第21話 学兵初の戦死者

 1年生が学校行事として、自衛隊へ合同訓練に行き、生徒達は自覚が芽生えた。ということは表面上はなかった。それでも、自分達とは違う規律の厳しさなどに考えるものはあり、甘えは多少、息を潜める。

 これは去年の、現2年生でも同じだった。

 そして来年になる頃には、それなりに大人になるのだろう。

「世間の同じ年の子は、まだ子供で許されてるのにな」

 原田はコーヒーを啜り、そう言った。

 服部は「キャンプ」の報告書を書き上げ、ペンを放り出すと、伸びをしてタバコをくわえた。

「仕方ないだろう。そういうご時世だ」

「禁煙だぞ」

「代わりに禁酒だ」

 言って、ライターでタバコに火を点けた。

「全く。

 お前は、子供が戦場に立つなんて反対するやつだったのにな」

 原田が言うのに、服部が冷笑を浮かべた。

「仕方ないだろう?悪魔を葬るのに、そのガキの手を借りるしかないんだから。俺がこの手でできるのなら、とっくにそうしてる」

「だからあいつらを利用してやるって?」

 原田が言うのに、服部は何かを言いかけ、肩を竦めて自嘲するように笑った。

「その通りだ」

 それに原田も自嘲するように笑う。

「ま、大人全員がそうなんだけどな」

 そして、表情を真面目なものに変えた。

「でもな。後から後悔するような事はするなよ」

「……手遅れだろ?ガキを無理矢理兵士に仕立て上げて前線に立たせてる時点で。

 それでも俺は、死んで地獄に落ちてもいい。悪魔を全滅させられるなら、ガキを兵士に仕立てて、何人でも前線に送り込むぜ。使えるやつは、とことん利用させてもらう。悪魔を殺せってな」

「それは、添島正敏の事か」

 原田は表情を険しくし、服部は表情を硬くした。

 その時、ドアがノックされて、2人はややホッとして言い争いを中断した。

「はい?」

「失礼します」

 入って来たのは、悠理と均だった。

「服部先生、ちょっとテレビ貸してください」

 服部と原田は、悠理にそう言われて頭の中でその言葉を繰り返した。

「テレビ?え?」

 原田が訊き返した時には、均がテレビのスイッチを点けに行っている。

「娯楽室のテレビは誰かが見てるから。ここの方がリラックスできるし」

 悠理はそう言って、椅子に座ってくつろぐ態勢に入っている。

「は?普通は教官室でリラックスはせんだろう?」

 原田がやや焦ったように言うのに、悠理は首を傾けて考えながら、

「何と言うか……いつも疲れ切ったような雰囲気とか、黄色い太陽を拝んでそうな所とかが、親近感がわくというか。あと大学時代の――だい、たい、学校時代の友人によく似ているし」

と言い、原田は目を丸くして服部を見、服部は嘆息して天井を見上げた。

「大学?」

「言い間違えです」

「で、その友人とはよく遊んだのか」

「そうですねえ。夜通し宇宙ロケットのエンジンについて話し合ったり、他に高度な知能を持つ生命体はいないのか、UFOは信じられるか、なんて事を飲みながら議論したり」

 服部は静かに訊く。

「何を飲んで?」

「ビ――びん牛乳とか?コーヒーとか?」

 服部は悠理をじっと探るように見ていたが、肩の力を抜いて、

「ビールって言いそうになっただろ、お前。それになんか、俺の事ディスってるよな?チッ」

と舌打ちした。

「そんな事無いですよ?同志ですよ、同志。栄養剤で生き延びた事があるクチでしょう?」

「……敷島。お前の過去に何があったんだ?」

 原田は悠理を凝視した。

 と、テレビが点いて高校野球が流れ出した。

「今日、俺が友達と行きたかった高校の試合なんですよ。勝てば甲子園で」

 均が申し訳なさそうに言いながら、悠理の隣に来た。

 服部と原田は、少し切ない顔をした。

「地方の強豪でもない高校の試合ですからね。見たがる人もいないし」

 均は言いながら、食い入るような目をテレビに向けた。試合は9回裏。攻撃は均の友人のいない方で、点を入れられたら負けが決定する。

「打つなー、打つなー」

 悠理が念を送る。

 と、ニュース速報が流れた。

《本日午前11時。九州地方での戦いで、国立特殊技能九州訓練校2年生宮川章良さんが死亡、同2年南里洋子さんが重症。学兵初の戦死者が出ました》

 そのテロップに、全員の目が釘付けになる。球を打つカーンという音が聞こえたが、誰も何も言わず、テロップを何度も読み返して読み間違いがないか確認していた。



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