追憶と人類の証

秋村 和霞

第1話

 瓦礫の街を行く。


 人は誰もいない。いや、人だけではない。動物も虫も、雑踏の植物でさえ存在しない。ただただ、かつて人間が作り出した文明の残滓だけが無残な姿で積みあがっていた。


 大気に漂う有害物質や、空から降り注ぐ死の光を防ぐために、僕は宇宙服のような防護服を着ており、これがとても動きずらい。もともとこの服は大人のサイズに合わせて作られているのだから、まだ子供の僕の動きは輪をかけて鈍い。


「シオンのヤツ、ドローンの一つでも貸してくれればいいのに」


 思わず呟く。彼女は自分の作業用に、大量のドローンを所持していた。僕がこんな大変な思いをしているというのに、シオンは快適な部屋でロボットや僕に指示を出すだけ。不満もこぼれるというものだ。


 しかし、もしもドローンを貸与されたとしても、それを使いこなす自身は無い。シオンはよく分からない画面を操作してドローンを制御していた。対して僕は、筋金入りの機械音痴だ。


 だが冷静になって考えてみると、この仕事だって僕がやる必要は無い。紙の辞書を見つけて持ってこいと言うが、彼女の所有する探査ドローンでも回収は可能なはずだ。一体どうして僕はこんな苦労を強いられているのだろう。


 不満は湯水のごとくあふれ出る。しかし、そんな事を考えた所で辞書が見つかる訳ではない。僕は一歩一歩、歩みを進めながら瓦礫を漁る。


 防護服に内蔵された強化アームで瓦礫を退かす。その下からは、様々人工物が見つかるが、そのほとんどは風化が激しく、使い物になりそうな物は無い。ましてや、辞書というピンポイントなオーダーに答えられる自身は全くない。


 それでも、僕は瓦礫を漁る。それ以外に、僕ができることは無い。


「……ゲゲェ。やっちまった」


 僕は瓦礫を退かして、あるものを見つけてしまう。


 死体だ。


 人類の崩壊宣言後の死体だろうか。乾燥によりミイラ化しており、人間だった頃の原型を留めている。決して珍しいものではない。コールドスリープ用のシェルターに逃げ込まなかった人間の末路としては、ありふれたものだろう。


 僕はその場を離れようとしたが、死体の羽織るジャケットのポケットが膨らんでいる事に気づく。何か使えるものかもしれない。


「……でも、近寄りたくないなぁ」


 人間の死体というものは、どうも嫌悪感を感じさせる。ましてや、半ミイラ化した死体など、白骨化死体よりも気持ちが悪い。いつか自分もこうなるのだと、まざまざと見せつけられているような気がするからだ。


 しかし、このまま手ぶらで帰ればシオンに小言を言われてしまうかもしれない。この防護服だって、起動させるのに貴重な電力を使用している。たとえ辞書が見つからなくても、何かしら使える物を持ち帰らなければ。


 仕方がない。僕は死体に近寄り、ポケットへ手を伸ばす。


「ごめんなさい。化けて出ないでくださいね。できれば夢にも出てこないでください」


 僕は物言わぬ亡骸に謝りながら、ポケットの中身を取り出す。


 紙の本だった。


 表紙のカバーは無く、手の平に収まるサイズ。年季の入ったページを開いてみると、細かい英文字がびっしりと印字されていた。


「英語かあ……」


 僕は英語が読めない。だから、この本に書かれている事も分からない。たとえこれが辞書だったとしても、僕には判別つかない。


「……すいません、これ貰っていきます。友達が欲しがっているものかもしれないんです。ええと……なむあみだぶつ」


 おぼろげな記憶から死者の弔いを記したマニュアルを掘り出し、僕は死体に向かって手を合わせてから帰路につく。


 町のはずれに置いた反重力バイクに乗り込み、帰る為のボタンを押すと、車体が僅かに浮遊して動き出す。シオン曰く、最も人類が繫栄していた時代の物だというこれは、予め設定したポイントへ自動走行してくれる為、機械に疎い僕でも扱うことが出来た。


 砂嵐で不明瞭な視界の中、僕は世界を思う。


-----


 人類が終焉へと歩み始めたのは、僕が生まれるずっと前の事だった。宇宙の果てからやって来た、巨大な隕石が地球に衝突したらしい。


 地球に住む多くの生き物が、その時に息絶えたのだという。残された僅かな生命も、隕石の衝突により変化した気候について行けず、急速に数を減らしていった。


 そして人類は、これ以上存続するのが難しいと考え、人類の崩壊宣言と共に人類再興計画を実行に移す。これは生き残った人々を地中深くのシェルターに集め、冷凍保存して生き長らえさせ、地球が再び人間の生きられる環境に戻るのを待つというものだ。


 僕やシオンが生まれたのは、人類が存続を諦めた崩壊宣言後の世界だ。つまり、生まれながらに後の世界を背負う事を期待され育った。


 そして、その期待に応えるべく、地下シェルターへ連れて行かれ、僕の肉体は冷凍保存された。次に目覚めた時、絵本や写真でしか知らない地球が見られるのだと期待して。


 しかし、その期待は呆気なく裏切られた。


「起きなさい。お目覚めの時間よ」


 その言葉と共に僕の意識は覚醒した。コールドスリープの最中に夢を見ることは無いと言われていたが、僕はなんだか長い悪夢からようやく解放された気持ちだった。


「……おはよう、シオン」


 僕は冷凍保存のピットから体を起こした。起き上がろうとするが、手足がかじかみ、体のバランスを崩す。シオンが素早い動きで、転倒しかけた僕の体を抱きとめる。


「冷た!」


「さっきまで凍ってたんだから当たり前じゃん」


 照れ隠しに口を尖らせつつ、シオンの体の温かさに心臓の動きが早まる。しかし、周囲を見渡して二つの異変に気付く。一つは、シオンが別れた時よりも大人びて見えた事。そしてもう一つは……。


「どうして僕とシオンだけしか目覚めてないの?」


 だだっ広い倉庫のような空間には、無数のコールドスリープのピットが棺桶の様に並んでいた。しかし、それらのうちの大半は未だに稼働し続けているように見える。


 しかし、シオンは僕の質問に答えず言った。


「ねえカズラ。私が宇宙に行く手伝いをしてくれない?」

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