第7話 さらなるピンチ!


「ああああああクッソ!」


 俺がイライラとうなだれを繰り返していると――。


《冒険者アラート》


《ダンジョン内に冒険者が侵入しました!》


 などという謎の音声が、ダンジョン内に響きわたった。


「なんだ? 今の?」


 イストワーリアが答える。


「ああ、ダンジョンAIさんのアラートですね。冒険者が現れると、お知らせしてくれるんですよ。魔物にしかわからない音声で」


「ほう……そいつは便利だな」


 そういえば【ダンジョンズ】にも同じような機能があったな。

 あっちは単純なメッセージと雑な音声だけだったが。


「ん? ちょっと待てよ。俺たちって今、攻められてる??」


「ですね」


 イストワーリアはなぜか照れくさそうにはにかむ。


「これって、ピンチなのでは?」


「そうですね」


 俺はさっきこのダンジョンの仕組みや、自分の現状を理解したばっかりだ。

 まだ何も準備ができていない。

 みたところ、ここには俺とイストワーリアしかいないようだし……。

 こんなんで戦えるのか……!?

 なんだか緊張してきた。


「あれ? イストワーリア、なんでそんなに落ち着いているんだ?」


 イストワーリアはいつものように、人形のように綺麗な顔で澄ましている。

 まるで自分の命などかかっていないかのように。


「所詮このダンジョンは『始まりのダンジョン』ですから。簡単に攻略されてしまうのが初めからわかってるんですよ。大した戦闘力のない私には、お似合いの運命です」


「っく……! んだそれ……!」


「…………? マスター?」


「お前、本当にそんなんであきらめきれんのかよ! 魔王だかなんだか知らねえが、上から命令されて……。それで最初に殺されるような役目、受け入れられるのかよ!?」


「…………私は、龍とエルフのハーフで、そもそも魔族や魔物からは、敬遠されているんです。そんな私にも役目を与えてくださって、魔王様には感謝すらしています」


「…………んだと!? ダメだ……! そんなんじゃダメだ!」


「マスター……」


 俺は、結局勇者には選ばれなかった男だ。

 しかも、《憑依者》なんてわけのわからない職を背負わされて、魔族扱いされて殺された。

 でもそれは、運命なんかじゃない。


 俺はこうして、スライムの身体でだが……生きている!

 運命は変えられるんだ。

 俺は、運命に負けたなんて絶対に認めねぇ……!


「イストワーリア……準備しろ。俺とお前だけで冒険者を迎え撃つぞ。運命なんてクソくらえだ。絶対に、俺がお前を幸せにしてやる!」


 幸い、俺には人間だった頃のスキルが使える。

 そう酷い結果にはならないだろう。


「マスター……! ありがとうございます。私、マスターの言葉に感動しました!」


 こうして俺たちは、まったくの準備もなしに、冒険者を待つことになった。

 イストワーリアの話によると、ダンジョンはさほど広くなく、ほんの数分でここまでやってくるだろうとのことだ。

 上等だ……。

 俺が、返り討ちにしてやる――!







「ここが最奥か……けっこう楽なダンジョンだったな」


「ああ、俺たちギギル村の冒険者にとっては、楽勝さ!」


「それよりお宝はどこかしら? さっさとこんなジメジメした場所からは抜け出したいわ」


 俺たちの前にやってきたのは、3人組の冒険者パーティーだった。

 所詮は田舎出身のパーティーって感じで、たいして強そうではない。

 だが、弱いのは俺たちも同じだ。


 俺はいわゆる『最初のボス』ポジションなのだろう、こいつらにとっては。

 各地の村の近くには、そういった弱めのダンジョンが存在するものだ。

 その理由についてはよくわかっていないらしく、学者の間でも意見が分かれているそうだ。


 それにしても……ギギル村とか言ったな、こいつら。

 聞いたことない村だな。


「おい貴様ら! 俺がここのボスだ! よく来たなぁ! だが、生きては返さねえぜ!」


 俺はダンジョンのボスらしく、威勢よく前に立ちはだかった。

 我ながらかっこよく決まったと思っていたのだが……。


「ん? なんだこのスライムは……?」


「弱そうだな、やっちまうか」


「そうね……! さっさと殺しましょう!」


 冒険者たちに、どうやら俺の言葉は通じないようだ。

 そうか、イストワーリアは魔物だからスライムの言葉がわかるが、こいつら人間にはわからないのか。

 ならば俺も、人間の言葉を話してやろう――。


「《変身メタモルフォーゼ》――!」


 俺はメタモルスライムの固有スキルである《変身メタモルフォーゼ》を放った!

 コピーする対象は冒険者パーティーの中で一番攻撃力の高そうな戦士風の男だ。


 俺の身体がそいつそっくりに作り替わる。

 もちろんステータスなどの能力値も、そのままコピーして使用可能だ。


「うわ! なんだコイツ、ダンに変身しやがった!?」


「キメェ! 俺の顔をしていやがる!? 俺ってこんな不細工だったのか!? もっとイケメンだろ!」


「あんたはあんなもんよ……。現実をみなさい」


 散々な言われようだな……。

 だが、これで俺も戦える!


「うおおおおおおおおお!」


 俺は冒険者たちに向かって斬りかかる。


「っく……! 返り討ちにしてやるぜ!」


 そこで俺はとんでもないことに気がつく……。

 俺と敵パーティーのダンという男の戦闘力はちょうど同じだ。

 そして敵は3人いる……。

 ということは、俺はどうやっても勝てないんじゃないか……?


 メタモルスライムというのは、そういうザコ敵だ。

 一対一だとほぼ最強だが、複数相手だとその性質上、勝つのは難しい。

 だから、初心者向けのダンジョンのボスとしてはちょうどいい強さなのだろう……。


 ――ズバ!


 ――シュバ!


 ――ザシュ!


「よっしゃあ! ザコだな!」


「あ…………」


 俺はその場に倒れる。

 スライムだからか、血は流れない。

 だが、確実に痛みがあるし、ダメージを感じる。


 イストワーリアが駆け寄ってくる。


「そんな! マスター!」


「ん? なんだこの娘? 魔物に捕えられていたのか?」


「違います! 私はこのダンジョンの副管理者です!」


「なに!? キサマも魔物か!? なら倒すしかないな!」


 クソ……!

 俺はあんなことを言っておいて、イストワーリアを護れないのか……!?

 せっかく憑依で生きながらえたのに、また死ぬのか!?


「はっはァ! ダンジョンのボスを倒したぞ!」


 冒険者たちのそんな声が聞こえる。

 だんだん意識が薄れていく……。


「おいこの娘、可愛いから殺すのはもったいないな……ぐへへ……」


 まじかこいつら……。

 イストワーリアをそんな目でみるんじゃねえ……!

 なんとかしないと、イストワーリアが襲われてしまう!


 俺は最後の力を振り絞って、唱えた。



「《憑依》――――!」



 スライムの特殊な発声器官で、俺はそう唱えた。

 そして俺の魂は、スライムの肉体を離れた――。

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