第5話 「Welcome To The Dungeon」


 気がついた時、俺の身体はスライムだった。

 だが、一般的な青色のものではなく、紫色の特殊なボディ。


「これは……メタモルスライムだな」


 俺は冒険者として培った知識からそう判断する。

 念のため現状確認もかねて、スキルを発動する。


「《モンスター図鑑》――!」



■メタモルスライム


 あらゆるものに姿を変え、擬態する。

 変身コピー能力を持っているスライム。

 見た目だけでなく、能力までトレースする。



「ほう……憑依しても、前の身体のスキルを使えるのか。これは便利だな」


 それならば、アイテムボックスなどのスキルも問題なく使えるといわけだ。

 俺がユノン・ユズリィーハとして集めてきた様々な物が、そのまま引き継げる。

 生きてきたことが無駄にならなくて、少しホッとする。

 そうだ、俺の元の身体は……死んだのだ。


 俺がしばし物思いにふけっていると――。



「そんなところでぼーっとして、どうされたのですか? マスター。お体の調子でも崩されたのでしょうか。私がマッサージをして差し上げますね」



「は……?」


 俺の見間違いでなければだが――。

 そこには真っ白な肌に真っ白な髪、神々しいまでに清楚な女の子がいた。


 胸はそこそこ控えめだが、スタイルがこの世のものとは思えないくらいに整っている。

 顔もそうだ……どの人種とも似つかないが、間違いなく今までに見たどの女性よりも整っている。

 ただ整っているだけじゃなく、どこか幼げで庇護欲を掻き立てられる。そんな顔だ。


 しかも身に着けている衣装は、下着なんじゃないかというくらいに薄い生地でできていた。

 白銀のドレスとも下着ともわからないは、レースの飾りで彼女をさらに美しく見せている。

 それにしても肌の露出が多すぎて、見てもいいのか不安になる。後で大金を請求されたりしないのだろうか?


 なんて、一瞬のうちに思考が加速するほど、彼女の見た目は筆舌に尽くしがたく……。

 俺はあっけにとられ、見とれてしまった。


「ああ、マスターおかわいそうに」


「はい?」


「また私のことをお忘れになってしまわれたのですね? スライムの小さな脳では、それも仕方のないことです」


「んんん?」


 なんだかさらっと馬鹿にされたような気がするが。

 まあいい。馬鹿にされたのはスライムであって、俺ではないのだ。

 とにかく知らない顔をして聞いていれば、いろいろ情報が得られそうだぞ。


「では、一から説明しますね? マスター」


「う、うむ……」


 そもそもマスターってのはなんなんだ。

 そしてそもそも、俺のこの声はちゃんと聞こえているのだろうか?

 スライムの発声器官の仕組みとか、いまいちよくわからん。


「聞こえていますよ? マスター」


 彼女は俺に満面の笑みを返す。


「う……」


 ――ドキ!


 それだけで、思わず惚れてしまいそうになる。

 だが、とりあえず意思の疎通は可能みたいでよかった。


「まず私の名前は、イストワーリアです。リアとお呼びください」


「わ、わかったよリア」


「それから、あなたはこのダンジョンのマスターです。私はマスター補佐で、副監理者です。マスターに尽くし、すべてのサポートを仕事としています」


「……ん? ちょちょちょ、ちょっと待って!」


「はい……? なにか問題がありましたでしょうか!?」


 リアは俺の前で前かがみになって、心配そうに慌てる。

 やめろそんな体勢になるんじゃない、そんな服で!

 俺の言葉にいちいち大げさに反応するあたり、ここでの上下関係の重要性がよくわかる。


「いや、リアに問題はないんだが……。今、ダンジョンと言ったか?」


「はい、ここ『始まりのダンジョン』のダンジョンマスターが、あなたです! マスター」


「…………」


 つまりあれか……俺は、のボスキャラに憑依してしまったというわけか……。

 ヤバい……。

 このままだと確実に殺される。

 しかも、勇者ギルティアの手によって……!


「逃げる……!」


 俺は急いでその場を離れようとする。

 スライムの身体だから、ぷるんと跳ねて移動する。

 だが、慣れない動きのせいで、あっという間にイストワーリアに捕まってしまう。


「ダメですよマスター! マスターは魔王様から、ここの防衛を任されているんですから! お疲れのようでしたら、私がいくらでも癒して差し上げますからっ! 逃げないでください」


「わー! わあああ!」


 俺が大声で暴れているのは、なにも捕まえられたのが悔しくて鳴いているのではない。

 イストワーリアに全身を羽交い絞めにされているからだ。

 スライムの身体は全部がぷるんぷるんの皮膚でできている。

 その俺のぷるんぷるんが、イストワーリアに抱きしめられて、イストワーリアの別のぷるんぷるんとぷるんぷるんで……もう大変な感触がぷるんぷるんでぷるんぷるんなのだ!


「暴れないでください、マスター! 今日はどうしたんですか! もうすぐ人間が攻めてくるからって、ナーバスになってるんですか!?」


「いや違う! お前がそんなにキツく抱きしめるからだああああ!」


「…………? なにを言ってるんですか! ぎゅーっとしてないと逃げるんでしょう?」


「いやもう逃げない! 逃げないからぁ! 放してくれお願いだ!」


「もう……本当ですか? 約束ですよ?」


 そしてようやく俺は解放される。

 ダメだ……。

 あのままだと精神が持たない。

 危ないところだった……。


「とにかく、あらためて……ダンジョンにようこそ! マスター?」


「お、おう……」


 まあまだ、俺はここに骨を埋める気になったわけじゃないがな。

 隙を見て《憑依》を発動させて逃げてやる。


「じゃあ他にも説明することがありますので、DMダンジョンメニューを開いてもらえますか?」


「あ、ああ……」


 なぜだか俺は、その言葉に聞き馴染みがあった。


DMダンジョンメニュー・オープン!」


 そこにはダンジョンの管理に必要な、さまざまな項目がずらっと並べられていた。

 ぱっと見た感じだと、DPダンジョンポイントと呼ばれるポイントを消費して管理していくシステムのようだ。


「あれ……? これって……」


「どうされたのですか、マスター」



「俺はこれを、ぞ……」



 そう、そのDMダンジョンメニューのレイアウトや、システムは――。


 ――俺の大好きなゲーム【ダンジョンズ】のシステムそっくりだったのだ。


「はは……まさかな……」


 そう思って、とりあえず適当な項目をタップする。

 操作感も、【ダンジョンズ】そのままだ。


 俺は『ダンジョン管理』の項目を開いた。


 すると、メッセージが大きく表示される。

 そのメッセージの書体も、ゲームで見たのとまったく同じだった。


「うっわ……マジかよ……」









――――【Welcome To The Dungeon!】

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