ログイン12 戦うしかない、でも武器ないよ?

「こえーよ!! 一体なんなんだよ、この世界は!? 本当に、俺が知っているゲームの中の世界なのか??」


 後方から聞こえてくる大地を響かせる怒号。遅れることなく大気を震わせる地響きは、奴が鬼の形相で追いかけてきていることを、振り向かずとも教えてくれた。礼央の走る速度が、その音に釣られるように加速していく。吐き出した言葉も、今では後ろの方に取り残されていた。


しかし、言葉は通り過ぎようとも、頭にへばり付く感情まで吹き飛ばされることはなかった。それは、走れば走るほど、より一層その粘着度を上げるかの如く。無意識のうちに考え込んでしまうほど、心の深層にまで侵入していた。


「あいつらの正体は・・・ゲームの初期で見たことがある。ゴブリンだ。そうなると、王冠を被っていたのがゴブリンキングか。ゴブリンを統括し、己の力が部下の百匹分に相当するという。なんで、そんな奴らから命を狙われて、俺はまだ生きているんだよ??」


 あの瞬間。回り込んだゴブリンが、礼央に棍棒を振り下ろしたとき。礼央は、命の灯火が消え去ることを覚悟していた。攻撃のインパクトの最中、瞼を閉じたほどだ。だが、現実に起きたことは——礼央の予想をも遥かに上回る出来事だった。


「身体が勝手に回避したよな? 紛れもなく、あの瞬間に」


 走りながら、礼央は自分の右手を見つめる。何も異常は見られず、平常通り血色のいい肌色を放つ。過度な運動によって、ほのかに温かみを帯びてさえいた。


 瞼を閉じ、視界を漆黒に染めた世界。その中で、ゴブリンからの攻撃を回避する手立ては、持ち合わせていなかった。しかし、相手からの攻撃の息吹を感じたとでも言おうか。直感的に頭に一つの命令が閃いたのだ。


『右に半身ねじれ』、と。


 その通り無意識的に身体を動かすと、攻撃はまるで礼央の身体を避けるように地面まで降り落ちていったのだ。鼓膜を震わす、攻撃が振り下ろされる振動音。あれを、恐怖と表現せずに何と言おうか。あの瞬間から、自分を鼓舞するために、様々な言動を取ったが、どれも効果はない。変わらず震える手指がそれを物語っていた。


「視界に捉えたぞ!!! 小童が〜!!!!」


「やっば、そんなことを考えている余裕なかった!!」


 深い思考に陥っていたからか。迫りゆく命を脅かす音が、礼央の耳には届いていなかった。後方を振り返ると、そこには案の定、右手で頭の上に載る王冠を支える怪物の姿があった。


さながら、陸上部のエースを彷彿させる綺麗な走りのフォームは、奴の巨体にそぐわない速度を可能としている。瞬く間に、礼央とゴブリンキングの距離は縮まっていく。


「これは・・・間に合わない・・・。戦うしかない!!!」


 目的とする場所まで、もう少し距離がある。本気で走ればすぐ着くと、たかを括っていたがどうやら思った以上に足が止まっていたらしい。左手を振り下ろし、現れたマップで位置確認をしてみても、それは明らかだった。


「お主!! また、その手を使ったな!!! 許すまじ・・・許すまじ!!!!」


 更なる激昂を見せる怪物。走る姿勢により一層角度をつけたと思うと、先ほどよりも数倍早い速度で、礼央を追いかけ始める。もはや、礼央に一刻の猶予も残されてはいない。取れる選択肢は一秒毎に減少し、礼央の額に一線の汗を走らせる。


「クッソが!! まだ、スポットにも触れてないから、武器と言える物も持っていないんだよ!!!」


 後方から迫る怪物から目を離し、礼央は一度ぐるりと当たりを見渡す。一縷の望みをかけたその視線は、吹けば消えてしまいそうな揺らめく炎の如く。


『何か・・何かないのか!?』


 心の中の絶叫は誰の耳にも届くことはない。だが、その声は焦りと変換され、礼央の鼓動を激しく打つ。同時に、口から幾度も漏れ始める荒い呼吸。急に走ったことにも要因の一つだろうが、気付かぬうちに浅い呼吸になっていたようだ。自分の肩が動いているのを視認してようやく、礼央はそのことに気づくことができた。


「うん? なんだ、あれは?」


 視界の先にある、地面をえぐる小さな窪み。その凹凸に吸い込まれるように、木の枝や、木の葉が降り積もっている。平坦なこの場所にそぐわないその地形は、礼央の頭の中で違和感として捉えられた。まるで、が、その場所に突如落とされたような。


「あれしか・・・ないか!!」


 礼央は最後の力を振り絞り、その場所目掛けて駆け出していく。後ろを振り向く瞬間も惜しむように、正面だけを見て腕を振った。実のところ、ゴブリンキングと礼央との距離は、ほぼ埋められたと言っても過言ではなかった。


加速を始めた怪物は、視界の中でたちまち礼央の背中を大きくし、手を伸ばせば触れることができる位置まで迫っていた。先ほどまでは。


「え・・・? なぜ、お主がそんな急な加速をすることができるんだ・・・!?」


 礼央の背中が再び小さくなるのを、ゴブリンキングはただ見つめるしかできなかった。



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