花の宴



月夜の袂の 暗がりの中で

野の花たちが 何やらひそひそ

それは知られざる 恋の語り草

春のそよ風が 酔い心地にする


ずるい人間に 聞かれないように

花の言葉で 内緒話

最初のお酌は 哀れなたんぽぽ

葉をこすり合わせ 拍子をとった


  どうかみなさん ふつつかですが

  私の悩みを 聞いてください

  思いの綿毛わたげを 風に飛ばして

  頭をすこし 軽くしたいので


  さてこの私は ここだけの話

  ひたすらひつじに 恋い焦がれます

  分別がないと 言われようとも

  牧場に咲いた 身の上ですから


  身分の違いは 承知しています

  どうせかなわぬ 恋ですけれど

  ひとたび咲いた 恋慕の想いは

  踏まれるほどに 強くなります


春夜はるよ徳利とくりが 月光を酌み

花盃はなさかずきらは 乾杯をした

次のお酌は 暗いおじぎ草

しょんぼりうなだれ 露が一滴


  恋の高まりと 降下の波に

  僕はすっかり くたびれました

  もとより僕は かわいらしくも

  美しくもない 花でございます


  そんな僕なのに 何の因果か

  つぐみが思いを 寄せてきました

  彼女が僕に ささやく声は

  今になっても 忘れられません


  ところが燕が 彼女をくわえ

  南の国へと 連れ去りました

  僕はこのとおり 背が低いので

  美空まで手が 届かないのです


  ひとり寒国かんこくに とり残されて

  すっかり希望が なくなりました

  きっとそうなると 分かっていても

  さすがに涙が 溢れ出ました


  それ以来僕は 下ばかり向いて

  空を見るのを 恐れています

  なぜかというに 太陽を見ると

  彼女の顔が 思い出されて


春夜の徳利が 月光を酌み

花盃らは 乾杯をした

次のお酌は 老忘れな草

氷のひつぎに 眠る惜愛せきあい


  むかし私が 愛した相手は

  才媛貞女の 白百合でした

  けれども彼女は ずっと前から

  幼なじみの 婚約者でした


  私は何とか 気がふれる前に

  決意を固めて 旅に出ました

  頭を氷に 閉じ込めたのは

  あだな火霊ひたまを 鎮めるためです


  無垢な聖女が 幸せならば

  それが何よりの 福音でした

  ただ時々でも あなたを愛する

  受難者のことを 思ってくれれば


  氷のひとやに 閉ざされながらも

  黄金こがねの火霊は 輝いています

  彼女と過ごした 幾ばくかの日々

  そこに真実を 見つけましたゆえ


春夜の徳利が 月光を酌み

花盃らは 乾杯をした

最後はやはり 見目高貴な薔薇

いとあでやかな 恋の女王


  実はわたしは すこし前まで

  とてもいとけない 小娘でした

  自分がきれいか きれいでないか

  それさえ知らずに 暮らしていました


  そんなある日に 大胆な蝶が

  恥らうわたしに 口づけしました

  胡蝶は蜜を 吸いましたけれど

  かわりに恋を 吹き込みました


  それからわたしは 燃える日の下で

  恋の悦びに 咲き溢れました

  喜悦の匂いは さらにふくらみ

  求婚の列は 後を絶ちません


そうして薔薇は 愛くるしくも

真っ白な頬を 真紅に染めた

するとたちまち あたり一面

露も憂いも はて何処へやら


春夜の徳利が 月光を酌み

花盃らは 乾杯をした

それは知られざる 恋の語り草

月夜の袂の 暗がりの中


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