第2話 初冬

「春が待ち遠しい」


 そんな事を冬の神が言い出したものだから、従者の狼の冬彦は思わず遠吠え並みに叫んでしまった。


「冬様! 自らを否定するようなことを仰らないで下さい! なんですか秋様から引き継いで早々にそんな、そんな!」


 それを気だるげに見返す冬の視線は冬どころか春のように溶けていた。


「いや……な、皆俺の事を嫌うであろう。そして俺も動物たちを苦しめるのは本意ではないのだ」

「うぅむ……」


 唸るしかない。冬将軍だの、枯れ野だの葉散らせだの、比較的悪い呼ばれ方をし易いこの冬という季節。別に動物も植物も苦しめたいわけでもないのだが、摂理として結果的にそうなってしまうのが心苦しいと。


「えっと、ほらいいところもあるじゃないですか……」

「一体何があるというだい冬彦」


 言い淀む。自身は神の眷属であり、また狼で毛皮がある為にそこまで辛いと感じることは無いが、動物たちも凍えて苦しむこともある。また植物もその寒さに耐える為に葉を落とし、粛々と過ごすのがこの季節。


「あら、あたしは沢山知ってるわよ」

「えっ!? 春様!?」


 そんな二名の横に当たり前のように座っていたのは春の神である。いるだけで寒くなる冬の神とは対照的に、その場が柔らかな温かさに包まれる、そんな風情がそこから立ち昇っている。


「まず、寒さに耐えることで木々は年輪を深くするでしょ。つまり成長の為に機会を与えてるのよ。後はそれがあるから春の作物も美味しく凝縮するし、動物たちも冬眠するから植物の芽吹く機会も与えられる。休憩のときなのよ? お分かり?」


 比較的のんびりとした口調ながらも、きっちりと含められ黙る冬の面々。そしてからからと笑う春の神。


「また、くさくさしたら呟きなさいよ。私が暇だったら、またそれに反論してあげる。じゃ、またね」


 そう言って、ぬくもりだけ残して春の神は去っていった。


「かなわんな」

「まったくです」


 ため息と、温かな沈黙が少し。冬はまだ始まったばかりである。だが今回のお努めも、なんだかんだ乗り切れるのだろうなと、冬彦は静かに思うのであった。

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