第29話 12/2001・学園での初戦闘

「オレはケヴィン・エ――」

「ああ、知っているとも。

 賢者とかいう者の弟子だそうだな。

 大方、師を実情より大きく見せるために仕組んだ事だろうが、僕の前でそんな勝手はできないものと思いたまえ」

「?? 一体何の――」


 エッカルトと名乗ったその紫髪生徒はケヴィンの言葉を聞くつもりが全くないのか、フン、と鼻を一つ鳴らしてその場を離れていく。

 その後は目を合わせることも無く、自分の武器の具合を確かめていた。

(話を聞かない奴だな……。しかし、ルヴェン貴族、か)

 ケヴィン自身にルヴェン王国貴族との関わりは無い。

 だが師匠のワイスタにとっては因縁浅からぬ国であり、その国の話題になると常に機嫌が悪くなっていた事をケヴィンは思い出していた。

 そうケヴィンが考え込んでいる時にディックが近づき話しかけてくる。


「ま、あれは中々極端だが、ああいう手合いの人間は世の中にいっぱいいるってことだ。

 一つ勉強になっただろ。

 ところで一応確認なんだが、お前得物は無いんだよな?」


 これも一つの勉強、とディックから予想外の言葉を聞かされたケヴィン。

 そういう考え方もあるのか、と感心しながらも質問に返答する。


「そうだ。手足甲を付けてもいいならそうするが」

「悪ぃがそれは許可できん。

 甲はあくまでも防具扱い。

 今の時期ガキどもにやらせてんのは模造武器の打ち合いだけだ。

 身体に受けても大きな怪我にはならんし、痛い目見ねえと自分の悪ぃ点てのは気付かねえモンだからな」

「ああ、そういうことなら理解できる」


 実際、ワイスタがケヴィンに行ってきた組手もそういう目的で行われていた。

 もっとも、ワイスタのそれは大怪我させた上で治癒魔法で治すという強引極まりないものであったが。

 そんな事を二人で話している間に周りの生徒も準備が整ったらしい。

 それを確認したディックが大声を張り上げる。


「よーし、きまりは前と一緒だ。

 降参を宣言するか、オレ様ら教官が止めに入るまで続けろ!

 あっとそうだ、エッカルト坊やよ。

 お前とこいつじゃ他の連中と比べて格数に差があり過ぎるから、オレ様はこいつに助言するが構わねえよな?」

「……坊やは止めていただきたい。

 ですが、助言くらいはいいでしょう。

 その程度でどうにかなるとは思えませんし」

「文句はねえってことだな、よし。

 ――そんなら他の連中は開始しろ!

 賢者小僧はこっちだ」


 ディックの合図と共に、掛け声や物と物がぶつかり合う音が響いてくる。

 そんな中でディックはケヴィンを連れてエッカルトに聞こえない程度まで距離を取っていた。

 ケヴィンはディックの行動の意図が見えてこない。


「どういうことなんだ?

 助言と言っていたが……」

「まあ聞けって。

 まずお前、硬体と身体昇、今も使ってるんだよな?

 これまた悪ぃが今の時期は魔法付きもナシなんだわ。

 だから解除しとけ」

「どうしてそれを……」

「そこはほれ、一応我が校が誇る筆頭魔法教師様がな」

「ああ、そうかウナせんせーだな」

「そういうこった。

 あんな可愛らしいナリしてるがやる時はやる女だからな」


 昨日の学園長室での一件でウナにはケヴィンが何をしていたのかを看破されたらしい。

 ケヴィンはそう思い至り、納得する。

 魔力倍率の話とは違い、ケヴィンは魔法維持について基本的に隠す方針でいる。

 だがバレたらバレたで別に構わないとも考えていた。

 そのため、ケヴィンは残念がってはいない。

 だが既にバレているのならば、ディックには確認しておかねばいけない事がケヴィンにはあった。


「魔法は無しって言ったよな?

 すると“応速昇”も駄目なのか?」

「……お前ね、そういうのは黙ってれば良かったんだよ。

 つーか、応速昇もってマジか。

 これ聞いたら、ウナちゃん凹むだろうな。

 ……絶対教えちゃろ」

「……応速昇はバレてなかったのか」


 ウナに話してどう弄るかの未来を思い描いているのだろう。

 ウヒヒ、と実に楽しそうな笑顔をディックは見せていた。

 一方でケヴィンの方は若干落ち込んでいる。

 二つの魔法維持がバレている事によってもう一つもバレていると思い込み、話さなくてもいい事を自ら話してしまったのだ。

 これは偏にケヴィンの対人経験の無さから起こった事である。


「あー、まあそう落ち込むな。

 これも勉強の内って思っとけ。

 あと応速昇な、聞かなかったことにしてやるからそのままでいい。

 それまで解除すると体の感覚が狂いまくるだろうからな」


 応速昇の魔法とは対象の反応速度を極限まで高める事が出来る魔法だ。

 この魔法は硬体や身体昇と違って行使者の力量には左右されない。

 その代わりに、対象者の素質に依存するというものだった。

 ケヴィンは普段から応速昇を維持して、その感覚の中で生活をしているため、解除を強要されるとさすがに困るところだったのだ。


「それなら助かる。

 ……というか魔法無しというのが助言なのか?

 相手が有利になってるんだが」


 ケヴィンの疑問はもっともな事である。

 どう聞いてもケヴィンに弱体化して戦えと言ってるようにしか聞こえない。


「本題はここからだ。

 いいか、――」


 その後少し話してケヴィンはエッカルトの方へ向かう。

 その顔は何か納得いってないかのようだった。

 しかし模擬戦闘が始まるとなれば、気持ちを切り替え前を見据える。


「よし、では始め!」


 ディックの号令により二人が構える。

 ケヴィンは前述の通り、無手。

 拳を握らず、掌は開けている。

 左手と左足を前に出し、相手からは半身に見える構えだ。

 一方のエッカルト、持ち武器は直剣。

 片手両手どちらでも持てる標準的な剣で扱いやすい武器である。

 剣先をケヴィンの方へ向け両手で持ち、引いて脇を締めている構え。

(突きを狙ってそうな構え……さて)

 ケヴィンは相手の構えを見て分析する。

 対するエッカルトはまた声を張り上げようとしていた。


「この僕に対して武器無しで挑むとは、どこまで馬鹿にすれば気が済むのか!

 その思い上がりを我がルヴェン宮廷剣術で粉砕してくれる!」


 そう叫んだ直後にエッカルトは突進し、ケヴィンに対して突きを放つ。

 予想通りの攻撃にケヴィンは慌てることなく体をずらして避ける。

 しかしエッカルトの剣はそこからケヴィンが避けた方向へ横払い。

 それをケヴィンは体勢を低くしてまた躱す。

 剣はそのまま上方向へ持ち上がり、次に来るのは振り下ろし。

 ケヴィンは横へ回転するようにくるりと体を捻って回避した。

 ちっ、と舌打ちをしながら一旦距離を取るエッカルト。

(中々動いているな……。自慢するだけのことはあるか)

 相手から目を離さず内心でそう考えるケヴィン。

(どうするかな……一応はあるけど)

 ほんの少しの時間だけ思考し、ケヴィンは助言通り行動することに決めた。

 一方エッカルトは余裕の笑みを見せている。


「ふん、思ったよりは動けるようだな。

 だがそれがいつまでも続くと思うなよ!」


 気を吐きながらエッカルトは再度攻撃を開始した。

 その攻撃は先程より速く鋭いもの。

 彼の表情は自らの勝ちを確信したものだった。


30分後――


 今一つの勝負に決着がついていた。

 長柄の武器、模造槍の穂先を喉元に寄せられた男子生徒は悔しそうに降参する。


「ま、参った!

 ……あ~くそぅ、これで1勝2敗か」

「ふうっ、ちょっとヒヤッとしたけどな。

 ただ長さ有利な分、そうそう譲らねえよ」

「言ってろ。

 今は盾持てない分不利なだけなんだからな。

 大体お前はな……ってなんか周り静かじゃないか?」

「そう言えば……」


 汗を拭いながら、片手剣を持つ男子と槍を持つ男子が今の一勝負について感想を言い合おうとしていた時に、周りの雰囲気がおかしい事に気付いた。

 本来なら、未だ教官からの停止命令が出ていないので、周りの生徒らも模擬戦闘を繰り返しているはずである。

 だが今それらの音はほとんど聞こえていなかったのだ。

 それどころか、他の生徒たちの視線はある一点に集中していた。

 その視線の先にあるのは、ケヴィンとエッカルトの戦い。


「うそだろ……あのエッカルト様が」

「あいつ、一体なんなんだよ……」

「ねえ、さっきあの人が言ってた格3って嘘ついてたんじゃないの?」

「俺が知るかよ……」


 その戦いを見守るだけになってしまった生徒たちは戸惑いを隠せずざわめくばかり。

 原因となっているのは、エッカルトの疲弊しきった姿だった。 

 今の彼は上体を曲げ膝に手を添えることでしか立っていられないくらい、消耗していたのである。


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ。

 うっ、ゲホッゴホッ、はあはあ。

 何故だ……何故僕の、攻撃が当たらない⁉」

「…………」


 ケヴィンはエッカルトを見据えたまま何も答えない。

 エッカルトが消耗している理由は彼自身が言った通り。

 ケヴィンが彼の攻撃を全て避けているからである。

 30分の間、エッカルトはひたすらケヴィンを攻め続けた。

 最初の頃は勢いよく鋭さを感じさせる攻撃だったが、それを3分、5分、10分と続けていく内に段々と陰りを見せるようになる。

 上段に中段に下段、突きに払いに振り下ろしに斬り上げ。

 彼の持てる剣の技術を尽くして攻撃しつづけていても、ケヴィンには一切当たらない。

 それどころか、ケヴィンは汗一つかかずに同じ構えを常に同じ構えを見せるのだ。

 その光景を30分間見せ続けられている、エッカルトの心は折れる寸前だった。


 この先どう終えるのか、と生徒たちが思う中でディックが口元に手を当てる仕草をする。


「ン、ゴホン!」


 何ともわざとらしい咳払い。

 それを聞いてケヴィンは「合図だ」と感じた。

 構えを解き、初めてケヴィンの方からエッカルトへ近づいていく。

 それまで防御体勢しかとっていなかったケヴィンが突如として前に出始めた事で、エッカルトは恐慌状態に陥った。


「う……わあ、く、来るなあーっ!」


 そして繰り出される突き。

 それは模擬戦闘開始直後のような鋭さは微塵も感じられないものだった。

 ケヴィンは難なくそれを避け、彼の側面に立ち下段蹴りを放つ。

 それは強そうな印象の無いただの蹴りだった。

 しかし、それを当てられたエッカルトはいとも簡単に崩れ落ちる。


「なっ⁉ ――がっ。

 バ、バカな……こんなことが」


 立ち上がろうにも、下半身が動かず立ち上がれないエッカルト。 

 それを見てケヴィンはようやく得心がいったという顔をしていた。

(なるほどな……。助言はそういう意味だったのか)

 ケヴィンはそう考えながらあの時ディックが言った内容を思い出す。


「――いいか、お前はあいつの攻撃を全て避け続けろ。

 できねえとは言わせねえからな?

 そしてその間、反撃はすんな。

 ああ、分かってんよ。そんな顔すんなって。

 時が来ればオレ様から合図を出す。

 そうしたら1回だけでいい、攻撃しろ。

 全力でなくてもいいぞ、普通に、当てるだけの攻撃だ」


 ディックの助言を受けた行動の結果は、今ケヴィンの目の前にいるエッカルトだ。

 ケヴィンはこういう戦い方もあるのかと感心する様子を隠せない。

 ケヴィンの中でディックの評価が大きく上がった瞬間だった。


「そこまで!

 まあ、こんなもんだろ。

 ――お~い周りの動き止めてるガキどもよう。

 この小僧の自己申告疑ってるのがいるみたいだが、こいつが格3ってのは事実だからな。

 信じられないってなら陰険メガネ学園長にでも聞いてみるといいさ」


 ディックから睨まれている事を知って、それまで二人の戦闘に見入っていた他の生徒たちは、蜘蛛の子を散らすように離れて模擬戦闘を再開する。

 その光景を一息、フン、と鳴らしながらディックはケヴィンに向き直り問い掛けた。


「で、どうよ。

 感想は?」

「正直驚いている。

 今まで近接戦闘は力任せに相手を叩けばいいとだけ考えていたからな……。

 凄く新鮮だ」

「わはは、そうだろそうだろ。

 ま、お前もその内こいつと同じ姿になる時がくるかもしれねえな?

 そいつを楽しみにしとけよ」

「望むところだ」


 通じ合ったようにニヤリと笑い合うケヴィンとディック。

 満足感に包まれている二人。

 しかしその外にいるもう一人はそんな二人を睨みつけていた。


「ふ、ざけるな……。

 僕はこんな結果認めないぞ。

 大体、僕がこんな無様を晒しているのは教官の助言とやらのせいではないか!

 僕自身がこいつに負けたわけじゃないっ!」

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