第23話 11/2001・ウナという教師
あまり長話をしていると始業に間に合わなくなる、とコネリーが話を締めくくったので本来の目的に戻る。
ウナは理解できない事をそのままにしておくのが嫌なのか、渋い顔を見せたが自身の職務を忘れてはいなかった。
「仕方ないわね。
後で詳しい話を聞かせなさいよ」
「残念ですが、私も理解に及んでいないのです。
ケヴィン君自身から説明して貰おうかと思いまして」
「――オレか?」
「そう、分かったわ。
あんた、えーっとケヴィン。
終業後再びここに来ること、いいわね?
担任命令よ!」
「……まあいいけど」
まだ一度も授業を受けていないのに、会ったばかりの担任教師からの命令を受けるという稀有な体験をしたケヴィン。
一応自身に関する事であるらしい、と理解していたので承諾する。
しかし、目の前の小さな女性が、びしっと指差し命令してくるというおかしな構図に何とも言えない気持ちになるのだった。
「それじゃ教室に向かうわよ。
1年は3階。
2組教室は西から2番目の位置になるわ」
学園長室を退出した後、そう言って歩き出したウナの後ろについてケヴィンも歩き出す。
建物の中央にある階段を上っている最中、ケヴィンは気になる事を聞いてみた。
「ウナはコネリーと途中から気安い感じで話してたけど、普段から親しいのか?」
ケヴィンのその言葉を聞き、ウナはぴたりと止まって振り向いた。
そして数段下にいるケヴィンの顔に向けて人差し指を突きつけながら若干厳しい声で話しかける。
「ウナ“先生”、よ!
コネリーの事は“学園長”とか“学園長先生”って呼びなさい。
あんたの境遇は理解しているし、いきなり敬語使えっていうのが無理というのも分かってる。
ここはそういうのあまり気にしない人間が多い環境だから、言葉遣いにはそれほど気にしなくてもいいわ。あたしも人の事言えないしね。
でもね、せめて目上の人間に対しての呼び方くらい気を付けるようにはしなさい。
その程度の事を変えるだけでも、相手への伝わり方や与える印象が良くなることもあるんだから」
「お、おお……」
先程までの幼い仕草を全く感じさせずにウナはケヴィンに指摘する。
それはまさしく教える側にいる者の態度で、ケヴィンの事を思いやって言っているのが端から見ていても分かるものだ。
逆に教わる側のケヴィンは不意を受けたように一歩階段を下がる。
ただ、ウナの言葉は十分に納得できるものだったので素直に頷いていた。
ウナはそんなケヴィンの姿に満足し、再び仕草を幼くしてしまう。
「よーし、では私の事をちゃんとウナ先生って呼んでみなさい。
ほら、せーの!」
「ウナせんせー」
「……なんだか微妙に小馬鹿にされてる言われ方ね。
ま、まあいいわ。
コネリー……学園長とのことだったわね」
ケヴィンに言われた呼び方に力が抜けたのか、たった今自分が言葉にした内容を忘れて、つい普段呼びで話し続けようとしてしまうウナ。
すんでのところで気付き修正を図ったようである。
「あたしは元々この国の魔法師団にいたのよ。
それで護導士の学園長とは魔族討伐でかち合う事が多くてね。
その頃の縁で学園に誘われた。
あたしも魔法師団内で行き詰まりを感じてたし、いい機会かなと思って教師になったってわけ」
「ふーん、魔法師団にいたのか。
そう言えば師匠が魔法師団についてなんか言ってたな、何だっけ……」
「えっ、ワイスタ様が⁉
何言ってたの? 早く教えなさいよっ」
階段の途中だというのに、ゆさゆさとケヴィンを揺らして急かすウナ。
ワイスタが絡むとどうにも周りが見えなくなるらしい。
「こんな場所で揺らすな。
……えっと確か、上位の5人までは見どころある、って言ってたな」
「本当⁉ あたし師団の第4位だったのよ!
ああ、ワイスタ様はあたしの事を知っていて下さったのねっ。
感激だわ……今日はこのままこの気分に浸っていたい」
「おーい、ウナせんせー。
始業が近いんだろ、戻ってこーい」
ワイスタの言葉をそのまま捉えるなら、ウナに限らず他の4人も同じく見どころがあるという事なのだが、それは言わぬが花というものだろう。
再び夢見る状態のウナを何とか元に戻して、二人は目的の場所へ向かっていった。
(元魔法師団第4位か……。そこまで上位の魔法師だったとは。でもそれならさっきの攻撃は納得かな)
ケヴィンは内心そう思いながらウナの後を付いていく。
実は先程の学園長室での一幕、ケヴィンは避けようと思えばウナの攻撃を避けれたのだ。
ケヴィンの真後ろにコネリーがいたので、彼に被害がいかないように庇ったという事もある。
だが実際にはただ受けてみようとケヴィンが思っただけ。
感情的な突進であり、魔法による強化もしていない。
ならばワイスタの攻撃を超える威力が出るわけがない、とケヴィンはあの瞬間冷静にそこまでの結論を出していた。
ワイスタが病に伏せてからは組手をする機会が、実戦に近い攻撃が身に迫ることが無くなった。
そのため、どこかでそういう攻撃を受けておく必要を感じており、そこへちょうどいい攻撃が来たものだから、
この真実を聞けばウナはさらに憤慨した事であろう。
知らないということは幸せである。誰にとってかは分からないが。
リンド高等学園3階 1年2組教室
1年2組と書かれた札がかけられた扉の前に立ったウナ。
少しだけケヴィンの方へ視線を向けて「それじゃ入るわよ。入ったら扉閉めてね」と言って、ケヴィンの返答を待つ事なく入室していった。
ケヴィンは言葉に従い、入室した後扉を閉める。
ウナの近くに寄りながら、ケヴィンは教室の様子を眺めた。
教室自体は正方形に近い形。
机は階段状に設置されており、それが3列に分かれている。
一つの机に3席あり、真ん中を空けて二人の生徒が座っているのが見える。
そんな机が5段分あり、最奥の6段目には誰も座っていなかった。
後ろの段ともなるとそれなりの高さが上がっており、校舎1階当たりの高さの理由をケヴィンは知るのだった。
そんな風に教室を観察しているケヴィンは今注目の的である。
「おい、誰だあれ?
知ってるか?」
「知らね。転入生かな?」
「銀髪ってこの国じゃめずらしいよね。
外国からの留学生かな?」
「なんか右目覆っててちょっと怖そう……。
あ、でも左は目元ちょっとカワイイかも」
「少し細いな……。魔法師団志望かな」
「なんか面白そうな奴が来たじゃん」
「仲良くできたらいいなあ」
教室の生徒たちがケヴィンを見て思い思いの言葉を出していき、たちまち教室の中は喧騒の包まれる。
ウナが「おまえらー、静かにしろー、黙れー」と言っているのも無視されてざわざわと騒がしさが途切れない。
無視されたウナがぷるぷると震え始め、再びの癇癪炸裂か? とケヴィンは想像したが、そうなる前に事態は収まる。
ぱんぱん、と手を叩く音をさせながら一人の女生徒が立ち上がったのだ。
「みんな、静かにして!
先生が話せないでしょう?
――お騒がせしました。ウナ先生」
「ありがと、級長。
えー、見ての通りこの学級の新入りよ。
ほら、自己紹介しなさい」
級長と呼ばれた女生徒が場を収めてくれた事にホッとしつつ、ウナはケヴィンを促した。
ケヴィンは頷き、一歩前に出る。
そして声を奥まで届かせるべく少し大きめに息を吸った。
「ケヴィン・エテルニスだ。
4日前に王都に着いたばかりで、それまではパルハの北東にある森で暮らしていた。
人里からも離れて師匠と二人暮らしだったから世情に疎い。
無礼は流してくれるか、それとなく教えてくれると助かる。
これからよろしく頼む」
高いような低いような、それでいてよく通る声がケヴィンの口から発せられる。
ケヴィンが喋っている間に彼の後ろの方で、カッカッカッカという細かい音がしていた。
喋り終えてからケヴィンがそちらを向くと黒板にウナがケヴィンの名を書いていたと分かる。
一方で教室の中はケヴィンが名乗った事でざわめきが再び起こり始めていた。
それが大きくなる前に、今度はウナが機先を制して声を上げる。
「はーいはい。
こいつの名前で気付いた子も多いだろうけど、説明しておくわ。
家名エテルニスが示すように、ケヴィンは賢者ワイスタ様の縁者、唯一の弟子よ。
ついでにもう一つ。
こいつの王都での後見人は学園長、コネリー・ディ・バークよ。
こいつに何かちょっかい出すつもりなら、その辺りの事を踏まえてやりなさい。
いいわねー?」
ウナの話に教室全体がしんと静まり返る。
それも仕方のない事。
伝説に謳われるほどの功績を残している賢者、その弟子。
さらには学園の最高権力者が後ろに付いているのだ。
少なくともただの同級生に見えなくなったことだろう。
ケヴィンは物言いが脅し過ぎではないかと感じて、ウナに向けて半目で語り掛けた。
「おい、ウナせんせー。
全員黙ってしまったぞ」
「ふふん、こいつらはこれくらいでちょうどいいのよ。
それじゃあんたの席は……っとそう言えばこの学級ちょうど30人だったのよね。
一番奥の机でもいい? 片目だけど大丈夫?」
「ああ、目は良い方だ。心配はいらない。
見えないようなら視覚昇でも行使するさ」
この時、ケヴィンの個人情報がもう少し多く、具体的には護導記章に記されている範囲で知れ渡ってしまっていたなら、教室はそれまで以上の喧騒に包まれていただろう。
ある程度理解しているウナが呆れた目でケヴィンの事を見ているのが良い証拠だ。
「……またあんたはそんな非常識な事を。
――はあ。
まあ、いいわ。
一番奥の右奥、窓際の席に座ってちょうだい」
「分かった、右奥だな」
「ええ。
1限はこのままあたしが魔法学するからね。
あんたには退屈だろうけどちゃんと聞きなさいよ。
――それじゃ授業を始めるわ。
まずは先週のおさらい、属性の話から……」
ウナの言葉に頷いた後、ケヴィンは指定された席に向かって移動した。
その間もじろじろと、いろんな類の視線がケヴィンに集中する。
(これは当分珍獣扱いかな……。早いところ興味を失ってくれるといいけど)
人に注目されることに慣れていないケヴィンは、内心でそんな事を考えながら席に着くのだった。
しばらくの間ウナの声と板書をする音が教室の中で響く。
ウナが板書をする際に足元の台座を登っているのはご愛敬だろう。
「――光と闇についてはこんなところね。
……ケヴィン、ちゃんと聞いてる?
あたしが今何と言ったか答えてみなさい」
ちゃんと先生やってるんだな、と小さな姿を微笑ましく眺めていたケヴィン。
その視線の意味に気付いたわけではないだろうが、突然ウナがケヴィンに向けてお題を出してきた。
いきなりのことだったが、ケヴィンは慌てることなくウナの発言を振り返る。
「……ケヴィン、ちゃんと聞いてる?」
「その前っ」
「……光と闇についてはこんなところね?」
「その前よっ!
あんたわざとやってるんじゃないでしょうね……?」
疑いの眼差しをウナはケヴィンに向けるが、当の本人はいたって真面目な顔して思い出そうとしている。
そんなやり取りがあったので他の生徒たちからはくすくすと笑い声が漏れていた。
「……まとめると、光と闇は互いに対立してるわけじゃないわ。
一方的にどちらかを凌ぐということはありえないから、光魔法と闇魔法で撃ち合いをするのは止めておきなさい……だったかな」
「こういう時は口調まで再現しなくていいのよ……。
――まったくやりづらいわねぇ。
でもちゃんと聞いていたようでそこは安心したわ」
ケヴィンがなおもウナの口調を真似して答えるものだから、教室内の忍び笑いも数が増えている。
ケヴィンの天然さと教室内の雰囲気にウナはやれやれ、と首を竦め、授業を再開するのだった。
その後地理学、歴史学と続いて午前の授業は終了した。
どちらもメリエーラ国内についての事だったが、ケヴィンにとっては知らない事ばかりだった。
彼の知識欲をほどよく刺激したことは間違いないだろう。
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