第32話 13/2001・仲美しきことは良きかな

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【神暦1498年6月13日

 朝から教室でトビーたちと話してるとなぜかレナードが加わってきた。なんで隣組からわざわざ話にくるのだか。

 そうかと思えばレナードの傍で控えているアレックが睨んできた。理由が分からん。

 今日の魔法授業は実習だった。魔法実習も1・2組合同。

 前半攻撃魔法練習、後半は各分野別に分かれての魔法練習。

 オレは生活魔法の組に入ることにした。そこには級長のコリーヌを中心に女子がほとんど。男子はオレとフィンだけ。そこでまた一騒動あった。昨日の忠告通り……あの連中はオレに何か因縁つけないと済まないのだろうか?】


リンド高等学園・1年2組教室


 昨日と変わらず、ミュリエルとエムの二人と登校してきたケヴィン。

 教室に入った途端に、恐れを含んだ視線を向けられる。

 感情としてはそれだけではなく、同情を含んだものだったり、よくやったと称賛するものだったり。

 教室内から色んな類の視線を一手に受けながら、ケヴィンは自分の席へ歩いていった。


「一昨日から昨日、昨日から今日と向けられる視線がコロコロ変わるというのは居心地悪いもんだな……」

「そりゃ仕方ないってもんだ。

 昨日の騒ぎを考えりゃ、これでもまだマシな方だと思うぜ」

「だね。

 戦闘後に王子殿下と仲良さそうに話し込んでたのが、良かったんじゃないかな」


 ケヴィンは席に着き次第、やはり昨日と同じくトビーとフィン相手に雑談を始める。

 その話題が昨日の戦技授業に集中するのは当然と言えた。

 あの時、ケヴィンとエッカルトは修練場のほぼ真ん中で戦闘を行っていた為、未経験者組にも一部始終をばっちり見られているのである。

 ちなみにケヴィンの戦いを見ている時の二人はどうしていたか。

(いいぞ、やれやれ。もっとやれ!)と言葉には出さず何度も拳を突き出していたり、

(賢者ってそういう性質も受け継ぐんだね。父さんに伝えておこう)と冷静に分析していたりした。

 まだ短い付き合いではあるが、二人にはケヴィンが無闇に人を傷つける性格ではない事が理解できていた。

 そのため、あれほどの事をケヴィンがしたということは、そうさせた方が悪い、と単純に思うのだ。

 貴族的な思考に染まっていない、平民ならではの大らかさと言えた。

 なお、二人はあの時ケヴィンが常に急所を狙って攻撃していた事実を知らない。

 知っていればこの二人であっても少し引いていたことだろう。

 そういう意味では二人が未経験者組というのは、ケヴィンにとって良い巡り合わせだったのである。


「王子殿下ね……。

 今更思うが、本当にあれがこの国の王子様なのか?」

「あれって、失礼だよケヴィン君。

 ……まあそう思っちゃうのも分かるけど」

「この学園に入る前から割と噂になってたよな。

 王族なのに騎士団へ入り浸る変わり者って」

「――おっ、なんだなんだ?

 もしかしなくても俺の話題か?」


 3人の会話に突如として割り込む4人目の声。

 その方向を見ると、金色と栗色の髪を持つ男子生徒二人が3人の元へ歩いてくる様子が見えた。

 レナードとアレックの二人である。

 突然の王子襲来に教室の中はとてもざわめいていた。

 近づいてくる二人、特にレナードの姿を見たトビーとフィンは勢いよく立ち上がる。


「れ、レナード殿下⁉

 その、先程の会話は……」

「申し訳ありませんでしたぁーっ」


 3人の会話が不敬に当たると考えたのか、フィンは言い訳しようとあたふたし始め、トビーは即座に頭を下げていた。

 ちなみに、メリエーラ王国成立時より不敬罪というものは存在していない。

 だが相手は雲の上の人である。

 平民が畏まってしまうのは無理ない事と言えた。


「あー、別に咎める気はないからそんなに畏まらなくてもいい。

 ほら座って座って」


 レナードの言葉にいいのかな? と互いに顔を合わせながらも言葉通りに座るトビーとフィン。

 ケヴィンは元々立っていなかったのでそのまま。

 だがレナードが来た理由が分からないので質問する。


「えーっと、レナード王子様、殿下?

 なんでここに、あー、おわしあらまされていらっしゃるのやらでしょうか?」

「お前はそれで敬語を話しているつもりなのか……?」

「いや、この二人が畏まってるから同じようにしないといけないのかと思って。

 敬語は慣れないがとりあえずやってみた」

「くっくく。いいじゃないか、こういうのが一人いても」


 明らかにおかしい敬語を口に出すケヴィンに対して、アレックはものすごく呆れた表情をする。

 レナ―ドの方はケヴィンの話し方がツボに入ったのか、腹を抱えて笑っていた。


「というか本来、敬語は不要なんだぞ。

 学園内では生徒同士の上下関係を持ち込ませないっていうのが設立時の理念の一つだからな。

 貴族同士が入るとどうしてもできてしまうから、形骸化しているのが残念なところではあるな」

「「「へえー」」」


 ケヴィンのみならず、トビーとフィンもその話は初耳だったらしく、レナードの言葉に感心している。


「ということで、今後俺に対する敬語は禁止な。

 アレックが敬語使ってるからと言って遠慮しないように。

 こいつは言っても聞かないだけだから」

「自分は女王陛下から受けた役目としてここにおりますので」

「母上のあれは命令とかじゃなくてただのお願いなんだよなぁ……」


 レナードの言う通り、女王レイラはこの二人が入学する際にアレックに向けて「レナードの事お願いね」と言っただけである。

 それを自らの使命とまで高めているのはアレック自身。

 当然レイラに対する返答も「この身に代えましても」だ。

 要するに融通の利かない頑固者なのであった。


 ともあれ、レナードにそうまで言われれば変えざるを得ないとトビーとフィンは共に承諾する。

 その際、呼び捨てでもいいとレナードは言ったが、さすがにそれは、と二人は抵抗し殿下呼びになることで落ち着いた。

 ケヴィンは当然のごとく呼び捨てにしているが。


「それで?

 結局何の用でここに来てるんだ? 隣組からわざわざ」

「またつれないことを言うねお前も。

 まあ昨日の今日だからな、一応様子を見に来たってだけだ」


 見た目の高貴さとは裏腹に、かなり気安い感じを見せるレナードだが気配りもちゃんとできるらしい。

 ケヴィンはその気持ちをありがたく思った。


「……そうか。

 気を遣わせたようで悪いな」

「いいってことよ。

 昨日二人で悪巧みした仲だろう?」


 昨日と同じようにケヴィンの首に腕を回して肩を組むレナード。

 その姿に教室の中から「きゃあ♪」と昨日に続いて黄色い声が起こる。

 そんな声には気付かずケヴィンはレナードを払いのけようとしていた。


「やめろ、暑苦しい」

「遠慮なんかすんなよ、うりうり」

「殿下、ずいぶんケヴィンの事気に入ってるよなぁ」

「そうだね。

 僕も殿下がこんな性格だとは知らなかったよ」


 レナードは左拳でケヴィンの頭をぐりぐりしている。

 トビーとフィンはその二人を微笑ましそうに眺める。

 なおもじゃれ合う二人の姿に黄色い声がさらに高まっていく。

 その中には「……できれば壁を」とか「トビケビ……レナケビ……捨てがたい」とか「トビは内心……ブホッ、鼻血が」とか「フィンきゅんは癒し」とか、意味不明な言葉を発する者たちがいた。


「…………これだから2組には連れてきたくなかったのだ」


 高まる黄色い声の意味が分かっているのか、アレックは眉をひそめて盛大に溜息を吐いていた。

 かと言って主たるレナードに当たるわけにもいかず、原因であるケヴィンを睨む他はない。

 アレックに睨まれたケヴィンは理由が思い当たらず、ただ首を傾げるのみであった。

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