第10話 小さな世界

 悠理が図書室へ向かっていると、西條がどこからか近付いて来て、並ぶ。

「やあ、悠理。急いでどこへ?」

「図書室ですよ。悪魔や滅力についての資料があると聞いたので」

 にこにこと悠理が答えると、西條はわざとらしく嘆く素振りを見せる。

「お茶でもしようよ。俺としてはこんな島の学食じゃなく、きれいな夜景の見えるレストランを予約したいところだけどね。

 それとも俺に構う暇もないのか?悲しいな。これでも本格デビューを期待されていた、芸能人一家の子供だったのに」

「あはは。すみませんね。ちょっとそういう方面には疎くて」

 少し申し訳なさそうな顔で悠理が言うと、西條は嬉しそうに笑う。

「いいや。悠理は本当にいいなあ。うん。

 没頭しすぎて寮に帰るのを忘れないようにな」

「服部の野郎、ばらしやがったのか」

 そんな事を呟く悠理に西條は楽し気に笑い声を上げた。

 が、西條の取り巻き達は目を吊り上げた。

「おい、1年。栗栖様を舐めてるのか?」

「ちょっと美人だとか美少女顔って言われていい気になってるんじゃねえぞ」

 それには悠理もムッとした。

「この顔で得をした事なんか30年間一度もない。いい気になんてなるもんか」

「30年間?」

 皆が訊き返し、悠理はゴニョゴニョと言い直した。

「え、たぶん?30年経とうともと言うか?」

 皆おかしな顔をしていたが、取り巻き達にとっては、それよりも怒りの方が大きかったので、追及することはなかった。

「とにかく!おい、敷島。西條栗栖様に舐めた態度は許さないからな。来栖様は素晴らしいんだからな」

 花園が言い、取り巻き達がうんうんと頷く。西條は困ったように眉を寄せているが、悠理は事も無げに言う。

「ああ、それはわかるよ。その掌を見れば」

 それで、西條も含めた全員が西條の掌を見た。

「随分とまめができているようだし、ケガの痕もある。本気で訓練をして来たからだろう。それに雑談をしていた時、暗算も早いとわかったし。素晴らしいとはわかるよ。粘り強いし、手先も器用そうだし、いい研究者になれそうだ」

 そして悠理は、

(使える研究者が増えれば俺も楽が――って、別に関係なかったな)

と、シュンとした。

 怒りに震えて、あるいは憮然として聞いていた取り巻き達の中で、西條は心から楽しそうに笑った。

「ありがとう!やっぱり悠理だな。

 さあて。悠理はこれから図書室か。あんまり遅くならないうちにちゃんと帰れよ」

 西條はヒラヒラと手を振って歩き出し、取り巻き達は慌てて後を追いかけて行った。


 均からわざわざ「そろそろ帰って来い」と電話をかけられ、悠理は渋々寮に向かった。

「均。お前はオカンか」

 ブツブツ言いながら帰る。グラウンドを走っていた生徒ももういない。そう言えばこの学校にはクラブ活動がなく、あの生徒達はただの自主練習だったのだと今更ながらに気付いた。

(そう言えば均は、本当なら甲子園を目指すつもりだったとか言ってたな)

 均がそう言っていたのを思い出す。

(向こうの世界なら、均は今頃泥まみれでボールを追いかけていただろうし、西條だって芸能界にデビューしてたんだろうな。俺だって――俺、は……くそ。栄養ドリンク飲んで徹夜してる光景しか思い浮かばない!)

 ガーンという思いで視線を巡らせると、素振りを繰り返す人物がいた。沖川だ。沖川はいつ見ても、生徒の為に何かしているか、勉強しているか、ああやって自主訓練をしているかだ。余暇というものがあるのだろうかと、悠理は心配になる。

(この世界は歪だ。この学校も、生徒も。命がけで子供に戦えと言うしかない大人に、それに大人しく従う子供。

 俺ができる事はないのか。何か、打開できるものを見付けられればいいんだがなあ。まあ、こっちの学者が、いままでさんざん試行錯誤してきているだろうけどな。

 はは。俺も別に、そこまで優秀な研究者でもないのに、おこがましいな)

 悠理は自嘲するように嗤って、寮の玄関に入った。



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