第30話 別れと新たな結びつき

 領民たちは事件の一部始終を見て満足したようだ。けれど、舞台を中断されてしまった劇団セゾンには悪いし、王室のみなさまも劇の続きが観たいとおっしゃったので、観劇は再開されることになった。


 事件のまっただ中にいて疲れた身には喜劇の笑いが心地よい。劇を観終えたイリヤさんが、大変な目に遭ったことへの労いと解散の挨拶をすると、領民たちは盛大に拍手してそれぞれの家路についた。

 みな、満足げな表情をしていたことがとても嬉しい。


 貴賓席の隅っこにどっかりと座り、劇が終わると同時に大きなあくびをしていたヴァジームさんに、イリヤさんが声をかける。


「悪かったな。お前、じっと座っているのは相変わらず苦手なんだろう?」


「しょうがねえだろう。お前がここにいろっつうんだから。……で、話ってなんだ」


「俺たちが国境でツチグロトカゲと戦っていた時、矢を射てくれたのはお前だろう?」


 あの矢のおかげで、イリヤさんとエヴァリストさんは連携してツチグロトカゲを倒すことができた。もしかして、ヴァジームさんはイリヤさんを手助けする機会を窺っていたのだろうか。


 例えば、イリヤさんが領主になったという話を聞き、カリストを訪れたところで、ツチグロトカゲを討伐しにいくわたしたちを見かけたのだとしたら……。

 そのあとも、イリヤさんのことを心配して見守ってくれていたのかもしれない。

 ヴァジームさんは丸みを帯びた耳をかきながらそっぽを向いた。


「……覚えてねえな」


「ふっ、まあ、そういうことにしておいてやる」


 わたしは、目を閉じて笑うイリヤさんの横に並んだ。イリヤさんよりも背の高いヴァジームさんを見上げる。


「あの、ヴァジームさん、色々とありがとうございました。お礼をしたいので、是非、城館にいらしてください」


 ヴァジームさんは彼にしては珍しく、困惑したような顔をした。


「外でもそうだったが、あんたに礼を言われると調子が狂うな。あんたは一回俺に勝ってんだ。もっと偉そうにしてろ」


 ヴァジームさんとわたしは一騎打ちをしたことがある。確かに勝ったのはわたしだった。でも、だからといってイリヤさんを助けてもらうのを当然のように思うのはどうなんだろう。

 再びイリヤさんがヴァジームさんに話しかける。


「今は何をして暮らしを立てているんだ?」


「色々だな。用心棒もするし、田舎で魔物退治をして金をもらうこともある。ま、風来坊ってとこだ」


「そうか、お前らしいな。ヴァジーム、かつてお前を雇っていたロドリグは獄中だし、俺を含めて、もうお前を咎める奴はいない。……戻ってくるか?」


 ヴァジームさんはひらひらと手を振った。


「王子さまだかお貴族さまだかになったお前のもとで働くなんざ、まっぴらごめんよ。借りも返したことだし、俺はさっさとずらからせてもらうぜ」


「お前を慕っていた奴らとは会っていかないのか?」


「会わねえよ。あいつらはお前のところで頑張ってるんだろ? 今さら俺が出てって迷わせるこたあねえさ」


「お前らしいな。本当に何もいらないのか?」


「いらねえよ。ま、いつかこの街ごといただきにいくぜ」


 にやりと獅子の口の端を持ち上げるヴァジームさんを見て、イリヤさんは愉快そうに笑った。


「ああ、楽しみにしている。この街は渡さんがな」


 ヴァジームさんはにやりと笑うと、足元に置いてあった三日月斧バルディッシュを拾う。愛用の武器を担いで立ち上がり、こちらに大きな背を向ける。そのまま振り返ることなく、のっしのっしと大股で野外劇場の階段を下りていった。


 わたしはイリヤさんとともに、ヴァジームさんの背中が遠ざかるまで見送った。

 イリヤさんとヴァジームさんは、再び別々の道を歩むことになった。それでも、一度は決裂してしまった二人が、またこうして軽口を叩き合えるようになったのだ。ほほえましくて、別れの場面だというのについ頬が緩んでしまう。


「傭兵時代の仲間か? そなたを助けてくれたようだな。予も礼を言うべきだったか」


 フィリップ陛下の声に振り向くと、両陛下がすぐうしろにたたずんでおいでになる。わたしは慌ててかしこまった。イリヤさんが柔らかく微笑する。


「はい、わたしの仲間です。ですが、彼は粗雑なところがあるので、おじいさまからの労いのお言葉であっても、ありがたくは思わなかったかもしれません。これでよかったのです」


「そうか。しかし、そなたたちには助けられてばかりだな。何か形をもって報いねば。のう? コンスタンス」


 話を振られたコンスタンス陛下は、少しツンとした表情でお答えになる。


「さようでございますね。本人たちの望むものをのちほど送ればよいかと存じます。あなたたちもそれで構いませんね?」


 うーん。これでは、いつものコンスタンス陛下に逆戻りだ。態度が軟化したはずのコンスタンス陛下が元に戻ってしまったので、イリヤさんもきょとんとしている。フィリップ陛下はおかしそうにお笑いになった。


「コンスタンスはこういう性格なのだ。婚約時代、ともに過ごすようになってからは予もずいぶん戸惑ったぞ」


「陛下……!」


 やや顔を赤らめながら抗議の声を上げるコンスタンス陛下を見て納得する。きっと、このお方はイリヤさん以上に照れ屋なのだ。イリヤさんもなんとなくコンスタンス陛下に共感できたのか、その表情が笑みに変わった。

 吹き出しそうになったところをコンスタンス陛下に睨まれ、フィリップ陛下が咳払いをなさる。


「……ところで、二人とも、あちらを見てみよ」


 誘導されてフィリップ陛下の視線の先を見ると、ルイ殿下とジェルヴェーズさまが和やかにお話をなさっていた。付き合い始めの恋人同士のような初々しい雰囲気だ。わたしはピンときた。


「あ! もしかして、襲撃の際、ジェルヴェーズ猊下がルイ殿下をお守りになったからですか?」


 フィリップ陛下が満面に笑みをお浮かべになる。


「さよう。ルイの奴、ジェルヴェーズの気持ちをいまいち信じきれていなかったようだが、とっさに自分を守ってくれた彼女に心を許したようでな。まったく、王太子だとか国王だとか、身分が高いと厄介なことよな。まあ、そなたたちにはそのような心配はないか」


「そうですね。たとえわたしが傭兵に戻っても、オデットならばついてきてくれると信じています」


 イリヤさんがさらりとそう言ったので、わたしは赤面し、もじもじしてしまった。婚約者に本心を見抜かれているというのも気恥ずかしい。

 わたしとイリヤさんはなかなか進展しなくても、周囲は少しずつ変わっていく。そのことが、今は酷く喜ばしかった。

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