AF戦綺譚 ~孤狼、戦場に咆ゆる~

瑞木ケイ

第1話「宇宙の戦場」

 無線から聞こえてくるのは、どれも自軍の劣勢を告げるものばかりだった。


「て、敵アサルトファイター隊、食い止められません!」

「何だあれはッ! 見たこともない……新型だ! 新型のアサルトファイターだ!」

「誰かあの新型を止めろ!」

「こちら第四機動艦隊、救援を! 誰か、救援を!」


 戦闘がはじまっておよそ一時間で、この様だ。

 ユート・ミツルギは無線を切ると、音楽プレーヤーに手を伸ばした。


 狭いコックピット内に、戦場に似つかわしくない軽快な音楽が流れる。

 世間的にはあまり有名ではないアーティストの曲だ。アップテンポな曲調に耳にざらつく歌声が気に入って、ユートは戦場でもこのグループの音楽を好んで聴いていた。

 目を閉じてシートに深く背を預けていると、小さな電子音が通信を報せた。




「第三独立混成大隊第二アサルトファイター中隊は出撃の準備をお願いします」


 オペレーターの声に、ユートはゆっくりと瞼を開いた。

 いよいよ出撃か、とどこか冷めた感情でコンソールのタッチパネルを叩く。


「状況は?」

「……両軍互角です。第二中隊は目前の敵アサルトファイター隊へ攻撃を――」

「互角、ね」

「?」


 どこか嘲笑うようなユートの呟きに、オペレーターはその意味を図りかねた様子で言葉を途切れさせた。

 オペレーターもまさかユートが正規軍の無線を傍受して、自軍の劣勢に気付いているとは思わないだろう。



 第三独立混成大隊は、傭兵をかき集めただけの寄り合い所帯だ。正規軍からは特別期待されていないのだろう。

 その証拠にろくな情報も知らされていない。あるいはこの艦のオペレーターも正確な情報を把握していないのか。傭兵部隊を乗せたこの艦のクルーこそ正規軍の人間だが、実戦経験の浅い者や訳ありの人間ばかりと聞く。

 オペレーターの声もどこか幼く、頼りない。新兵なのだろう。


「所詮俺たち傭兵は替えの利く消耗品って訳か」


 小さく呟かれたユートの独り言はオペレーターの耳には届かなかったようだった。

 ユートの搭乗するアサルトファイターがエレベーターで格納庫からカタパルトデッキへと移動する。



「進路クリア。システム異常なし。いつでも発艦できます。ご武運を」

「ユート・ミツルギ、出る!」



 カタパルトが作動し、ユートの乗る浅葱色の機体がAFアサルトファイター母艦から宇宙へと飛び立った。先に発艦した第二中隊の面々は、ユートを置いてすでに主戦場へ向けて飛び去っている。

 便宜的に中隊を名乗っているものの、実際は集まった傭兵を適当に分けているだけの集団だ。機体もバラバラだが、パイロットの思惑もバラバラだ。連携も何もあったものじゃない。


「ま、いいけどな。俺は俺なりのやり方で気ままにやらせてもらうとするさ」


 ユートは浅葱色の機体リィンカーで戦場へと躍り出る。

 暗い宇宙空間にビーム兵器の光線が奔る。それを綺麗だ、などと感心している余裕はない。



 コックピット内に響く警告音を聞き、ユートは機体を僅かにずらした。その瞬間、先ほどまでリィンカーがいた空間をビームが通り抜ける。

 近い。

 ユートの片眉が小さく跳ねた。

 まだAF母艦から出撃して間もない。すぐそこまで敵が迫ってきている程、戦況は悪化しているということだった。


「まったく、働き甲斐があることでッ!」


 リィンカーを加速させると、敵のAFを視認した。くすんだ赤色の機体は量産機の中でも高性能で知られるユーディスだ。

 対するリィンカーは一部から骨董品アンティークと呼ばれる程の旧型である。



 ユートの駆るリィンカーはビームライフルを構えるや、立て続けに三発撃ち込む。

 敵は一発目を避けるも、二発目が掠って動きが鈍り、そして三発目のビームが直撃して爆散した。

 はじめから敵の回避運動を計算に入れた連続射撃だ。


「まずは一機。――そして!」


 ユートはさらにビームライフルを撃ち、接近する敵機を撃墜する。これで二機目だ。

 機体を自在に動かしながら、敵を次々に葬り去る。

 何せ戦場は見渡す限り敵だらけだ。数撃てば攻撃は敵に命中する。もちろん、それは人並み以上に射撃の腕がいいことではじめて成り立つのだが。


 敵の射撃を紙一重で躱し、ユートはカウンターの一撃を見舞う。ビームライフルから伸びる一筋の光線が敵コックピットを射抜き、これを撃破する。



 ユートが戦場に出てからおよそ三十分が経つ。

 彼の活躍もあってかどうかはわからないが、味方はよく持ちこたえていた。しかし、未だ苦戦を強いられている事実は変わらない。


 いつ終わるとも知れぬ戦場で、墜としても墜としても次々に湧いてくる敵の群れに、兵士たちは摩耗していた。

 戦闘開始から善戦しているユートもまた、終わりの見えない戦いにじりじりと精神を削られていた。



 警告音に促されて周囲を見渡せば、敵のユーディスが三機接近している。

 ユートは先制してビームライフルを放つ。が、敵は散開してこれを躱す。そして三方向から敵のビームが殺到する。

 リィンカーは最小限の動きで回避行動を取る。しかし、その内の一発がリィンカーの左脚を掠った。


「ちっ!」


 油断していた、つもりはもちろんない。だが、精神を削る連続戦闘で集中力が鈍っていたらしい。

 だが、損害は左脚の装甲を削られただけだ。ユートは気持ちを切り替えて反撃に移った。


 ライフルを連続で三発撃ち、まずは一機を墜とした。

 敵の攻撃を避けながら、もう一機へと銃口を向けるも、無情にもライフルに内蔵されているエネルギーが切れた。

 予備のエネルギー弾倉もすでにない。


「弾切れかっ」


 ユートの見せた一瞬の空隙。

 その機を逃すまいと、敵は雨のようにビームを浴びせた。

 だが、ユートはリィンカーの各部スラスターを絶妙なバランスで吹かせることで、曲芸じみた回避行動を成功させる。


『何だ、あの動きはッ!』


 敵パイロットは驚愕で思わず動きが僅かに止まった。


「はッ! 上等!」


 生死の境界線上で、ユートは不敵に笑う。

 弾切れのライフルを投げ捨てるやビームセイバーへ武器を持ち替え、敵の銃撃を躱しながらユーディスへと肉薄する。


『くそっ! 墜ちろ! 墜ちろよ!』

『落ち着け、少尉! あのリィンカーから距離を取るんだ!』

『うわあああぁぁぁぁぁ!』

『少尉!』


 狂ったようにビームを乱射する敵ユーディスだが、その銃撃のことごとくを避けたリィンカーがすれ違い様にビームセイバーを一閃。敵AFを両断した。

 ユートはすぐに意識を残りの一機へと向ける。


「残りは隊長機か」

『おのれ、よくも!』


 ユーディスの隊長機もまたビームセイバーを抜刀する。

 お互いに剣を構え、両機が激突した。一合、二合、と剣を交える。


 機体の性能で言えば最新型のユーディスが上だが、パイロットの腕で言えばリィンカーに乗るユートの方が上らしい。

 ユートの乗るリィンカーが敵ユーディスを圧倒していた。


『ぐ、ぅ! 骨董品リィンカー如きに!』

「そろそろ仕舞いにしようか」


 気合一閃。リィンカーのビームセイバーが敵の剣を腕ごと斬り飛ばした。


『な、にぃ!』

「さよならだ!」


 ユートの剣先が敵のコックピットへと吸い込まれるように突き刺さった。ビームセイバーを機体から抜き、リィンカーが離脱すると同時にユーディスは爆発して散った。



 それを見て、ユートは大きく息を吐いた。

 ヘルメットを脱ぎ、汗を拭う。音楽プレーヤーからは未だに軽快な曲が流れ続けたままだ。


 レーダーを見る限り、周囲に確認できる敵戦力はない。

 出撃してから休まず戦い続けた結果か。この戦いでかなりの敵AFを撃墜できたはずだ。

 一傭兵にしては上々の戦績だろう、とユートは自己評価していた。



 ユートは計器へと視線をやり、機体に残されているエネルギーがかなり減っていることを確認した。

 戦況はどうであれ、この機体での戦闘続行は如何な歴戦の猛者でも厳しい。一度艦に戻って補給を受けるべきだろう。

 彼はヘルメットを被り直し、操縦桿を握った。


 終わりの見えない戦いが続く宇宙そらの中で、浅葱色の機体は艦へと進路を取って飛んだ。


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