第8話 思い出し、想う事

神暦1498年6月1日の日記読了後――


 一日目の日記を読み、その時の状況を思い浮かべながらケヴィンは語っていく。

 初めての試みという事もあってか、他の三人は大人しく内容を聞いていた。

 全て語り終えた時、ケヴィンは若干憔悴していた。額に手を当てている。

 心配そうに声を掛けるミリアム。


「大丈夫ですか? ケヴィン様……」

「ああたぶん、大丈夫だ。

 なるほど、な。こんな風になるというわけか……」


 その言葉に何か変化があったらしい事に気付きマーティンはケヴィンに尋ねる。


「それで、どうでしょうか。何か思い出されましたか?」

「……ああ。色々思い出した。

 具体的には、この日の時点までにオレが修めていた魔法の知識、呪文、行使方法、戦い方などだな」

「えっ? それはすごいですね。

 あれ? でも先程ケヴィン様、封印魔法について解説してませんでした?」


 思っていた以上の成果にミリアムは喜ぶが、一つ疑問を感じたようだ。

 それに対し、ケヴィンは自身で矛盾を感じていない事を理解しつつ返答する。


「あれは封印そのものに触れたからだな。

 それで魔法については、封印に関する内容だけが頭に入ってきたというわけだ。

 だから日記を読む前は知識だけで使うことが出来なかったんだが……」

「今はもう違う、と」

「そうだな。見せた方が早いか。

 『我が望みの間 誰彼も此物を用いる事能わず』――物封印」


 ケヴィンが呪文を唱えた直後、閉じられた日記帳の周りから光が出てきた。


「これでさっきまでと同じになったぞ。

 試しに何してくれてもいい。傷一つ付かないはずだ」

「「「おおー」」」


 ミリアムとマーティンからすれば、日記帳が長い間聖遺物として扱われていたことを知っていただけに感動する他なかった。

 言ってみれば目の前で奇跡が行使されたのと等しいからである。

 アマラだけは単に凄い事が行われた、くらいの認識しかない。だから彼女だけがケヴィンの状態に気付けた。


「ケヴィン様~? お辛いですか~?」

「大丈夫……ではないかな。すまん、今日はもう無理みたいだ」


 そのやり取りで、残る二人がようやくケヴィンの顔色の悪さに気付き心配する


「私としたことが……。

 偉そうな口を叩いておきながら申し訳ありません」

「私もですね……我を見失ってました。

 あっ、もしかしてさっきの魔法で消耗が酷くなったのでは?」


 ミリアムは自分の発言がきっかけでケヴィンに消耗を強いてしまった可能性を考えた。そうであるなら悔やんでも悔やみきれるものではない。

 だがケヴィンは首を横に振る。


「いや、オレにとって、魔法の行使にかかる負荷は微々たるものなんだ。そこは気にしなくていい。

 これは記憶が大量に戻ってきた反動だと思う」

「……分かりました。今日はこれまでにしておきましょう。

 ごゆっくりお休みになって下さい」

「…………ああ、おやすみ――」


 そう言うや否や、ケヴィンから規則正しい寝息が聞こえてきた。想像以上に消耗が大きかったらしい。

 病室の主が眠りに入り、室内は一気に静かになるのだった。







「――さてと。では私も」


 そんな言葉と共に、ミリアムはケヴィンの寝台に入り込もうとする。


「…………何をしているのですか? ミリアム殿下」

「何って。見ての通り聖女の役目としてお側で添い寝をですね」

「わわ。ミリアム殿下ってば大胆っ。

 大丈夫ですよ。何が起きても誰にも喋ったりしませんから!」

「アマラ、煽らないように。

 ……はあ。病院の中で私がそのような事を許すはずがないでしょう。

 別室がありますのでそちらでお休み下さい。いいですね?」

「えー」


6月2日の日記読了後――


 日記の内容を語り終え、ケヴィンは目を瞑りながらそっと顔を上に向けた。

 その表情は何かに堪えるようだった。

 マーティンとミリアムは心配顔となっている。


「ケヴィン様、また昨日と同じ反動ですか?」

「……すまん、これは違うんだ。

 ただ、オレは母さんの事も忘れてたんだなって」

「ケヴィン様のお母様……。

 あの、どのような方だったのか伺ってもいいですか?」


 ミリアムからの質問に、ケヴィンは笑顔を作って答える。

 その顔は少し寂しげだと二人は感じた。


「小さい頃の話だから本当に僅かな記憶しかないんだが、でもはっきり覚えている。

 明るい人だった。いつだって笑いながらオレを抱き締めてくれていたよ。

 オレの銀髪は母さん譲りでさ、アタシに似ていつか広い世界に飛び出しちゃうんだろうねって言ってた。

 母さんが亡くなった時、悲しくてオレは大泣きしたな……」

「ケヴィン様……」

「…………」


 母を思い返すケヴィンの姿に二人はかける言葉を無くす。

 そんな様子を見てケヴィンは努めて明るい態度を出すようにした。


「まあでも、日記のおかげでちゃんと思い出したんだ。

 この事だけでも聖遺物扱いされた甲斐があるというものだよな」

「……ええ、そうです。それだけの価値はあったんです」

「――フフ。ケヴィン様はアマラにもっと感謝しなくてはならなくなりましたね」

「はは。でもなあ、オレ盛大に笑われたからな。イマイチその気持ちが薄れるというか」

「クスクス」


 この場に居ない者アマラを話のタネにして三人の雰囲気は、明るさを取り戻した。


「それじゃ、続けて日記を読むとしますか」


6月3日の日記読了後――


 この日の日記を読み終えたケヴィンの表情は、前の日の分を終えた時とよく似ていた。

 察するに“師匠”という方の事を思い出しているのだろう。

 先程と同じくミリアムは人となりと聞いてみる。


「ケヴィン様のお師匠様はどのようなお方だったのですか?」

「師匠は……厳しかったよ。魔法に関する事は特に。

 でもそれも理由あっての事だ。

 オレが独りでも生きていけるようにという。

 色んな事教わったな……戦い方から遊び、食い物の確保手段まで」


 ケヴィンの表情から、愛情を持って育てられたらしい事が分かると何となくミリアムは嬉しくなった。

 良い気分のまま質問を重ねる。


「話の中でケヴィン様は魚を採っていたようですけど、釣りもお師匠様から教わったのですか?」

「確かに釣りも教わったが、この時魚を採ったのは素手でだな。

 竿も無かったし」


 素手で魚を採るという想像ができないミリアム。

 分からないという表情を出していたのを見てケヴィンは実際に動いて見せた。


「別に難しいことじゃないんだ。

 流れてくる魚の上からこう、ほいっ、てな感じで」


 ほいっ、という言葉とともにケヴィンは腕を横から下に降ろして掬い上げるような動きをした。

 ミリアムにはその動きの後、ケヴィンの腕に弾かれた魚がその辺でビチビチとしながら転がっている姿を想像した。


「何というか。野生の熊さんみたいですね……」 


 一方、マーティンも師弟というものに関して感じる事があるらしく話に加わる。


「いい師匠だったのですね。

 私の師匠筋などは放任主義すぎて学ぶのに苦労しましたよ」

「マーティンの口から苦労という言葉が出るとは……。

 何事にも面白がる性格だと思ってたぞ」


 ケヴィンの言葉にマーティンは苦笑しながら別の話題を出す。


「さすがにそこまで享楽に生きてはいませんよ。

 それにしても6月3日生まれですか。

 ケヴィン様が発見されここに入院されたのも同じ日、何やら運命めいたものを感じますね」

「確かにそうかもな」


 事象の偶然一致に面白がるマーティンと同意を示すケヴィン。

 その“運命”という言葉にミリアムが一際反応して挙手する。


「はい、はい! 私も今16歳です! これだって運命ですよね?」

「そうか? 大体、日記帳見れば分かるが結構な日付分あるぞ。

 今のオレは少なくとも16歳じゃないだろう」

「む~、ケヴィン様は女心が分かってません!」

「一体何を言ってるんだお前は……」


 理解不能な言葉に突っ込むケヴィンと頬を膨らませてプリプリ怒るミリアム。

 だいぶ双方遠慮が無くなってきているようである。

 その光景を微笑ましそうに眺めながらマーティンが一言。


「そもそも記録上では、今のケヴィン様3000歳超えてるんですよね」

「それは言ってくれるな……」


6月4日の日記読了後――


 この日3日目の日記を読み終え、ケヴィンは頭に多少の重苦しさを感じていた。

 表情に出ていたらしく、それを見たマーティンから中断の指示が出る。


「今日のところはここまでにして切り上げましょう。

 焦らず、ですよ。ケヴィン様」

「……そうだな。分かったここまでにしよう。

 休む前に何か聞きたいことはあるか?」


 ケヴィンは二人に確認を取ってみた。頷き返す二人。

 やはり聞きたい事があったようである。


「それで、ミリアムが聞きたい事とは?」

「えーと、前の日の日記の話に出てたようにお師匠様の修行は厳しかったそうですが、それってどのくらいなのかな、と」

「それは私の質問とほぼ同じですね。一緒に答えて頂ければ」

 

 この時代の魔法は簡単お手軽だ。ただ使うだけなら修行など必要としない。

 古代の、それも最高と称される人たちがどのような事をして人を超える力を持つに至ったのか、という興味から出た質問。

 そしてそれに対する返答は予想外に酷いものだった。


「そうだな……一番キツかったのはかな。

 魔法体感って修行方法。師匠が繰り出す魔法をこの身で受けるってやつだった。

 いや、ホントキツかったな。何度か死にかけたし」


 軽く答えるケヴィンに対して、ミリアムとマーティンは開いた口が塞がらない。


「…………ケヴィン様、当時子供ですよね? 虐待では?」

「え? 修行だよ修行。

 防御魔法掛かってたし、師匠は治癒魔法も得意だったから傷一つ残ってない。マトモだろ?」

「絶対にマトモじゃありません」


 人を超えるには、人として大事な何かを失わなければならないのか。

 これ以上考えるのはやめよう、とミリアムとマーティンは頷きあうのだった。

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