第25話 11/2001・ケヴィン君による魔力講座(非一般向け)

※設定回です。作中1分=50秒、1時間=50分、1日=20時間。


時は少し戻り、学園長室


 始業前と同じようにケヴィン、コネリー、ウナの3人が集まっていた。

 不可思議なケヴィンの試験結果、それを論ずるためである。

 中に入るなり、コネリーの机に置かれていた結果用紙を奪ってケヴィンに突きつけるウナ。


「さあ、きりきり説明しなさい。

 教室でも、視覚昇使う、とか言ってたし。

 明らかに変、おかしいのよ」

「――ほう。

 初級攻撃魔法だけではなく、視覚昇まで行使できるのですか。

 となると、この不可思議さは攻撃魔法に限った話ではないということになりますね。

 益々興味が湧いてきました」


 ケヴィンに襲い掛からんとばかりに血走った目で詰め寄るウナと、彼女の言葉を冷静に分析するコネリー。

 しかし詰め寄られているだけのケヴィンは未だに状況がよく分かっていなかった。


「コネリーにしろミリーにしろ驚いていたが、魔法教師でもそう思うのか。

 一体何がおかしいというんだ?」

「だってこんなのおかしいじゃない。

 格5からでないと使えない初級攻撃魔法を格3のあんたが使える、だなんて」


 護導士あるいは魔法師団を志す人間ならほぼ間違いなく触れる事になる、初級攻撃魔法。

 その人間全てが知っている一つの常識があった。

 「初級攻撃魔法は格5以上でしか使うことが出来ない」

 そして実際に格5未満で初級攻撃魔法を行使出来た人間は、これまで一人たりともいなかったのだ。

 ケヴィンはこの時初めてその常識を知ったので、3人の驚く理由に気付くはずも無かったのである。

 ちなみに視覚昇は知覚魔法に属し、初級攻撃魔法よりも触れる人の数は少ない。

 そして行使可能と言われていた格数は7以上。


「そういうわけだったのか、なるほどな。

 確かに常識と言われるものが覆されれば驚きもするか」

「ねえ、一体どういうことなのよ。

 できれば教えて欲しいんだけど」

「私も知りたいところですね。

 もちろん、ワイスタ先生が理由あって秘匿していたというのでしたら聞きませんが」

「うっ、それは確かに聞けない……。

 あ、でもワイスタ様の秘奥とか言われると逆に知りたくなっちゃうかも」


 魔法を志す人間は知の探究者という側面もある。

 常識に囚われ事実を見失うような真似をする者は、少なくともこの場にはいなかった。


「別に秘匿なんかしていないさ。

 単に師匠の人付き合いの悪さが原因だろう。

 端的に言うと、だ。

 常識の方が間違っている。

 いや……正確には、常識が正しくない、かな」

「正しく、ない?」

「そう。

 格5以上で初級攻撃魔法が使えるようになる、というのは、より正確に表すならこうなるんだ。

 “一般に格5相当の魔力量を扱えるならば”初級攻撃魔法を使えるようになる」

「格数の問題ではなく魔力量の問題、ですか。

 それなら正しくないという言葉の意味はわかります。

 ですがそれでは……」


 ケヴィンから語られる事実を残る二人は噛み締め、頭で理解しようとしていた。

 だがまだ情報が欠けておりそこまで至っていない。

 その事が分かったケヴィンは補足説明をする。


「さっきウナの授業でやってたからこれも常識になるんだろうけど、格が1つ上がって扱える魔力量の増加分は誰もが同じで均一。

 そうだよな?」

「そうね、だからこそあんたに疑問が生じるんだけど」

「これは“何もしなければ”という前提の話なんだ。

 師匠が長年に渡って調べた結果、魔力量は魔力変換を行った時間に比例して扱える総量が変わってくる、という事が判明している」


 ワイスタが調べた結果という事で無条件で信じたくなるウナだが、彼女にしてもそれまでの魔法師人生にはそれなりの自負がある。

 はいそうですか、というわけにもいかず疑問を増やす形になった。


「え? ちょっと待ってよ。

 あたしにしろコネリーにしろこれまでの人生で魔力変換を行ってきた回数って相当なものよ?

 それでも同格や近い格でかなり年下のヒト族との魔力量に大きな差なんてないわ」

「それはあくまでも回数だろ?

 オレが言っているのは魔力変換した時間。

 聞くけど、一日当たりどれくらい魔力変換の時間をかけてる?

 最も多い時でもいいよ、魔族との戦闘時とか」

「そうですね……。

 多い時でしたら回数としては2~30回、ウナでしたら50回ということもあるでしょう。

 大雑把に一つの魔法当たり20秒魔力変換していると考えると、およそ20分といったところでしょうか」


 コネリーの計算に概ね賛成なのか、ウナは同意して首を縦に振っている。

 予想がついていたのか、続くケヴィンの言葉はただ事実を述べたものになる。


「オレは朝起きてから1日の半分、魔力を維持し続けている。

 その時間は1日10時間。

 それを10年以上続けてきた。

 その総時間は、二人の分を合わせたものよりも多いと考えてるんだけど、どう思う?」

「「………………」」


 ケヴィンの語った事実が異常すぎて唖然とする二人。

 それもそのはず。

 世界に魔素は無限に満ちている。

 言い換えれば魔力に出来る量も無限ということであり理論上、人は何度でも連続して魔法を行使できる。

 だが実際にはそういう事は行えない。

 魔法を発現させる前段階、魔力変換の時点で“精神力”と言うべき人の内なる力が消費されてしまうからだ。

 人は限界まで精神力を消費すると気絶してしまう。

 いくら精神力が時間経過で回復するものとはいえ、長時間維持し続けるという事自体、異常としか言えない行動だった。


 そしてその時間も異常である。

 仮にコネリーの語ったウナの最も多い魔力変換時間、それを100年毎日行っていたとしても、その総時間は

 0.4(1日あたり時間)×500(日=1年)×100(年数)=20000時間。

 対するケヴィンはと言えば

 10×500×10=50000時間。

 この時点でも大きな差があるのに、実際のウナの時間はそれよりもはるかに少なくなるであろう。

 そう考えれば比較するのも馬鹿らしい程の差があるのだ。

 言葉の出ない二人を置いといてひとまず説明しつくそう、とケヴィンは考え言葉を続ける。


「師匠は比例する倍率の事について自身だけでは実証できなかった。

 オレを1から育て上げることによって、初めて理論として確立できたというわけだな。

 この倍率、オレは“魔力倍率”と呼ぶことにしてる。

 一般の魔法師の魔力倍率を1とした時、オレの魔力倍率は2.5だ。

 よって、現在格3のオレは格7相当の魔法まで行使できる。

 以上が二人の疑問に対する回答だが、何か質問はあるか?」


 そう言ってケヴィンは説明を締めくくった。

 残る二人はあまりにも常識違いの話に混乱から立ち直っていない。

 それでも二人は国内有数の魔法師である。

 混乱しつつも思考の歩みを止めようとはしていなかった。


「……一つずつ確認していきましょうか。

 まず仮に私たちがこの先10年ケヴィン君と同じように毎日10時間魔力維持し続けていれば、同様に魔力倍率2.5になると考えていいでしょうか?」

「二人共長年の下積みがあるだろうから、実際には10年より短いとは思うけど。

 まあ概ねその通りだろう」

「……今のあんたが順調に格を成長させていった場合、格20の時点でもう上級攻撃魔法が使える……?」

「その頃には倍率ももう少し上がっているだろうから、格20より前になるとは思うけど。

 それも概ねその通り」


 コネリーはケヴィンの返答を何度も噛み締めるようにして頷いている。

 一方でウナは、うがーと言いながら両手で頭を掻きむしっている。


「あんた、ズルイわよ!

 あたしたちは苦労して上級の領域に辿り着いたっていうのに、あんただけは格20になればもうそこに立てるなんて!」

「そう言ってもな。

 苦労する方向性が違うというだけだろう。

 現に今この瞬間もオレは修行している最中なんだし」

「ぐっ……言われてみればそうだったわね。

 あたしもこれからやってみようかしら」


 羨ましさのあまり、びしっ、と勢い付けてケヴィンを指差し非難してみるものの、簡単に正論で返され言葉も無いウナであった。

 

「真似するというのを止めはしないけど、しようと思っても簡単にできないと思うぞ。

 まず一人では無理だし、最低2年は時間をそのためだけに使う」

「へ? それってどういうこと?」

「期間はともかく、人数の方が気になりますね……。

 詳しく教えて貰えますか?」


 ケヴィンの話を聞く限り、人数が必要な修行とは思えない二人。

 それに対するケヴィンの答えは、やはりというか非常識なものであった。


「当たり前の話だけど、オレだって初めから1日10時間維持が出来てたわけじゃないぞ。

 修行当初は日に何十回と気絶してたんだ」

「「………………」」

「師匠が付き添っていたから出来てたようなものだな。

 そうしている内に段々と維持できる時間が伸びてきた。

 で、10時間維持できるようになるまで大体1年半かかったかな。

 それでも10時間維持で即気絶って状態だったし、その10時間中ほとんど何もできなかった。

 そんな期間が大体半年ほど続いた。

 だから合わせて2年ってこと」


 ケヴィンの回答に二人は今度こそ頭を抱えだした。

 さらに悪い事にコネリーは一つの嫌な事実にも気付いてしまった。


「……10時間維持しているのが10年以上と先程ケヴィン君は言ってましたね。

 ということは修行当初は4~5歳だったと……?」

「あっ……てことは⁉」

「そうだけど、それがどうかしたか?」

「……あまりワイスタ先生の事を悪く言いたくないのですが。

 控えめに言っても虐待なのでは……?」

「え? 何言ってるんだよ。

 その頃があったから今のオレがあるんじゃないか。

 修行だよ修行」

「修行……って言葉で片づけていいのかしらこれ」


 二人はこの話を聞いて異常者ケヴィンと同じ事をするのは無理、と判断した。


(ケヴィンの真似をするのは無理。でも、やれる事はあるかもしれない)

 ウナはしばらく何事かを考え、うんと一つ頷きコネリーに向き直った。

 そして語り始める。彼女の考えを。


「学園長。

 学園の筆頭魔法担当教師として進言します。

 今後、魔法学の授業を魔法実習と統一。

 魔法に関する授業を全て魔法修練場で行うというのはどうでしょうか?」

「……理由を伺いましょう」


 幼さを見せない教師としての顔で、上司に進言するウナ。

 突然の話題転換にケヴィンは付いていけていない。

 実はコネリーには理由の大半は想像がついていたが、この場でウナの意思をはっきりさせておくことに意味があった。


「はい。

 先程のケヴィンの言葉、注目すべきは“魔力変換に掛ける時間”です。

 ケヴィンと同じ事をするのは無理、それは分かりました。

 ですが似たような事、維持するのではなく単純に回数を増やす事はできます。

 座学による教育内容を見直し、理論は最低限に留める。

 残りを全て実習に当て、可能な限り生徒たちに魔法行使をさせます。

 そうして累計の魔力変換時間の底上げを図るのが狙いです」

「そうすることの利点は?」

「将来的に現状より低い格でより多くの魔法を行使できる可能性を作り出せます。

 例えば、中級攻撃魔法。

 現状格20で行使できるそれを、格19で行使できるようになるかもしれません。

 その場合、必要な魔力倍率は1.05倍程度。

 十分現実的な数字だと思います」

「ふむ……では欠点は?

 私には二つ程あるように思いますが」


 痛いところを突かれたと思っているのだろう。

 コネリーに進言内容の欠点を問われ、ウナはほんの少しだけ表情に苦みを見せた。

 だが一切崩れることなく返答を続ける。


「欠点は……ほぼ間違いなく在学中だけではその倍率まで届かせることが不可能であるという事。

 座学の時間を減らすことにより、理論の伝授が不十分になる事の2点です」

「在学中に結果を示せないとなれば、周囲からの反発は必至です。

 その事は理解されてますね?」


 朝見せたものよりもはるかに重く冷たい雰囲気を纏いながら、コネリーはウナを睨みつけ問い掛ける。

 気のせいだろうか、コネリーの眼鏡の透明さが失われているようにすら感じられた。

 それでもウナの視線は揺るぎはしなかった。


「それは勿論。

 でも、どのような意見でも受け止めて真っ向から説得してみせます。

 ここにいるケヴィン、それにワイスタ様は魔法の新しい可能性がある事を教えてくれました。

 あたしはその事を生徒たちにも教えてあげたい。

 それに……そうすることでより多くの命を救うことが出来るかもしれない。

 それがあたしの考える最大の利点よ」


 ウナの考えを聞き終わり数秒ほど同じ態度でいたコネリーだったが、フッ、と一つ笑った後相好を崩した。


「大変結構。

 目先の成果を求めず、将来確実な力とするための礎になる。

 我が校の理念と合致するところです。

 理論の不足については、課外や希望者に補習を行う事で補うようにしましょう。

 元よりこの学園生徒全員が魔法師になるわけではありませんしね。

 ということで早速、職員会議にかけて来月辺りから始動できるように諮ります。

 王家を含めた各所への説得はお任せください。

 その際、ワイスタ先生の名前で先程の理論を公表したいと思いますが、ケヴィン君構いませんか?」

「ああ、さっきも言ったが別に秘匿してたわけじゃないから好きなようにしてくれ」

「ありがとうございます。

 では、ウナ。

 これから存分に働いてもらいます。

 期待していますよ」

「ふふん、任せなさいっての!」


 自信満々とばかりに胸を張るウナ。

 その時の彼女は姿は小さくてもとても大きく輝いていた、そうケヴィンは後に周囲に語っていたという。


 予想外に長く語り合ってしまったため、学園の外は既に暗くなっている。

 あまり引き留めると教師側の体面に関わると考え、コネリーは解散の言葉を告げた。


「では今日はここまでにしておきましょう。

 ウナ、ケヴィン君を学生寮まで案内してあげてください」

「分かったわ。

 ――それじゃ、ケヴィン行きましょ」

「ああ。

 コネリー、アチェロたちによろしくな」

「分かりました。必ず伝えましょう」


 コネリーと互いに笑顔で別れ、二人は寮へ続く道へと歩いていく。

 その後ろ姿を見送った後、コネリーは北東の空へと顔を空上げていた。


「ワイスタ先生。

 貴方が遺したものは私たちで受け継ぎ、芽吹かせてみせますよ。

 ご安心ください」

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