第2話 過去を変えるために

「私を殺して」


 少女が言ったその言葉を、俺はしばらく理解できずに固まっていた。


「お前……今なんて……」


「なんだ。お兄さんは私の死神じゃないんだね。なら……いいや。さようなら」


 少女はそう言って去っていく。

 明らかに彼女の発言は普通じゃない。普通じゃないと感じながらも、俺は動けずにーー



 ふと、彼女の顔が見えた。

 その時に見えた。彼女の瞳から涙がポツリと流れていることに。



 ーーこのまま動かないなんてふざけるな。


 俺は再び少女の腕を掴んだ。

 今度は離さないように、もう離さない。


「なあ少女、俺は、俺は、お前を救いに未来から来た」


 俺のその発言に、少女は全く驚かなかった。俺のことを変な人と思っているようでもない。

 まるで知っていたかのように。


「ねえお兄さん、君が助けようとしているのは私じゃないよ。私はお兄さんが救おうとしている少女の妹だよ」


「姉……?全く理解ができないのだが、どういうことだ?」


「ねえ、お兄さんがどうして未来から来たか教えてくれる?」


「話すなら公園に行こう。ここではさすがに話しづらい」


 警察署の前から公園へと移動し、そこでブランコに横並びに腰かけて、俺は少女に過去へやって来たいきさつを話した。

 それを聞いた少女は少し驚いたようだった。


「それで、写真の少女は私と同じ顔と服装をしてたってことか。でもお姉ちゃんはこんな服装してないはずだけど……」


「じゃあバーの彼女は写真を間違えたってことか」


「多分そうじゃない。間違えただけだよ」


「そ、そうか……」


 いまいち納得はいかなかったが、俺よりタイムリープや過去のことについて知っているであろう少女がそう言っているのだ。きっとそうなのだろう。


「ねえお兄さん、お姉ちゃんのところへ案内してあげようか」


「なあ。君のお姉さんは病んでいるのか?病んでいると聞いたんだが……」


「今は、まだ病んでないよ。だけどきっとこれから病むからさ、その時はお兄さんの出番ってことになるからよろしくね」


「これから病むって、俺はそれを阻止しに来たんじゃないのか?そしたら君のお姉さんを救えるんじゃ」


「過去ってのはね、既に確定されてしまった事実なんだよ。その事実を変えることはできない。だから無理だよ。お姉ちゃんが病むという世界線を変えることはできない。もし変えたければ、命くらい懸けないと」


 まるでどこかその理不尽さを経験したように、少女は悲しげにそのことについて語った。


「お兄さん。なんでボーッとしてるの?」


「いや…………えーっと……」


「それよりもさ、早く私の家に来てよ。そしてお姉ちゃんを助けてあげて」


「分かった。君のお姉さんのことなら俺に任せておけ。絶対に助けるから」


「じゃあ、約束だよ」


 少女はそっと小指を差し出してきた。

 その小指に俺は自分の小指を交わらせた。いつの世も約束の仕方は変わらない。

 だからその誓いを指に突き立て、俺はこれから少女の姉を救うために少女の家へと向かう。


「なあ、ひとつ思ったんだが、まだ君のお姉さんは病んでいないんだよな」


「うん。そうだけど、どうかした?」


「俺がこの過去に居れるのはたった七日、だからもしそれまでに君のお姉さんの身に何も起きなければ君のお姉さんは救えない」


「大丈夫。それまでにきっと大事は起きる」


 少女はそれを確信していた。まるで知っているかのように。

 少し違和感を感じていたが、追及させないように壁をつくっているように思えた。そのため深掘りすることはできなかった。


「それじゃ行こうか。私の家に」

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