第30話 踏み込み
案内されたのは、食堂の隅の方だった。かなり奥まったところにあるから、空いている席は比較的多い。
その一角に眼鏡の女子が座っていた。食べる手を止め、じっとこちらの方を見ている。
見覚えのある顔だ。名前は確か――
「もう、いきなりどこ行くんですか。てっきり置いていかれたのかと」
近づいていくと、いきなりその子の顔が曇った。言葉通り、とても不満そうだ。
それで思い出した。後藤だ。生徒会の副会長をしているはず。以前にも一度、似たような光景を目撃した。しかも、ちょうどこの場所で。
「でもほら、食器類はまだ下げてなかったじゃない」
「そうですけど――って、桐川さんと仙堂君!? 一緒だったんですか」
今の今まで気づいていなかったようだ。
視線はちゃんとこちらに向いていたが、生徒会長の理不尽な振る舞いのことで頭がいっぱいだったのかもしれない。
名前を呼ばれたので、とりあえず会釈をしておいた。
反面ちょっとした疑問を感じながら。どうして俺の名前を知っているんだろう。
「というか、それが目的だったというか。席がなくて困ってたんだけど、いいよね」
「はい、全然。ワタシもそろそろ食べ終わりますから」
「じゃあ、適当なところ座って、2人とも」
くるりと、生徒会長が俺たちの方を振り返った。
俺が動くより先に、クラスメイトが副会長の側へと回り込む。
「ありがとうございます。後藤さん、失礼するね」
「……わ、覚えてくれてたんですね、ワタシの名前!」
「当たり前だよ~。あたし、人の顔と名前、覚えるの得意なんだ」
「さすが元アイドル、ね。人気の秘訣ってわけか」
「そ、そんなんじゃないですよ」
会長の揶揄に、桐川は少しだけ顔を赤らめた。目線の泳ぎ方からして、どうやら本気で恥ずかしがっているようだ。
ともかく、無事に居場所を確保したところで、食事を始める。
なんだかんだで、やはり出来立ては美味い。これだけで、食堂を利用する価値はあると思う……あの長い待ち時間はなかなか許容できないが。
「先輩たちは、よくここでご飯食べるんですか?」
「うん、最近はそうかな」
「ですね。ワタシは前からですけど。会長が付き合ってくださることが増えて――どういう風の吹き回しですか? 今まで、そんなことあまりなかったのに」
「そんなこともないと思うけど。何度かはあったじゃない」
「ですけど、大抵は教室か生徒会室で済ませてますよね」
「まあそれは、ね」
曖昧に答えて、先輩は意味ありげに俺の方へ視線を送ってきた。口元には、これまた意味深な笑みが浮かんでいる。
俺は気づかないふりをして、箸を進め続けた。触らぬ神に祟りなし。
が、他の連中は見過ごしてはくれないようだった。
「どうして、そこで仙堂君の方を……そういえば、たまに一緒してるんだっけ? この間は生徒会室で食べた、って聞いたけど」
「そうなんです? 初耳だ。そんな姿、一度も見たことなかったけど。少なくとも、生徒会室じゃ」
2人の疑うような視線が、俺と会長の間を行ったり来たりする。
全く、あんなわざとらしいアイコンタクトなんてするから。目の前の連中はかなり手ごわそうなんだが。
少しだけ眉間に皺を寄せながら、みそ汁を口に着ける。汁物こそ、まさにこの場所の特権。一応家から持ち込む手段はあるが、さすがに手間だ。
「誰もいないときね。ひとりぼっちは寂しいから」
「会長、いつも誰かと一緒にいますもんね。さすが支持率100%!」
「大げさだわ。信任投票のこと言っているのなら、わざわざ反対する人がいなかっただけよ。それに、人気度ならどこかの誰かさんには敵わないからねー」
「だから、そんなことないですってば」
「えー、後藤がしょっちゅう貴女の噂話を教えてくれるけど?」
「ちょ、それを本人の前で言うのは!」
横目で、隣人の様子を窺う。心底愉しそうだった。
標的にされた方は、かなり大慌て。すっかり形勢逆転。この自信があったからこそ、あの合図……あるいは、俺も巻き込むつもりだったのかもしれない。
反応しなくてよかった、と少しだけ安堵する。
「待って、待って。噂って、なに? あたし、何言われてるの」
「たとえば、仙堂との仲が怪しい、とか?」
「……なんすか、それ」
「お、さすがに看過できない感じ?」
やり玉にあげられ、つい相手の方を見てしまった。
目を細めて、ニヤニヤして、まさにほくそ笑むといったご様子。
ついてきたのは失敗だったかもしれない。そもそも初めから。
「聞いたよ~、この間学校休んだとき、家に行ったって」
「あれはただ、来てもらったお返しというか……」
「うん? 私が聞いていたのは、仙堂の家に桐川が行った、ということなんだけどなぁ」
「……は?」
「そんなことが! 仙堂君、キミはやっぱり」
「違う、誤解だ」
やられた。完全に墓穴を掘った。
よく考えてみれば、あの一件は誰も知らないはずなのだ。担任と、他でもない訪問相手以外は。
それを焦って、口を滑らせて……頭の中はもうパニックだった。
とりあえず、救いを求めて、正面の人物に目を向ける。
だが、それも無意味。奴もまた、完全にテンパっている。顔を強張らせて、やたらとまばたきが多い。
どう切り抜けたらいいものか。少しもいいアイディアが浮かばない。
隣りと斜め前からの視線は、あまりにも痛すぎる。
「ふっふっふ、まあなんでもいいけどねー。そうだ、後藤。放課後の荷物整理の話どうなってるかしら?」
気まずい沈黙は無限には続かなかった。
ひとしきり愉しんだらしく、生徒会長はとても満足そうだ。
これまた大げさに、話題を変えだす。
「――へ? ああ、ええと、特に人手は増えてなくて。やはり皆さんお忙しそうです」
「何か困りごとなんですか?」
ここぞとばかりに、桐川が話に乗っかりだした。
個人的には罠の可能性もあるから、あまり追及する気にはなれない。さっきの今で、すっかり生徒会長のことを信じられないでいる。
「倉庫整理の仕事がね。夏休みも近いし」
「生徒会のメンバーでなんとかしたいのですが、平時から人手が足りなくて」
「……知られてないってことは、掲示板には全く効果がないってことね。やっぱり、ホームルームで流してもらえばよかったかぁ」
悔やむように顔を歪ませ、会長は頭を振った。そのまま、くるくると指を回し始める。
なんとなく珍しい姿だ。別に、そこまで策を巡らせた話というわけではないらしい。
俺たちを当てにしているわけではないんだろう。
たぶん、桐川が聞かなければ、話はここまで広がらなかった。
しかし、倉庫整理、か。その名前だけで、大変な作業であることは想像がつく。
一応、この学校の生徒なわけだし、何より生徒会長には何度か世話になってきた。
「あの、俺でよかったら手伝いましょうか」
思いつくままに、言葉が出ていた。
他人との付き合い方が変わってきている。その自覚は、確かに自分の中にあるのだ。
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