よく知られた手と初めての手をもって事を成して笑う男

「いい顔をしているな」



 戦国乱世、この時代の武将のほとんどには男色の趣味があった。無論直家とて例外ではない。そしてその男色の趣味の没入の程度、言うなれば性欲の多寡に差があったのは当然の話であろう。ちなみに直家はそれほど執心はしていない。


「それでだ」


 その直家が今は美男の家臣を呼び寄せてお主なればこそと耳元で囁いていた。何らかの情事があるのを想起してもおかしくはない光景だ。





 しかし、その家臣は翌日直家に足蹴にされていた。


 夜の仕事が下手だからと言ってそこまでするのか?それが常識的な考えと言う物だろう。

 そしてその家臣が翌日、直家の居城を去った。何をやってるんだかと笑うのがこれまた道理と言う物であろう。


「噂が届いていたがどうやら本当らしいな、全く災難な事だな」


 その家臣、岡清三郎が直家に憤ってちょうど今宇喜多軍と戦をしていた税所元常の所へ逃げ込んだのもまた当然の話であろう。


「必ず一泡吹かせてやりますゆえ」


 岡清三郎のその言葉に、嘘偽りはなかった……そう確かに、偽りはなかった。


 常識的、道理、当然、嘘偽りはない。こうやって羅列されている言葉はどれもこれも綺麗な物ばかりである。


「綺麗な男に魅入られて幸福だろうな……元常も。まあひと時の夢を味わっても罰は当たるまい」


 自分と違って男色を好む所の強い元常は岡清三郎に溺れた。いや、直家が溺れさせたのだ。








「確かに言いました、一泡吹かせてやると……」

「宇喜多直家にとは、一度も言っていない……………」

 岡清三郎は元常の首級を持って、直家の元へ帰って来た。


 …………全てはそういう事なのである。


「痛くなかったか?」

「正直に申し上げますればいささか」

「それは詫びる。いやよくやってくれた」


 直家はまた笑っていた。己が策が綺麗に的中したのであるから当然ではある。


 だがその笑みには不思議なほど暗さがなかった。忠臣を敵国に送り込んで相手を誘惑し滅ぼす、そう聞くと冷酷であるが清三郎に直家に対しての厚い忠義がなければ成り立たない策であり、直家と言う人間がそういう人間であった事を如実に語っている。




※※※※※※※※※




「全く、面倒だな」

「三村ですか」


 それで直家の娘婿・後藤勝基の居城に備中の三村が攻めて来たのは一年前である。


 島村盛実を殺してから六年の時が経ち、尼子はもはや風前の灯であり、備前に本格的に毛利の手が伸びて来るのは時間の問題であった。


「三村家親はあの毛利元就から認められたと噂の男。ほぼ毛利の配下でしょう」

「そう、確かに三村家親と言う男は厄介だ。しかしな、三軍は得やすく一将は求め難しと言う」


 暗殺。直家の言葉からその二文字が想起されるのは道理であった。


「されどどうやって。また誰か刺客を」

「傾国の美女は大陸でも使われていた方法……私の頭の中にあるのは、この国でまだ誰もやった事のない方法だ。何、そんなに奇異な方法ではない。これから先珍しくなくなるかもな」


 家臣が誰もやった事のない方法と言う言葉に色めき立つ中、直家は平然とそう続けた。

 確かに今まで誰もやった事がないとなれば対策の取りようはない。必然的に成功の可能性も高くなる。


「されど」

「何だ」

「それをやれば三村は本気でこの宇喜多を目の仇にするのでは、そして」

「毛利はそんな浅薄ではない。三村は小早川や吉川ではない」


 毛利の配下である三村を討てば毛利は本気で宇喜多を攻めて来るのではないか。そういう危惧を表明する言葉もあったが直家は一蹴した。


「何、昨年娘婿の城を攻められた仕返しをするだけだ。どっちもどっちと言う物だ」


 そして直家はまた笑みを浮かべた。


 今度の笑みは歪んでいた。




※※※※※※※※※




 三村家親は美作にいた。

 尼子は程なく滅ぶ、そうなれば出雲も毛利の物になる。その時に備え美作にも足場を築いておきたい。毛利のためにも、三村のためにも。


 もちろん、そうあっさり美作侵攻が進む物でもない。二月と言う事もあり、いくら西国とは言えど山国の美作は夜にもなると寒い、寒い中戦果が上がらないとなれば士気も萎えてしまう。


「酒宴を開いて慰労せよ」


 その流れになるのは必定であったろう。家親以下、三村軍の将兵は酒に酔い痴れた。


「奇襲への備えはしておけよ」


 これもまた当たり前の言葉である。だがこの時、家親の頭の中にどれだけの想定があっただろうか。


 数百の兵による夜襲か、あるいは腕利きの忍びを数人送り込んでの暗殺狙いか。せいぜいそんな所であっただろう。



 二月の夜は早い。夜の帳が落ちてほどなく、家親は酒を飲み始めた。


 歴史にもしはないが、もし家親がこの暗殺方法による被害者の第一号でなかったら、家親は無事だったかもしれない。


 確かに直家の編み出した暗殺方法は画期的ではあったが、所詮彼は創始者であり経験はなかった。


 もちろん道理としてそれをしては危ないと言う事を教え込む事はできたが、かと言って後世に行われたそれと比較して巧緻であったとはとても言えないであろう。



 とにかく、暗殺は実行に移された。



「おい誰だこんな時間にっ…」



 家親はそこまで言ったきり倒れ込み、そして二度と息をしなかった。


 暗殺は成功したのである。





「………味な真似をするな」


 だが直家は暗殺成功の報告を容易に信じなかった。


 大将が死んだのならばなぜ三村軍が整然と撤退したのか、どうにも信じ難かったのである。家親の弟親成が機転を利かし兄の死を秘匿して撤退を行いそして退却に成功して初めて家親の死を公表したのだ。


 その顔には苦笑いが浮かんでいた。


「とにかくだ、家親がいれば蹂躙されていたであろう美作の城を救った功績は大きい。よくやってくれた」


 しかし暗殺に成功した遠藤兄弟の手を握る時の直家の顔に浮かんでいたのは、一転朗らかな笑みであった。


 …………とにかくいずれにせよ、此度も直家は笑みを絶やさなかったのである。

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