第14話 一流冒険者の実力

「さて、一流冒険者の実力を見せてもらいましょう」


 天下は〈迷彩〉魔法で姿を隠し、〈遮音〉魔法もついでに利用して少し離れた位置から高みの見物と洒落こむ。

 異世界アウスビドンに来てから今の今まで冒険者の実力を知る機会がなかった。思う存分観察する所存だ。


「もうすぐ海の魔物と接敵か。誰も彼もが忙しいか」


 甲板では冒険者並びに乗組員が忙しなく走り回っている。既に魔物の情報共有は済んでおり、ネセサティーズが各所で指揮を執ることも決定している。

 ネセサティーズが冒険者に一目置かれる存在なのは間違いない。


「ク、クラーケンだ!」


 既に海の魔物が目視できる距離まで近づいている。目視した冒険者が上ずった声を上げる。


「そんなクラーケンだって、勝てっこない。俺たちここで死ぬのか……」

「なんで、ここでデビルフィッシュズの一角と遭遇するんだよ。ついてない、最悪だ」


 天下も海の魔物を目視する。存在事態は〈望遠〉魔法で先程から捉えていた。ただし、名前まではわからなかった。


「ふーん、どうやらフラグ回収にはならなかったか。でも新たな疑問が出てきたな、デビルフィッシュズ? これだけ慌てているんだ、強いんだろうな」


 天下は情報を集めるべく耳に注意を向ける。〈集音〉魔法で冒険者の声を詳しく拾う。

 冒険者の中にはデビルフィッシュズのことを知らないものもいるようで、知っている冒険者が説明していた。


「グッジョブ、無知な冒険者」


 天下は見知らぬ冒険者を褒め称える。無知という点では天下も同類だ。


「デビルフィッシュズってのはな、ドンケルハイト大陸の近海に棲息する海の魔物のことだ。出会ったら最後、生き延びれるかも不明な凶悪な魔物だ」

「ごくりっ。そんな、でも大丈夫ですよね。あのネセサティーズが一緒なんですよ、楽勝ですよね、ねっ!」

「わからない。いくらネセサティーズと言えども100%の保証はない。特に今回の魔物はクラーケン、船が持つかわからない」

「どういうことですか?」

「クラーケンは巨大なイカの姿をした魔物。大きなものがあったらとりあえず巻きつく性質を持つ。この船も巻きつかれるのは確定的だ。せめてアイランドホエールならよかったのに」

「アイランドホエールって何ですか? クラーケン以外にも厄介な海の魔物がいるんですか?」

「デビルフィッシュズに数えられるのは、今目の前に迫っているクラーケン、穏やかな性格ながら巨体故に大津波を起こすアイランドホエール、最後に好戦的で有名なシードラゴンビーストの三種だ」


 聞きたい情報を聞いた天下は冒険者から注意をそらす。


「この世界は面白い。修行に選んで正解だった。間もなく、クラーケンとの死闘が開演。最後まで楽しませてくれよ」


 既にクラーケンの姿は目の前まで来ている。遠距離攻撃を得意とする魔術師が海上に出ている触手目掛けて魔法を放つ。

 魔法はクラーケンの触手の表面にダメージを与える。しかし、クラーケンの進行に影響はない。


「近くに寄ってきたら顔を出す。弓隊、準備はいいか!」


 甲板の先頭でコクッゴが冒険者に指示を出す。天下の知っているコクッゴは気のいいおっさんでしかない。目の前のコクッゴは指揮官として立派に勤めあげている。

 堂々とした態度に冒険者から安心と信頼を得ている。


「放てっ!」


 コクッゴの言葉通りにクラーケンが船体に近づいた瞬間、上半身を海上に現す。何本もの矢がクラーケンの表面に突き刺さる。

 クラーケンの体長はおよそ30メートル。天下が退治したドラゴンとほとんど同じ大きさだ。大きいのは間違いないが、船の大きさが200メートルを越えているので、いまいちクラーケンの大きさが伝わらない。


「魔法も矢もほとんど効果なし。このままだとじり貧だぞ、おっさん」


 高みの見物をしている天下は余裕の表情。クラーケンの強さはドラゴン以上だが、天下にしてみれば五十歩百歩。地の利が魔物にあろうと関係ない。

 最強の幼馴染みに比べたら赤子も同然。倒すことに苦労はない。

 何より天下は当初、ドンケルハイト大陸に行くのに自ら空を飛んで行く予定だった。不測の事態が起こった際に海上では動きに制限がかかること、後は面白い出会いを求めて船旅を選択した。

 船が沈もうが天下のドンケルハイト大陸行きは確定している。


「来やがったな、クラーケン。シャカアイ、甲板の攻撃は任せた、俺は船体に巻きついた触手を切ってくる」

「……(こくり)」


 とりあえず大きいものに巻きつく性質のクラークスが船体の側面に巻きつく。鉄製の船なので簡単には壊れない。しかし、クラーケンの触手の膂力も見事で、船体がミシリミシリと悲鳴を上げる。

 クラーケンの触手の本数は10本。全てが船体に巻きついているのではなく、数本は甲板にいる冒険者に向かっている。クラーケンも冒険者が敵ということは認識している。

 シャカアイは甲板に飛んでくる触手から冒険者と船を守る。

 コクッゴは甲板から飛び降りて、クラーケンの触手に飛び移って二本の剣で直接触手を切り刻む。


「ひゅー、流石一流の冒険者。こちらには被害を出さずに、相手にだけ被害を与えている」


 コクッゴは一本の触手を切り飛ばす。だらりと垂れ下がった触手が海面に向かって落ちる。コクッゴは触手を足場に飛んで船体側面に手足をかける。


「魔術師隊、弓隊、追撃します。放てっ!」


 ネセサティーズの紅一点リカの号令が放たれる。

 クラーケンの体が船体から少し離れた隙を狙って遠距離部隊が攻撃をしかける。火、水、土、風、雷、矢、数にものを言わせた攻撃がクラーケンに降り注ぐ。

 いくらかダメージを与えてたようで、甲板を攻撃していた触手が引っ込む。


「よし、クラーケンが離れたぞ。やった」


 誰とも知れない冒険者が喜びの声を上げる。しかし、優秀な冒険者ほど苦悩に顔を歪ませる。

 海の魔物の最大の特徴、それは海中から攻撃できること。対して冒険者は海中に攻撃する術をほとんど持っていない。

 クラーケンが海中に潜られたら冒険者は一方的に攻撃される。海の魔物との戦いはいかに海上に引きつけるかが課題だ。


「シャカアイ、クラーケンを離すな!」

「……(ぬん)」


 ネセサティーズの盾がクラーケンに対して挑発を行うが、効果は一瞬だけ。海上に留めるには至らず、海中に潜られてしまう。

 海中からクラーケンが船体に巻きつく。ミシリミシリと船体がまたしても悲鳴を上げる。

 そうはいっても一流の冒険者と一流の船乗り。海の魔物対策もばっちりだ。

 船の基底部や側面には大砲が設置されている。海中に潜ったクラーケンにも有効打を与えられる。

 ドン、ドン、ドン、と大砲が発射され、クラーケンにダメージを与えて大量の出血を強いる。

 しかしながらクラーケンは海の魔物。船が危険だと気づけば一旦離れることも厭わない。海の魔物のクラーケンにとって海中は自由自在に泳げる。大砲を避けるのも朝飯前だ。


「サンスー、準備はまだか!?」

「いつでもオッケーっす、リーダー」


 冒険者たちも指を加えて待っているなんて時間の無駄遣いはしない。

 ネセサティーズの罠師サンスーを中心にクラーケンをおびき寄せる罠を作っていた。

 海中に潜られたら厄介なのは火を見るより明らか。対策を立てないわけがない。罠と言っても用意できるのはクラーケンのエサ。中身に毒を入れて痺れさせたり、ロープを仕込んで釣り上げる簡単なものだ。

 クラーケンに有効な量となると相当なもので、複数の冒険者が罠にかかりっきりになる。


「サンスー、投入しろ。場所を間違えるなよ」

「誰に言ってるっすか、あんな巨体を見間違えるはずないっす。行くっすよ、3、2、1、今っす」


 即席の罠は寸分違わずクラーケンの目の前に落ちる。大量の出血をしているため、体力回復にはエサは欠かせない。目の前に敵がいようとクラーケンはエサの誘惑に抗えない。


「よしっ、食いついた。後は毒が回るまで耐えるぞ」

「ここが正念場っすね」

「……」

「魔術師隊、弓隊、いつでも攻撃できるよう準備はいいかしら」


 ネセサティーズ含む船に乗船している全ての冒険者、船乗りがクラーケンの一挙手一投足に注目している。

 生きるか死ぬかの瀬戸際、誰もが固唾を飲んで見守る。


「これで決着をつけられるか?」


 高みの見物の天下も静かに見守る。


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