒストだ。国王に急ぎ伝えたいことがある。通してもらえないだろうか」


 そう伝えると兵士は敬礼し門扉が開かれる。一人の兵士が国王の間へ駆けて行った。俺はその兵士の背中を追ってゆっくりと歩みを進める。


 やがて国王のいる大広間へと通された。一週間前の任命式と同じく、王座に距離を取って跪く。そして国王アキレウスが口を開くまでそのまま待った。


「して、勇者ヒスト。今回はいかがなさったかな?お仲間の姿が見えないようだが…」

「はっ。アキレウス国王陛下。今回私が急遽お伝えしたいと申したのはその仲間についてでございます」

「も、もしや……今いない3人の中に死人が出たと申すのか……?」


 国王の声が震える。跪いている今の俺には見えないがおそらく彼の顔は青ざめているだろう。


「……はい。カテラ・フェンドル。彼は本日、魔物の襲撃により亡くなりました」


 俺は最後まで跪いたまま言った。抑えようとしても抑えきれない笑みを誰にも見せないようにする為に。

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