第2話 シスター・セリカの嘆息

 お使いを済ませた私は、電車に乗り込む。

 平日の午後は空いていた。近くの席に座り、風呂敷を抱える。


 再来週のチャリティーバザーに出すことになったタオルだ。夫の遺品整理をした信者から、バザーに出せるかどうか電話があった。寄付の期限は過ぎていたものの、神父が許可したため私が受け取りに行った。


「冥土の土産にしては多すぎますからねぇ」と、お婆さんは話した。

 孫達が片付ける負担を減らしたい。その思いを、主はお喜びになるはずだ。


 お爺さんの使っていたタオルが、新たな場所で重宝される。譲り合いの精神が美しい。

 主よ、心温まる瞬間に居合わせていただき、感謝いたします。教会に帰り、神父に報告いたしましょう。


 私は誇らしげに前を向く。

 あら、まあ!

 目の前の光景に息を飲む。紺色のシスター服とは正反対の格好だ。


 厚底ブーツをぶらぶらと揺らし、脚が折れないか心配になる。ヒールはラメで覆われ、目がチカチカした。

 革靴に合わせたのは、丸襟のプリーツワンピース。総レースのつけ襟は、パリの蚤の市で見かけたアンティークレースを彷彿とさせる。葡萄を咥えた狐が愛らしい。


 あぁ。ロングワンピースだったなら、どんなに良かっただろう。私は眉をひそめる。開いた脚の幅が一ミリでも広くなれば、中身が見える危険性があった。


 私の憂いが通じたのか、女性は脚を組み直した。だが、隠れていた太腿があらわになる。スパッツすら履いていないのかもしれませんね。

 もはやワンピースの裏地が見えていた。無防備な姿を公衆に晒す趣味でもあるのかしら。


 セクシーさに目がくらむ、なんて気持ちが分かる日が来るなんて。おおざっぱな性格に頭が痛くなります。

 一体、誰にハニートラップを仕掛けているのですか。敬虔なシスターは惑わされませんよ。どこに視線を向けるべきか、困っていないと言えば嘘になりますけどね。


 そろそろ目的地に着きそうです。

 私の次に座る方が、理性を保たれることを祈ります。


 素敵なワンピースをお召しになった彼女よ。好きな服を着るのは構いません。しかし、節度ある振る舞いをなさってください。おみ足の美しさを誰もが賞賛するとは限りませんからね。


 私は席を立ってドアに向かう。

 電車が揺れ、吊り革に手を伸ばした。


「きゃあっ!」

「すみません。濡らしてしまって!」


 すれ違いざまに、アイスコーヒーが肩と風呂敷にかかった。

 頭を下げる高校生をやんわりと制止し、微笑みを浮かべた。


「主はあなたの行いを赦しました。それ以上、罪に苦しむ必要はありませんよ」


 こぼしたコーヒーを惜しむ気持ちがあるなら、文句はありません。

 私は会釈をしてから電車を降りる。少々かっこつけてしまいましたかね。しかし、早急にやるべきことがあるのです。


 改札を抜け、人目のつかない路地で風呂敷を開けた。

 タオルまで濡れていないでしょうか。無地なので、コーヒー色に染まると目立ちそうです。


 結び目を解くと、血の気が引いた。


「はうぅ」


 私は両手で覆った。

 コーヒーで濡れたタオルには、春画が描かれていた。


 み、水に濡れると別の絵柄が出てくるようになっていたのですね。


 抱擁する殿方が二人。主従ですか、近親相姦ですか。鬼と忌み子、人外も守備範囲っ。どんな愛の形でも受け止めます。


「わ、私はお使いの途中に何を考えているのですか!」


 慌てて風呂敷を包み直す。


 残念ですが、バザーには出せません。かといって、私物にしてしまう訳にはいきません。


 これは、二枚重ねて雑巾にしなければ。とりあえず、乾くまで喫茶店にお邪魔しましょう。神父に見せるには、いささか刺激的な柄ですし。


 何だか、もう一度だけ記憶に刻みたくなりました。駄賃として幸せを分けてもらいたいなぁ。なーんて、駄目ですよね。

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