第2話



 王様に呼ばれ、城へ向かいます。まだ未完成です。うまく問いに答えられるでしょうか? やってみます。ご主人様の命令は絶対です。


「君の状況を確認されたいそうです」


 ご主人様は困っておられます。私はまだ二割の記憶しか受け入れていません。一度に記憶を移植すると、私の処理能力を超えるそうです。時間が必要です。

 ご主人様は不完全な私を依頼主に見せることに抵抗があるのです。当然のことです。


 お城に行くのははじめてです。見取り図を覚えています。ローザ様の記憶があります。迷うことはありません。

 中庭のある回廊を通ります。十六歳のローザ様の記憶に出てきました。〝うれしい〟という感情が発生します。

 おかしいです。目の奥が熱くなります。泣きたくなるのは悲しいときです。


「おおっ! 病に倒れる前のローザそのものだ……」


 目の前にいるのは王様です。人間は年を取ります。目尻に皺があります。横髪が白くなっています。

 瞳の色、口ひげ、骨格から判断します。この方は四十四歳の王様です。

 王様はよろこんでいます。ご主人様の技術がほめられています。私はそれを〝うれしい〟と感じます。


 王様とお話します。ローザ様の記憶があります。王様の好きなもの、趣味、理解しています。


「なにか飲むか? なにがよい?」


 かつてと同じ問いに、同じ答えを。季節、気温、時刻。蓄積された記憶の中から、もっとも今と近い状況を探します。


「紅茶がよいです。……そうですね、お砂糖と、少しのオレンジがあれば最高ですわ」


 ローザ様の表情を知りません。蓄積された記憶に中では頬の筋肉が動く感覚があります。私の回路に置き換えて、再現します。

 顔の動き、声色、リズム。すべてローザ様の記憶から抽出します。完璧です。


「そうか……。すぐに用意させる、待っていてくれ」


 おかしいです。王様の反応が間違っています。口の両端をつり上げるのは、うれしいときです。目尻が下がるのも同じです。王様は笑っています。

 私の中のローザ様が、王様が〝さびしい〟という状態であると教えてくれます。

 私の認識とは異なります。間違っているのは私のほうでしょうか?

 修正が必要でしょうか? 一旦保留します。


 城勤めの侍女が紅茶を持ってきます。香りを判定します。とてもよい香りだと判断します。砂糖をスプーン二杯。オレンジを浮かべます。

 背筋の伸ばし方、ティースプーンの持ち方、口もとにカップを運ぶ仕草。すべて完璧に再現します。


 動作を停止します。


「飲まないのか?」


 機械人形オートマタです。食事はしません。

 かつてと同じ問いに、同じ答えを。私は忠実に再現いたしました。「飲まないのか?」の問いは私の機能保全に抵触します。優先するべき命令を判断します。

 体内に液体を取り込む行為は回避するべき事項であると認定します。


機械人形オートマタに、その機能は備わっておりません」


 王様が落胆しています。ご主人様は額に手を当ててため息をつきました。

 失敗です。情報不足です。ローザ様を完璧に再現できていないということです。


「申し訳ありません」


 この気持ちは〝落ち込む〟です。ご主人様が王様に咎められてしまうでしょうか? わかりません。

 身体を破損すれば、次の問いに答えられない可能性があります。そちらを選択するべきでしょうか? 合理的とは言えません。


「よい。また来てくれるか? もっとよく学び、予の孤独を埋めてくれ」


「はい。かしこまりました」


 私の記憶装置の中のローザ様が教えてくれます。王様は優しい方です。私が失敗してもご主人様を咎めません。寛容です。

 私は安堵します。次回までに課題をこなします。もっとローザ様に近づきます。


「うむ」


 王様は謁見の間から去ります。


 どこを間違ったのでしょうか? わからないままの状態は、私の感情を乱します。騒がしい状態となります。助けてほしいです。答えがほしいです。


 馬車に乗ります。ご主人様と二人きりです。私の感情は〝安堵〟そして、〝不安〟です。

 複数の気持ちを同時に所有します。

 ご主人様と二人きりになったことに〝安堵〟します。ローザ様の代わりをうまくできなかったことに〝不安〟になります。

 矛盾しません。人と同じように複数の感情を同時に所有できる存在です。


「もう大丈夫ですよ」


 ご主人様が私の頭をなでてくださいます。〝なぐさめ〟の意味だと判断します。目の奥が熱くなります。ローザ様から学んだ感覚です。本当に涙が出ることはありません。


「不安です。私は間違えました。紅茶を飲むべきでしたか?」


 ご主人様は首を横に振ります。否定の意味です。


「君は命令を完璧に実行しました。命令のほうに矛盾があったということです。よく聞いて……」


 ご主人様は丁寧に説明してくださいます。

 王様の問いに対し、私はローザ様の記憶からもっとも近い状況を選んで、再現しました。

 二度目の問いかけには、それよりも上位にある機能保全の命令を優先しました。

 理解しています。ほかに選択の余地はありません。


「前提が間違っていました。最初の問いでも、飲食物を口にできないことを考慮するべきでした」


 かつてと同じ問いに、同じ答えを。この命令を実行した結果、矛盾が生じました。それが失敗の原因です。


「食事ができない状況のローザ様の記憶が存在しません」


 正確には存在します。体調不良のときです。私は予想します。「今はなにも飲みたくないわ」は、勧めてくれる方に対し失礼です。

 別の言葉を探します。――――見つかりません。


「君は考えることができます。想像することができるはずです。王妃様はどのような方でしたか?」


「お父上、お母上、猫、王様。よろこばせたいという思考で行動されていました」


 私はローザ様の記憶を分析しました。結果をご主人様に伝えます。


「そう。国王陛下をよろこばせたい。……そうだとしたら、陛下に嘘をついてはいけません」


 機械人形オートマタには嘘をつく機能がありません。

 ローザ様の行動、言動を再現するという命令を実行した結果です。嘘ではありません。


 理解できます。矛盾があります。わからないことはその場でご主人様に質問します。


「ご主人様、質問です」


「なんでしょう?」


「私はローザ様とは異なる存在です。ローザ様の言葉を伝えると嘘をつくのと同じ状態になります。修正が必要ですか?」


「…………」


 ご主人様は驚いています。答えをくださいません。

 ご主人様は国で一番の錬金術師です。いつも的確な指示をくださいます。疑問点は解消してくれます。


 無言です。時間が経過します。人が質問に答えない理由は、答えたくないからです。


「ご主人様、申し訳ありません」


 私は間違った問いをしたと判断します。胸が苦しくなります。この感覚はローザ様の記憶によってもたらされた偽りの痛みです。

 ローザ様は王様をよろこばせたいと思っています。私はご主人様をよろこばせたいです。

 同じです。共鳴します。私はローザ様の心を理解しています。

 大切な人が悲しそうにしていると、胸が痛くなります。


「すまない……」


 ご主人様は私を抱き寄せます。

 私は失敗を恐れます。理由を聞けません。

 温かいです。嫌ではありません。


 とても〝せつない〟です。


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