第46話:緩和の閑話。



「ユカリ! 今日はありがとう!」


 1日目のテストが終わって、地元の駅に戻って来た私は、隣を歩くユカリに思いっ切り頭を下げた。

 ユカリが何も言ってくれないから頭を下げ続けていると、優しい手の温もりが私の頭をワシャワシャと撫でるのを感じた。

 

「……べ、別に、ミカの為にやった事じゃないから」

「え?!」


 驚いて慌てて頭を上げると、ユカリは楽しそうに笑っていた。

 ……あ、これ、またやられたな。


「私たち2人の為にやった事だからね」


 ……ほらね?




「ねえユカリ、この後、ユカリの家に行って良い?」

「別に良いわよ? でも、どうしたの、急に」

「一緒に勉強するの私の部屋ばっかりだしさ、久し振りに行きたいなって思って」

「そう言えばそうね。……じゃあ、お昼を食べ終わったらいつでも来てくれて良いから」

「うん。食べたら行くね!」


 今日はお母さんもお父さんもお仕事だから、何か適当に用意しておくと言っていた。

 その何かが何かは分からないけれど、早く食べてしまって、直ぐにユカリの家に行こう。


「じゃあ、また後でね」

「うん、また後で!」


 ユカリの家に着いて彼女が扉の向こうに消えるのを見送ると、家迄の残りの道がもどかしくて、全力でダッシュした。




 この後ミカが部屋に来るとか、何だか落ち着かない。

 ……取り敢えず、朝に取り敢えずで整えたベッドの布団を、綺麗にしておこうか。


 ……なんて、小さい頃からの事を考えると今更なのにね。

 2カ月振りだと云うだけで、こんなにも落ち着かないなんて。

 ……でも、仕方が無いかな。

 この2カ月の中の、特に前半は私にとって長過ぎた。

 ううん、“私に”じゃなくて、“私たちに”、ね。


 こんなに考え込んでしまっている自分が可笑しくなって、ベッドの布団をえいやっと剥ぎ取った。



 

 そう言えば両親共に仕事だけれど、ご飯は何を用意しておいてくれているのだろうとキッチンに向かうと、ダイニングのテーブルの上に書き置きが有るのを見付けた。

 こんな古風な事をせずにメッセージで済ませれば良いものをと思いながらもそれを手に取って目を通すと、

『どうせミカちゃんと一緒に食べるんでしょ? トモミに訊いたらデリバリーさせるって言っていたから好きなのを食べてね』

と書いてある。

 ……どうせって何よとか、何で一緒って分かっているのよとかツッコミ切れずに居ると、インターホンが鳴った。


 ミカだろうなと思いつつも念の為にモニターで受けると、両手でスマホを握り締めて涙目のミカが映し出された。




「えーっと、このアプリをダウンロードして……っと」


 私のスマートフォンを器用に操って、ユカリが出前のシステムの登録を進めてくれる。

 同じ出前でも、前にも使った事が有るお母さんが注文してくれれば良いのに、何でわざわざ私にアカウントを作らせるんだろう。

 ……百歩譲って好意的に考えれば、こう云うのが苦手な私に経験させる為なんだろうけど。

 …………でもやっぱり、度々ポストに入っているこの初回限定クーポンを使う為だろうな。





「ねえミカ、ここで食べるなら住所はうちのを入力しちゃうけれど、それで良いの?」

「うん、良いんじゃない?」

「“じゃない?”って……。まあ後で変えられるだろうし、うちにしておくね」


 苦笑いされても、私には良く分からないんだから仕方が無いじゃない。


「これで注文出来ると思うから、選びましょう」


 そう言ってユカリが見せてくれた画面に映し出された色々なお店のメニュー写真を捕えた私の目が、自然と輝く。

 どれも美味しそうで、目移りしてしまう。……決められるかな。


「ミカが選ぶのに時間が掛かって、夕飯の時間になってしまったりしてね」


 …………そんな事無いもん。




 安価な筈のチェーン店の牛丼一杯500円等に戸惑いつつも、韓国系チキンのお店のお弁当を種類を変えて2つ注文し終えると、ミカは大きく欠伸をして、ベッドに凭れ掛かった。


「……眠いの?」

「うん、この欠伸は、眠いの……」


 そう言ったミカは、ふわりと笑った。

 ……良かった。


「じゃあ、ご飯が届くまで寝ていたら? 来たら起こすから」

「ごめんね、何か安心しちゃって……。お昼の事も……、テストの事も……」


 ミカはそう言いながらモゾモゾとベッドに這い上がり、ゴロゴロと転がって頭が枕に付く迄移動した。


「うん。今日のテストは上手く行ったの?」

「えへへへ、ユカリのおかげで、ばっちり……スゥ」





 笑いながら寝てしまったミカに、タオルケットを掛けてあげる。

 幸せそうなその寝顔を見ていると、フニフニの頬っぺたを突っつきたくなって来る。


「えへへへへ……」


 欲望に逆らわずにプニプニすると、ミカはだらしなく口許を緩めて笑った。

 ……少し位、スマホで撮影してはいけないかな……。

 そう思った私は、ここでハッと気付いた。

 明治村の帝国ホテル玄関の喫茶店で私が寝ていた時に、ミカがスマホを持っていた理由に。

 スマホを構えてパシャっと鳴らした私は、サラダ位は用意してあげようと、静かに部屋を出て1階のキッチンに向かった。

 

 ……後で、明治村の時の写真を見せて貰おうかな。

 どうせ今日は、そんなに何時間も勉強させる気は無いのだし。

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