二人称の愛(中)

古畑 時雄

【Prologue05】

 新宿で心理カウンセラーをしている倉田学は、学が開設していた『カウンセリングルーム フィリア』に、ひとりの女性からカウンセリングの依頼を受けた。その女性は解離性同一性障害(二重人格)の病を持つ木下彩と言う女性であった。学が彼女に最初に会ったのは2015年7月上旬で、その頃から学と彩のカウンセリングが始まった。


 学がカウンセリングを引き受けた当初、彩の中のもうひとりの人格である綾瀬ひとみの存在を確認することは出来なかった。しかし次第に学は、彩の中に存在するもうひとりの人格を確認することが出来るようになっていったのだ。だが、もうひとりの人格であるひとみは、彩とは全く違う別の性格で、学は最初とても戸惑い、ひとみと言う人格を認めたくないと言う思いが湧き起っていったのだった。

 何故なら木下彩の人格は、「明朗でおしとやか」であったが、綾瀬ひとみの人格は、「計算高くかつ大胆」と言うものだったからだ。学は彩に次第に惹かれ、そして自分でも知らず知らずに恋心を抱き始めていった。だから学は彩と、もうひとりの人格のひとみをカウンセリングすることで、ふたりの人格を学自身の手で統合させ、ひとつの人格にすることに対し、こころ苦しい部分があった。


 一方の彩はと言うと、派遣社員の給料では生活していけない状況に陥っていた。それは今までの治療費やカウンセリング費用の借金があり、今後のカウンセリングを受けるお金を工面する必要があったからだ。そして彩は、学のカウンセリングルームを初めて訪れたその日の帰り、新宿駅に向かう途中で喫茶店に入った。そこで彩は偶然、幼なじみだった樋尻透と遭遇したのである。透は彩のひとつ上の先輩で、新宿歌舞伎町でホストクラブを経営していた。

 透は彩が夜の仕事を探していることを知り、仕事を紹介するから自分のお店『新宿歌舞伎町ホストクラブ ACE』に来るよう伝えたのだ。彩は少し迷ったが、夜の仕事を紹介してくると思って透の店に行き、一緒に飲み物を注文し乾杯した。すると彩は、自分の飲み物を飲むと瞬く間に豹変していったのだった。それは彩からひとみへと人格が入れ替わったからだ。実は彩が飲んだのはオレンジジュースではなく、カンパリ・オレンジだったのだ。そう、彩からもうひとりの人格であるひとみに入れ替わるトリガーが、アルコール(お酒)だったのである。

 このことを知った透はこの後、昔からの付き合いのじゅん子ママのお店『銀座クラブ マッド』に彩を呼び出し、透のあるトリックによりアルコール(お酒)以外の方法で、彩からひとみに人格を入れ替える方法を試み成功したのであった。


 その後、彩は昼間に派遣社員として働き、夜は透のトリックによるトリガーで、彩からひとみへと人格が入れ替わり、じゅん子ママのお店『銀座クラブ マッド』で働くこととなった。そしてその中で、じゅん子ママの抱えている問題も明らかにされていくことになる。

 またその頃、学は銀座にある『銀座クラブ SWEET』経営者の美山 みずきから、自分のお店のスタッフであるのぞみの発達障害について相談を受けていた。その相談の中で学は、みずきが宮城県 石巻市出身であり、あの東日本大震災(3.11)の地震による津波で両親を失ったことを聞かされたのだった。


 学はみずきからお店の他のスタッフの女の子についての話も聞かされ、東日本大震災(3.11)による地震や津波で、宮城県の「南三陸町の防災対策庁舎」で最後まで防災無線で避難を呼び掛け、姉のみきを失ったゆきのことや福島県 南相馬市で福島第一原発事故に遭遇したみさき一家の話を聴いて、2016年3月に「東北被災地の旅」に向かったのであった。それはちょうど、東日本大震災(3.11)があった2011年3月11日から五年目を迎える日でもあったのだ。


 この後の展開は、倉田学と木下彩のカウンセリングを中心として進んで行くのであるが、他にも新たな登場人物が登場し、今後の展開も目が離せないことになるであろう。そして学と彩の関係は今後どのようになり、彩はどの様な変容を遂げて行くのか、是非ご覧頂ければと思います。


~ Prologue END ~

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