第4話 ウンディーネの好奇心




 俺とアトラの前に現れたのは、水の女神の眷属だと名乗る、水の大精霊、ウンディーネだった。

 

 ウンディーネといえば水の大精霊としてメジャーな存在だが、水の女神の眷属ときたか。


 人型の水の塊から、人の姿に変化したウンディーネ。


 肌は薄い青色だろうか。肌よりも青く美しい、腰まで伸びた長髪を毛先で纏め、身に着けているのは胸に巻いた青い布と、スリットの入った青いロングスカートだけだ。

 モデルのようにスラリとした体形に、美しく見える切れ目は、見る者を魅了しそうだな……。

 というかスタイルが良すぎて、胸や、スリットから見える足に目がいってしまう。

 

 ……そんなことを考えてる場合じゃないな。衣服類や装飾は魔法で作ってるのか?


「どうした、そんなにジロジロと見て。何かおかしなところでもあったか?」

 おっと、まじまじと見過ぎたな。

 

「いや、見慣れない物を見ると、好奇心で見てしまうというか……気を悪くしたなら謝ります。すみませんね」

 頭を下げて謝っておこう。少しでも友好的な関係のために、不快になるような視線を送らないよう気を付けないといけない。


「そうか、私もお前を好奇心で見に来たからお互い様だな。ところでそのコボルトは肉にはしないのか?」


「肉?」

 まさか解体しろってことか? 俺にそんな技術も道具もないぞ。

 それよりもやりたくない。人型に近い存在を解体するのは……生理的にも、俺の中の形容しがたい気持ち的にも、ダメだ。


「テイマーならスキルで、魔物の肉を使ってテイムミートを作ることができるぞ」

 とんでもない情報が出てきたな。テイムアイテムの入手方法がわかったのは大きい。

 そしてコイツらは魔物なのか……てっきり亜人の類だと思ったんだがな。


 魔物であり、テイムミートの材料になるということなら、自分の感情を殺してでもやるべきことなのかもしれない。いや、やるべきだ。どんなことをしても、俺は元の世界に戻るんだからな。

 だがその前に。


「なるほど……一つ聞きたいんですけど、スキルってなんですか?」

 スキルといえば、ゲームなら魔法や必殺技のアクティブスキル、耐性など常時発動しているパッシブスキルなどがあるが、この異世界でのスキルとはどんなものだ?


「スキルとは、神が与えしクラスの力の一つ。中にはギフトと呼ぶ者もいるな」

 つまり、クラス自体が神から与えられた力ということか。

 地球ではスキルなんて、自力で獲得する資格みたいなもんだったし、最初から何もせずに獲得できるのは羨ましいね。


「神の祝福ですか……」


「そうだ。スキルの面白いところは、同じクラスを持つ者でも、スキルは異なったものが与えられていることが多い」

 まさかのスキルガチャか? ハズレスキルを引いた日には目も当てられないな……。

 いや、悲しいかな。俺自身がテイマーというハズレクラスだったから棄てられたわけだし、目を背けられる立場でもないか。


「……異なったスキルを与えられるということは、俺にはそのテイムミートを作るスキルが無い可能性があるのでは?」


「その点は心配するな。クラス固有のスキルは必ず与えられているはずだ。そこに更に追加でスキルを与えられているかが重要だ。スキルの確認は宝珠で行うのだが、ダンジョンの最深部や、遺跡に眠っている貴重な魔道具らしいぞ」

 なるほどな。クラス固有のスキルは存在するのか。

 で、あとはスキルガチャでどれだけ良いスキルを引けているかが、そのクラスとしての格になるんだろうな。


 召喚した直後に調べられなかったようだが、調べなかったということは、それまでほとんどが同じようなスキルだったから、わざわざ調べる必要がなかったんだろうな。

 そして同じようなスキルで捨てられたということは、テイマーには捨てられるような微妙なスキルしかなかったと推測できるんだが、大丈夫かテイマークラス……いや、大丈夫じゃないから棄てられたのか。

 

 だが自分で自分のスキルが分からないのは不便だな。

 ゲームならコマンドを開いて確認できるが、そんなコマンドを開くことはできない。

 その宝珠も貴重そうな物だし、そう簡単に確認はできなさそうだ。どうにかして確認する術を見つけないとか。

 そうなるとやはり人里を目指すことが第一になるか。


「分かりました。でも俺には動物を解体することはできな――」

「キ! キ! キ!」

 アトラがピョンピョンジャンプしてアピールしているが……。


「……アトラ、解体できるのか?」


「キ!」

 両脚を上げて力こぶを作るように構えている。

 どうやらやる気満々のようだ。それなら任せてみよう。


「分かった、それじゃあ……解体を頼む」

 動物の解体でもキツイのに、人型に近い体の解体を見続けるのは俺には無理だ。

 すまないがあとは頼んだぞ、アトラ。俺は俺でやるべきことをやる。


「それで、スキルでテイムミートを作れるといっても、どうすれば作れるんですか?」


「そんな畏まった話し方をしなくてもいい。それはお前ではないのだろう?」

 ウンディーネが見透かしたような笑みで俺を見ている……。

 

 このウンディーネ、この僅かな時間で俺という人物を見抜いたのか……? まさかな。

 いや、異世界なんだ、見透かせるようなスキルとかがあるのかもしれない。


「初対面の相手にはこう接するのが礼儀だと思ったんだが……そう言うなら遠慮なくさせてもらう」


「貴族や王族以外にそんな態度をしていたら舐められるぞ? 初手からその態度で挑むがいい」

 どうやら俺にアドバイスをしてくれているようだが、一体狙いはなんだ?

 

 ウンディーネは自分で水の大精霊と言っていた。

 個人的な感想だが、往々にして精霊は気まぐれな存在だと思っている。その気まぐれで殺されるかもしれないし、友好的に見えても油断できない相手だ。

 大精霊なら猶更危険な存在だ。なるべく機嫌を損ねないよう、敵対しないように気を付けよう。


「……分かった。気を付ける。それで、どうすればスキルを使えるんだ?」


「肉の前に手をかざして、スキル<クリエイト・テイムミート>と発声すれば、肉の量が足りていれば、魔力を消費して発動するぞ」

 発声ということは、いわゆる詠唱のようなものか?

 

 そして魔力。異世界魔法の定番だな。俺にもその魔力が宿っているのか……にわかには信じがたいが、ウンディーネはこんなことで嘘を言うようなタイプでもないだろう。

 

 解体は……まだもう少しかかりそうか。頑張れアトラ。


「それでお前は、何故この森に捨てられたのだ?」


「……勝手にこの異世界に召喚されて、テイマーは既に大量にいるから必要ないって感じで、かえしてやるって言われてこの森に棄てられたんだよ」


「はっはっは! お前は異世界の人族だったのか!」


「ああ」

 俺の境遇か、はたまた異世界人であることがウンディーネを喜ばせたようだが……オモチャにされないか不安だ。


「この森で人族が生きてるだけでも面白いのだが、それがシャドウスパイダーの亜種を手なずけて、しかも異世界の人族とはな。実に面白い。お前に興味が湧いたぞ」

 マズイな。気に入られてしまったが……本当に大丈夫か?

 得体の知れない相手に気に入られるというのは、一種の恐怖だ。

 

「キ」

 アトラが解体した肉を持ってきたか、丁度いいタイミングだ。一度ここで会話を切るべきか。


「ありがとうアトラ。じゃあさっそく教えてもらった通りにやってみるぞ」

 肉について深くは考えない。考えただけで吐きそうになる。

 

 ――ブロック肉の前に両手をかざして……スキルの詠唱だったな。


「スキル<クリエイト・テイムミート>――!?」

 なんだ!? 体から何かが抜けていくッ……これが魔力か!


 肉は白く光って――!?


「…………終わった、のか」

 光が収まったと思ったら、魔物の肉があのレンガブロックサイズの肉、テイムミートに変わっていた。

 発動したときに何かが抜けていく感覚があったか、これが魔力が抜けていく感覚か?


「スキルを使用するにも魔力を消費するが、お前がやったのは初歩のテイマースキルだから、ほとんど魔力は消費していないだろう」

 やはり魔力か……異世界にきたことで俺にも備わったということか?

 周りの変化はまだ簡単に受け入れられたが、自分に魔力が存在しているというのは、どうにも受け入れ難い……が、受け入れるしかないだろう。


「テイムミートも問題なく完成したようだな。それでは貰おうか」

 そう言ってウンディーネは、テイムミートを手づかみで持ち、口に運んでいく――


「――は? え、あっ、おいっ!?」

 ウンディーネがテイムミートを食った……!?

 

 アトラのときと同じように緑色の光が……オイオイまさか……。


「ほぉう、これがテイムされるという感覚なのか」

 どうやら俺は、水の女神の眷属である水の大精霊、ウンディーネをテイムしてしまったらしい……。

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