第19話 箱庭 #3

――勇者の探索は、一筋縄では行かなかった。


この世界では、人間は広大な大地に点々と大小の街や村を形成していた。あちこちに人が溢れる世界を知っているルナから見ると、ずいぶんと寂しく思える。


既に、アイは時計台の街から消えていた。そして、その旅の行き先を知っている人も見つからなかった。

時計台の街に近いところから手当たりしだいに人里を捜索しても、勇者の痕跡すら見つけることができなかった。

城に帰る時間を惜しみ、夜になれば旅人を装って適当な街に宿をとる。ルナはオシリスの背に乗って、毎日あちこち飛び回った。


ルナは、だんだんと、干し草の山から針を探しているような気持ちになってきた。


「――もう、暗くなってきたね」


ルナとオシリスは山間の街を歩いていた。

豊かな山の恵みを享受して、人々の穏やかな暮らしが積み重ねられた、それほど大きくはない街である。森に近い緑豊かなその街は、ルナに故郷の田舎を連想させた。

ただし、森の深部には決して近付かないようにと、皆が口を揃えて注意した。


「ええ。今日はここに泊まることにしましょう」


そう答えるオシリスは、再び人間に変装している。人間を驚かせないように、角と尻尾と翼を魔法で透明にして隠しているのだ。

ルナも異世界の服装であるが、今回は事前にしっかり釘を差しておいたので、姫ファッションではなく、あくまでも普通の動きやすい服を用意してくれていた。オシリスは不満そうであったが。


だがオシリスが隣で眉を「ハ」の字にしている理由は、ルナの服装の件ではないようだ。


「ルナ様……今日だけで、もう三つ目の街です」

「ごめんねオシリス。ほんとに、城で待っててくれてもいいんだよ」

「いえ……クラーケン狩りと【黒竜】の一件で立て続けにおかした失態、元気だけが取り柄のオシリスも学習しました。もう危険のある場所では、お側を離れません!」


オシリスは「ぐっ」と拳を握って力説する。


「あたし、ちゃんとすれば強いっぽいから、大丈夫だと思うけどなぁ」と言いながら、ルナはオシリスの見えない翼を指でつついた。「確かに移動は助かるけど」

「オシリスはルナ様と空を飛ぶのが好きですから」


その言葉に乗せるように、そよ、と頬にかかる風を感じた。喋りながら翼をパタパタさせているらしい。


「ランキング一位のやつだ」

「その上、ルナ様のお役に立てるとなれば、ご一緒しない理由はありません。先程の言葉はそういう意味ではなく……」


と、オシリスはため息をついて、街を見渡した。


「世界のどこにいるかわからない人間を探しだすなんて、さすがに無茶です」

「さっき、剣を持った女の子を見た、って人がいたじゃない。今度こそアタリかも」

「ルナ様……二日前の街で似た話を追いかけた結果、どうなったかお忘れですか?」

「ちびっ子が、いい感じの棒を振り回してたねぇ」


その時のことを思い出して、ルナはくすりと笑った。


(でも、もしかすると本当に……)


こんなやり方では、いつまでもアイに辿り着けない気がしてくる。

いや……そもそもアイは、もう旅を続けていないんじゃないか?

たとえば――この世界では「悪を憎んで旅に出る」というのはよくある話で、ルナの世界で言えば思春期の家出みたいなものだ、とか。今頃は故郷に帰って、あったかいスープでも飲んでいるかも知れない。


勇者なんて夢物語を追いかけるのはやめて――平和な、ありふれた日常を。





――風に乗って、ピアノの音色が鼓膜を撫でる。


「……?」


その音に不思議と心惹かれるものを感じて、ルナは立ち止まった。


「ルナ様?」


オシリスの声に応えずに、ふらりと、音の聞こえる方向へ歩を進める。


ピアノの音色に導かれて進み、角をいくつか曲がったところに、レストランらしき店があった。

音はレストランのテラスに設置されたピアノから流れ出していた。演奏しているのは金髪の女である。年頃は二十歳前だろうか。その外見から、アイではないことは確実だ。

だが、何故かルナはその女性から目を離せなかった。


「どうしました?」と、ルナに追いついたオシリスが問う。

「……うん、何だろう。綺麗な音だなって」


そのうち、演奏が終わったらしい。

聞き惚れていたルナは、他のレストラン客の拍手に釣られてぱちぱちと手を叩く。演者の女の子は立ち上がって、周りにお辞儀をしていく。彼女は律儀にルナの店外からの拍手にも一礼で答えた。


顔を上げる瞬間、青い瞳がルナのそれと交差する。


その時。


「――ミーシャ、お疲れさま!」


店の奥から女の子が走り出て、金髪の女――ミーシャ――に、勢いよく抱きついた。

その少女の姿を見て、ルナは思わず声を上げる。


「――アイ!」


それは――ルナが探し求めていた少女だった。

一年越しに見るその姿に、もはや少年に見間違う余地はない。だがそこに残る面影は、確かに自称勇者の少女・アイだった。


「え……? ええっ、ルナ!?」


ぐっと女の子らしい成長を遂げた勇者アイが、目を見開いてルナを見つめ返した。

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