第13話 マジェスタ

 隣国のタリオテガイへ出発するまであと四日。俺はヒッケンの町に行き、お世話になった人たちに別れの挨拶をしていた。今生の別れになるわけではないが、三か月ほどは会う事がなくなる。研修旅行に行く報告を兼ねて、俺は知り合った人達に会いに行っていた。

 タラオン教の救貧院は再建に向けて動き出していた。瓦礫は全て取り除かれ、残っていた外壁も取り壊し中だ。一度焼けると強度がなくなるそうで、もう一度基礎から作り直しらしい。再建には約一年かかるそうだ。俺が帰ってきたころには基礎工事くらい終わっていそうだった。

 それも町の人たちの寄付があったればこそだ。当初の予想よりもお金が集まり、町の予算と合わせて十分な費用が用意できたのだ。その中には俺の募金した金も入っている。少しずつの善意が集まって形になるというのは、なんだか今までに感じたことの無い種類の、とても嬉しい事だった。

 パン屋のジョンソンさんにも挨拶を終え、店をでて猫の人形を撫でていく。皆が触るので頭部の塗装が剥げて木の地肌が見えていた。これはこれで味があっていいだろう。俺の留守中も頼むぞ、などと思いながら帰ろうとしていると、いきなり背中を叩かれた。

「よう! 誰かと思えばリンタールじゃないか! ひょっとして俺に会いに来てたのか?」

 悩みなどなさそうな底抜けに明るい声、しかもうるさい。この声はマジェスタだった。

「何だよマジェスタ。いきなり叩くなよ」

「叩きますよなんて言ってから叩くなんて変だろ? そんな事より、いよいよ出発だな! いやー胸が高鳴るなあ~」

 マジェスタは陶酔したように目をつむり自分の胸に手を当てた。

 俺は研修旅行としてタリオテガイに行くが、もう一人同行者がいた。それがマジェスタだ。こいつは新聞記者の見習いで、タリオテガイの新聞社に出向という形で働きに行くのだ。

 初めて会ったのが二週間前だが、マジェスタはその時から、強引と言うか馴れ馴れしいというか、遠慮しない態度で接してきた。俺はどちらかと言うと人見知りするので困惑していたし、今も困惑しているが、一応友人になったという感じだ。

 そしてマジェスタにとって俺はもう親友という扱いらしく、俺からすれば素っ頓狂なハイテンションで話しかけてきたりやたらと背中や尻を叩いてくる。はっきり言って変な奴だ。

「そうだね。俺も、今日は出発前の挨拶をしに来たんだ」

「ほう、そうか! 俺も途中になってる仕事を納めるのに色々と忙しいよ! 所で、お前の用は終わったのか?」

「ああ、これでもう……知り合いの人には全員言ってきたよ。終わりだ」

「全員? おっと、リンタール……誰か忘れちゃいないかい?」

 人差し指を立てマジェスタが意味ありげに微笑む。うざい。

「忘れてるって……別に忘れていないと思うけど……」

「おいおい! 何言ってるんだよ! 俺の所に来てないじゃないか!」

 そう言いながら俺の両肩をバンバンと叩く。そして俺の肩を掴み、俺に顔を近づけて言う。

「一緒に旅する仲間なんだ! 出発前にどっかに飲みに行くのが友ってもんだろ? 壮行会だ!」

「壮行会は……一応やったからいいよ。うちのカドルホスさんとグビラさんと一緒に」

「何?! 俺抜きでか?!」

「どうせ向こうでも歓迎会みたいなのがあるんだろ? それでいいじゃないか。わざわざ俺達だけで飲まなくても」

「バッカヤロ、リンタール! お前は分かってねえなあ~!」

 マジェスタが俺の左の頬を人差し指で押してくる。

「男二人が夜の街に繰り出す……つまり、女だ! 出発の前に景気づけにさ! な?! そういう事だろ!」

「知らないよ、もう。でかい声でそんな事を喋るなよ、恥ずかしい。見ろ、笑われてるぞ」

 若い女性二人が歩きながら、俺達の方を見てクスクスと笑っていた。

「あ! お姉さん! ひょっとして時間ありますか! これからお茶でも一緒に――」

「やめろ、みっともない!」

 女性に突撃しようとするマジェスタの腕を掴んで引っ張る。マジェスタの反対の手が女性を求めて空中でひらひらと動いていた。こいつには羞恥心がないのか。本能が強すぎるんだ、きっと。

「あ~あ、行っちゃった……何の話だっけ」

 女性を取り逃がしマジェスタは火が消えたように静かになる。

「さあ、何もないよ。じゃ、俺帰るから」

 これ以上こいつと遊んでいても時間の無駄だ。俺まで恥をかくことになる。さっさと帰るとしよう。

「あ、思い出した! ちょっと待てよリンタール!」

「やだ、帰る」

 無視して帰ろうとする俺の首に、マジェスタは腕を絡めて引き留める、

「何だよ、もう! 用は終わったろ?」

「いや、出発前に作って欲しいものがあるんだよ!」

「出発前って……もう四日前だけど? 作るって何を?」

「いやな、仕事で使う万年筆なんだが、ちょっと見てくれ」

 そう言いマジェスタはズボンのポケットから万年筆を出した。

「普通の万年筆じゃないの?」

「そうなんだがな、落っことして踏んづけて、ペンのボディが割れちゃったんだよ! インクが漏れて使い物にならないんだ」

 マジェスタが俺の顔にペンを近付ける。確かに木製のボディが曲がって傷がついていて、インクで汚れていた。

「新しいの買えばいいじゃないか」

「高いんだよ! でも一番金のかかるペン先は無事なんだ! ボディだけ作ってくれればなんとかなる!」

「そんなの……万年筆職人の仕事だろ? 木工は木工でも、机やスプーンを作るのとは訳が違うよ。内部の構造だって、俺は知らないぞ?」

「いや、職人に聞いたんだがな、割れた所を切って継げばいいらしいんだ。お前でもできる」

「出来るってお前に決められてもなあ……」

「まあとにかく持ち帰って見るだけ見てくれよ! あ、直すんなら、どうせならボディに俺の名前を刻んどいてくれ。情熱の赤い色でな!」

「名前も彫るのか……知らないぞ、出来なくっても」

「なあに! お前なら必ずできるさ! 何せカルド村一の木工職人だ!」

「カルド村に木工職人は俺一人だからな……全く、あと四日でか」

「大急ぎで頼むぞ! 代わりに欲しいものがあったら言ってくれ! 手間に見合う物なら用立ててやるからさ! 女の子でもいいぞ……?」

「いいよ、別に……」

 面倒だけど、本当に困っているようなので何とかしてやるか。四日あれば……ボディを作るだけなら何とかなりそうだ。金をふんだくってやりたいところだ。そう思ったところで、マジェスタの言った言葉が耳に止まった。

「……何でも用立ててくれるのか?」

「お、やってくれるのか! もちろん何でもいいぞ! まあ俺の力にも限りはあるが」

「じゃあ地図を貰えるか? タリオテガイの、それもダンジョンが書かれている地図を」

「地図? 地図か……縮尺にもよるだろうが……十万分の一くらいの国全体の地図なら……何とかなると思うぞ? それでいいのか?」

「ああ、地図が欲しい」

「ふむ。しかしダンジョンの情報入りとは、変なものを欲しがる奴だな。ダンジョンに興味があるのか?」

「ああ……色んな時代の色んな建築が再現されるって聞くから……どんなものなのかと思って」

「ふうん。職人としての好奇心か! よし、分かった! 地図は出発までに何とかする! お前は万年筆を頼むぞ!」

 そう言ってマジェスタは走っていった。嵐のような奴だった。

「ダンジョンはいくつかあるって聞くけど……そこに本当に答えがあるんだろうか?」

 ダンジョンをクリアすると神に会えるらしい。まるでゲームみたいだ。しかし、俺をこの世界に転生させたのが神だとすると、会う方法はそのくらいしかなさそうだ。

 タリオテガイで何が待っているのか。不安と期待が混ざり合った気持ちだ。俺のBlenderの力の意味を確かめるためにも、行かなければならない。


 家に帰って早速万年筆を見てみる。

 マジェスタが言っていたように、ボディの持ち手部分は壊れているが、ペン先のインクを吸い上げる機構は無事のようだった。ボディ部分だけ直して差し替えれば良さそうだった。

 単純に円筒のような形で作れば簡単だが、持ち手には指の形に合わせたくびれがある。これを再現しなければならない。

 まず円柱を出す。万年筆のボディに合わせてSで伸縮させ細長くする。

 くびれを作るにあたって、屈曲点となる部分に辺を挿入する。シフトRで円筒の円周上を一回りする辺を作り出し、それを任意の位置にいれる。それを四か所入れる。

 くびれの部分だけ頂点を選択しボディにめり込ませる。これを先端と後端に行ない、指がなじむように調整する。

 あと名前も彫っておいてくれと言われたので、テキストをナイフ投影して作る。

 まずテキストを出し、MAJESTAと打ち込む。それをボディの真上に配置し視点をZ軸のものに変更する。この状態でテキストとペンのオブジェクトを選択し、編集モードからオブジェクトのナイフ投影を選択する。これでテキストの輪郭線がペンのボディに刻まれる。

 ペンの方を選択し編集モードに入り、文字列を選択しEで内側にめり込ませる。あとは縁にベベルをかけて角を取れば完成だ。

 あとはマテリアル設定。本体は木材のテクスチャを貼り、名前は赤い色で塗りつぶす。大体こんなもんでいいだろう。


「おー! 完成したのか! さすがだな、リンタール!」

 二日後、マジェスタが俺達の家に万年筆を受け取りに来た。

「ちゃんと名前も入れてある! いやーお前天才だな! 実はできないんじゃないかと思ってた」

「頼んでおいて、何だよそれ! 急いで作ってやったのに、まったく」

「すまんすまん! お、じゃあ約束の地図だ。こっちも手に入った!」

 マジェスタは荷物入れをガサゴソと掻きまわし、丸めた紙を取り出した。

「注文通りダンジョンの位置が入っている。観光用のちょっと荒い地図だが、町の位置とかは合ってるから分かるだろう」

「ふうん」

 地図を開くと、確かに色々な名所旧跡のようなイラストが描いてある。それに交じってダンジョンも……三箇所書かれている。

「ありがとう。助かるよ」

「ああ、じゃあこれでいいな! いやあ万年筆も直ったしこれで憂いなく行けるな! あ、カドルホスさん! こんにちは!」

 作業小屋にカドルホスさんが入ってきた。頼まれた代筆の仕事をするようだ。

「こんにちは、マジェスタ。向こうに行ってもリンタールの事を頼みますよ」

「はい、もちろんです! 何と言っても無二の親友ですからね! ばっちり任せてください! 昼も夜もね! はははは!」

 マジェスタは一人で高笑いをしていた。カドルホスさんは微妙な表情でそれを見ていた。俺もだった。



・万年筆のモデリング

https://kakuyomu.jp/users/ulbak/news/16816927863355289924

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