第15話 7/2001・護導士組合にて

 中央の受付は総合案内を行うところのようだ。

 仕事終わりに近い時間だからだろうか、二人が向かった依頼報告用の受付とは違って人の数は少ない。

 ケヴィンが受付の前に立つと、そこに座っていた女性が話し掛けてきた。


「ようこそ護導士組合へ。

 本日はどのような用なのかな?」

「え……っと。

 オレはケヴィンっていうんだが、人を探している。

 その人はこの国で護導士をしていた事は分かってるんだ。

 だが今も続けているかは分からない。

 そんな人の紹介ってして貰えるんだろうか?」


 人付き合いの少ない生活をしていた為、どう話せばいいのか分からずケヴィンは数秒の間固まった。

 その時、ケヴィンの脳裏に「人に名を尋ねる時、ものを頼む時はまず自分の名を名乗れ」というワイスタの教えが甦った。

 教えに従い、自分の名を名乗って以降はするすると希望を口に出すことが出来ていた。

 受付の女性はケヴィンの言葉に頷き、返答する。


「その人が現役の護導士なら、組合が仲介する事は出来るわ。

 現役でない場合だと、理由次第になるわね。

 ……あ、ミリー! このお客さん、護導士の人探し。話聞いてあげて」

「はーい、わかりましたー。

 お客さんこっちへどうぞー」

「それじゃケヴィンさん、今手を振ってる人の所へ行ってね」


 どうやら総合案内の仕事とはここまでらしかった。

 目の前の女性に礼をして、ケヴィンは左側の手を振っているミリーと呼ばれた女性の所へ向かった。

 人が替わったので再びケヴィンは名乗る。


「ケヴィンだ。よろしく」

「ケヴィン君ね。私はミリー、よろしくね」


 ミリーは栗色の髪を後ろで尾っぽにしているヒト族女性だ。

 しっかり開いた目とハキハキした喋り方から活発な印象をケヴィンは持った。

 ミリーは奥から綴じ込み冊子を何冊か持ってきていた。


「それで、ケヴィン君が探しているという護導士さんのお名前は?」

「コネリー。コネリー・ディ・バークっていう人だ」

「ふんふん、って、え⁉

 ほ、本当に、コネリー・ディ・バークって名前の人?」

「そうだけど……」


 冊子を開きながら探そうとしていたミリーは、コネリーの名前を聞いた途端に固まる。

 何かあるのだろうか? とケヴィンが訝しんでいるとミリーが再起動して話し始める。


「うーん、その人……その方は確かに護導士だったんだけど、今は活動してないの。

 で、私たちが紹介できるかと言われると難しくて……。

 しばらくそのままで待っててね」


 ミリーはそう言って席を立った後、総合受付の女性に一声掛けた。

 何がしかの言葉がその女性から返ったのを確認して、ミリーは受付後方の階段を昇っていく。

 状況が分からず、ケヴィンは立ち尽くすのみ。


 仕方ないので、待っている間近くにいる護導士たちを眺める事に。

 如何にも重そうな鎧を纏っている戦士風の者がいると思えば、家でワイスタが着ていたような外衣を着ている魔法師然とした者もいる。

 そうした人たちの中でケヴィン程の衣装――旅人服に外套を羽織ったくらいの者はいない。

 そういった点でケヴィンは護導士らしくないので、普通に依頼をしに来た客だという風に護導士や組合の人間から見られていた。

 

 ケヴィンがそんな風に周りを眺めて過ごしていると、ミリーが階段から降りてくる様子が見えた。後ろに男性を伴って。

 その男はケヴィンより背が高く、筋骨隆々という言葉が良く似合いそうだった。

 禿頭をのせた顔にはいくつかの切り傷痕があり、その男が歴戦の戦士である事を物語る。

 ミリーが定位置に座り、その男がその後ろに立ってケヴィンを一瞥する。

 低めだが良く通りそうな声がケヴィンに向けて発せられた。


「俺はここの支部の長をやっている、ホリスという者だ。

 お前さんがコネリー殿を探してやってきたっていう旅人か。

 で、コネリー殿を探している理由ってのは何だ?」


 嘘偽りやまやかしの言葉は許さない、とばかりにホリスの名乗った男は眼光を鋭くしてケヴィンに問いかける。

 ケヴィンの方はそれを特に気にすることも無く、正直に答える事にした。


「師匠からの遺言で、その人に会うよう言われたんだ。

 だから知ってるなら教えて欲しいと思ってここに来た」

「……一つ聞くが、お前さんコネリー殿がどういう人なのか知ってるのか?」

「いや、知らない。

 師匠からは名前しか教えて貰えなかったし」


 ホリスから見て、ケヴィンは嘘を吐いているようには全く見えなかった。

 というより、何でも馬鹿正直に喋る事しか知らない子供のような印象を受ける。

 どうしたものか、と悩んでいるとケヴィンから困った表情で問い掛けられた。


「もしかして教えて貰えないんだろうか?

 今のオレは他に当てがないんだけどな……」

「いや、そういうわけじゃねえんだが。

 ……そうだなぁ、お前さん何か自身の身元を証明できる物持ってないか?

 それ次第では、俺の責任においてコネリー殿を紹介してやってもいい」


 王都の北門に入る時は求められなかった身元の証明を今この場で言われるとは思わず、ケヴィンは何度か目を瞬きした。

(つまり会うためにはそこまでする必要がある人物ということか)

 とケヴィンは内心で考えながら自身の持ち物袋の中を探る。


「でも、身元か……。

 そんな物あったかな――って、そう言えば確か」


 袋の中を漁っている最中、ケヴィンは何事か閃き袋の奥の方を探し始めた。

 そうして取り出される一つの小箱。

 その小箱を開けると中には緑煌く指輪が入っている。

 それを見てケヴィンは遺言を思い出していた。


「この指輪はワシの墓に埋葬することなく、お前自身が持っておけ。

 然るべき人間がこれを見れば価値が分かるようになっておる」


 そんな風にワイスタは言っていたのだ。

 詳しい事は教えて貰えなかったが、今目の前にいるホリスがその「然るべき人」であるかも、とケヴィンは指輪を取り出しホリスに見せた。

 するとホリスの表情は驚愕に染まり、指輪とケヴィンを交互に視線を動かす。


「おいおい、こいつは……」

「わあっ。何ですかこれ。

 凄く綺麗な指輪じゃないですか!」


 一際綺麗な装飾品が出てきて黙ってられなかったのか、ミリーが会話に割り込む。彼女の目は今非常に輝いていた。


「輪の部分は銀製、宝石は……これもしかして翠玉⁉

 私こんな澄んだ色した翠玉見たこと無いですよ!」

「ああ、俺も聞いた事があるだけで見るのは初めてだ。

 ちなみに、台座は魔法銀製。

 そして透き通る翠玉の底に見える絵は……やはり、鷹か」

「――え。ええっ⁉

 そ、それって、まさか……」

「そのまさかだ。

 鷹が示すのはメリエーラ王家。

 つまりこの指輪の持ち主は王家が認めた人間ってことになる……。

 お前さん、こんな代物をどこで手に入れたんだ」


 今ホリスとミリーの目の前にある指輪は非常に厄介な代物だ。

 もしこれが盗品であり、巡り巡ってケヴィンが手に入れた物であるなら、出所を探るために王家の騎士がかなりの人間を出す羽目になるだろう。

 あるいはケヴィンにこれを与えたのが指輪持ち主であった場合。

 その場合その持ち主が高位貴族、最低でも侯爵家当主以上であるかもしれず、

 そうなるとケヴィンは高位貴族の隠し子という可能性も出てくるのだ。

 そのような厄介事の可能性を色々考えながらホリスはケヴィンに尋ねたのだが、そういった諸々は全て杞憂だった。


「どこって言われても。

 それ師匠の遺品なんだよ。

 なんでも感謝の印に貰ったとかなんとか言ってたかな」

「師匠……ね」


 ケヴィンの言う「師匠」という響きに何かを感じたホリスは、問いを続ける。

 果たしてそれはホリスとケヴィンの両者にとって正解だった。


「ケヴィンって言ったな。

 よければお前さんの家名と師匠って人の名前を教えて貰えないか?」

「家名?

 エテルニスだけど。

 師匠の名前はワイスタ・エテルニス」

「――!

 “静かなる蒼”、賢者ワイスタ・エテルニス……」

「あ、やっぱり師匠、賢者って呼ばれてたんだ。

 でも“静かなる蒼”って異名は初めて聞いた。

 他にもオレの知らない異名があったりするのかな?」


 ケヴィンは自身の知らないワイスタの新しい一面を知る事が出来て顔を輝かせ喜んでいる。

 一方でホリスとミリーは驚きの表情が顔に貼りついたままだった。

 それも当然である。

 賢者ワイスタと言えば伝説そのもの。

 昔、魔族との最前線に近い都市であるヒスロンの近郊で見つかった巨大な昏き扉。

 それを守護していた強力な魔族をたった一人で打倒し、昏き扉を消滅させたのがワイスタなのだ。

 真偽は不明だが噂では、その強力な魔族というのが格80を超える最上位の竜種だったと言われている。

 もしその扉が健在のままであったなら、都市ヒスロンは魔王城の魔族と合わせて挟み撃ちに遭い、遠からず壊滅していたであろう。

 そうなればメリエーラ王国における対魔族戦線は崩壊し、王国が滅亡したかもしれないのだ。

 つまり王国としても多大な恩義がある人物なのである。

 王家が指輪を送る相手の中でも、最高位の者と言っても過言ではないだろう。


「し、支部長。

 という事はこの子、賢者様のお弟子さん……?」

「……そういう事になるようだ。

 ――ケヴィン。

 静かなる蒼の異名はな、ワイスタ殿が寡黙な性格であった事と、竜種と思しき魔族を打倒した際に使われた魔法に由来しているのだ」


 ホリスは一つ試しに、と考えケヴィンに異名の由来を伝えてみた。

 異名の由来を聞いてピンと来るものがあったのか、ケヴィンは納得気に頷いている。


「竜種相手ってことは、たぶん行使したのは“蒼炎”だろうな。

 それならそういう異名付くの納得。

 師匠は魔法の事以外ほとんど関心を示さなかっただろうし、寡黙扱いも分かるよ」


 “蒼炎”を含む最上級攻撃魔法の存在を知る者は限られる。

 最低でも騎士団や魔法師団の上位に位置しなければ、存在を知る事すら許されていないのだ。

 魔法を行使する者のほとんどは、上級攻撃魔法が最も高位の攻撃魔法だと考えているのである。

 つまり魔法名がスッと口に出てくるケヴィンは、その魔法を扱える人物の薫陶を受けていた可能性が極めて高い。

 そしてワイスタの人となりも語れるとなれば、間違いはないだろうとホリスは考えた。


「その魔法の名が出るという事は、本物だな。

 そして遺言、遺品という言葉が出るというのはつまり……」

「……うん、師匠は先月末に亡くなった」

「――そうか。惜しい方を亡くしたな……。

 メリエーラ王国内護導士を代表して、哀悼の意を表させてもらおう」


 ホリスはそう言葉にしながら目を瞑り、頭をわずかに下げる。

 その横ではミリーも席から立ち同じ所作をしていた。

 初めて会う人間からもワイスタを悼む気持ちを伝えられて、ケヴィンは嬉しくなり静かな笑顔で頷いた。


「ありがとう。

 弟子としてそんな風に言ってくれるのは本当に嬉しいよ」

「メリエーラ王国民として当然の事だ。

 ――よし、事情は分かった。コネリー殿の居場所を教えよう。

 ケヴィンが会いに行けばコネリー殿は温かく迎えてくれることだろう。

 ワイスタ殿とコネリー殿は一時期交流があったそうだからな。

 ただ今日はもう暗くなるから、面会に行くのは明日にしろ。

 支部からコネリー殿に使いを出しておくし、宿も取ってやるから今日のところはそこで体を休めておけ」


 ホリスからいきなり厚い待遇を言い渡されたケヴィンは少し驚いたが、素直に受ける事にした。

 ついでに疑問に感じていた事も聞いてみる事に。


「分かった。世話になる。

 ところで、何故コネリーと会わせるのにそこまで警戒しなきゃならなかったんだ?」

「コネリー殿の名前には、ディ、が含まれているだろう。

 それで分からんか?」

「いやすまない。

 ディ、がなんであるか知らないからさっぱり分からない」


 平然と知らない事を告げるケヴィンを見てホリスは唖然とした。

 横にいるミリーも「え、この子本気?」というのを顔に出している。

 ホリスはおそらく賢者の教えが極端なものだったのだろうと当たりをつけ、できるだけ丁寧に答えてやることにした。


「……いいか? 

 名と家名の間に、ディ、が含まれているとその人物は貴族家の当主を意味するんだ。

 コネリー殿は伯爵家当主。

 そんな人物に向かって、組合から身元の不確かな人間を会わせようとするわけにはいかん。

 そういう理由なんだが理解したか?」

「そういう事だったのか。

 うん、理解した。

 王都に来てから新しい事ばかり知れて、なんだか楽しくなってきたな」

「……ちなみに、ディン、が含まれているとその方は王位継承権を持つ王族という事になるからな。

 間違えるなよ、絶対だぞ」


 さらにもう一つ新しい事が知れてケヴィンは素直に喜ぶ。

 ホリスは「こんなのが賢者の後継者で大丈夫かな」と少し不安に感じるのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る