駄文 その1

 ネオン煌めく大都会の片隅に、事件現場を知らせる黄色い封鎖テープが張られていた。

 暗い路地に、背広姿の勤め人がうつ伏せとなって倒れている。周囲を取り囲むのは、これも同じ背広姿の刑事と、青い制服の鑑識だ。

 死体の指先は真っ赤に染まっていた。黒いアスファルトには真っ赤な文字で『死ぬぅ~』と書かれている。


「この赤いのは、被害者の血か?」

「いいえ、それはトマトケチャップです」


「なるほど」と刑事は唸った。


「トマトジュースではなく、あえてのケチャップか。こいつは難事件の予感がするぜ」

 刑事の呟きに、他の刑事たちも険しい顔で頷いた。


「第一発見者は刑事だと聞いたが?」

「はい、私です」

 若い刑事が声を上げた。


「お腹が減ったんだな。お腹が減ったんだな」

 その隣では相棒である太った汗っかきの刑事が空腹を訴えていた。


「そうか。第一発見者が犯人だ。つまりお前が犯人だな」

「いいえ、違います」

「そうかー。違うのかー」

 刑事はしょぼーんとなった。


「私が見つけたとき、被害者にはまだ息がありました。そしてとても重大なことを告げてきたのです」

「うむ。言ってくれ」

「パソコンのエロフォルダを削除してくれ、と」

「なんだって!? それは重大な証言だ」

 刑事たちは衝撃的な証言に衝撃を受けた。


「被害者の死因はなんだ? 外傷がないことから毒物だと思うが?」

「うぐあああ!」

 そのとき、突如として相棒の太った汗っかきの刑事が喉を掻き毟って苦しみ始めた。


「どうしたんだ!?」

「ハンバーガーを、そこの被害者が食べ残したハンバーガーを食べたら、急に苦しくなって」

「ちくしょう! 犯人のやつめ、なんて狡猾な罠を仕掛けやがったんだ!」

「俺は死ぬのか? だったら頼みがある。パソコンの中のエロフォルダを消してくれ。『食い倒れ』と書いてあるフォルダだ」

 相棒の太った汗っかきの刑事はトマトケチャップと取りだすと、アスファルトに『死ぬぅ~』と書いて、息絶えた。

 路地では二つの死体が仲よく並んで転がった。


「なるほど。どうやら被害者はこのようにしてなくなったようですね」

「これで謎が一つ解けた。しかしそれと引き換えに、我々は一つの重要な遺留品を失ってしまったようだ」

「なんですって? それはなんなんですか?」

「それは、犯人がおそらく毒物を仕込んだであろうハンバーガーだ」

「なんですって? どうしてそんなことに?」

「それは、お前の相棒が食べて、そして死んだからだ」

「くそっ。なんてこった」

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