第44話 素直になって

「お邪魔します」

「改まらないでよ。緊張するじゃん……」


 俺の部屋と同じくらいの広さだけど、雰囲気は全然違う。

 ベッドも、家具も、結構ピンクがかった色が多く、猫のぬいぐるみなんかが壁に立てかけられているのを見ると、女の子の部屋だなあと。


 そしていい香りがする。


「……どこ座ったらいい?」

「ベッドでいいよ。隣、来て」


 いわれるがまま。

 結奈の隣に座るとすぐに、結奈がキスをしてくる。


「……どうしたんだよ今日は」

「さーくんはね、私に興味ない?」

「な、ないわけないだろ。むしろありすぎて困ってる」

「よかった。ねえ、まだ早いけど」


 布団に入ろ?


 そう聞かれて、断る術など俺は持ち合わせていない。

 いや、断る理由なんてない。


 自然に。

 二人でベッドに入る。


 また、キスをする。

 手を握って、体を近づける。


 結奈の、柔らかい身体を抱きしめて。

 どうやって脱いだかもわからない服を足元に放って。


「結奈……」

「うん、いいよ。さーくん」


 無我夢中だったけど。

 何もわからないままだったけど。


 はじめて。

 結奈を抱いた。


 少し苦しそうな彼女の顔に戸惑いながらも、俺は結奈がたまらなく愛おしくて、必死に彼女を求めた。

 安心感とか、快感とか、そんなものを感じる余裕もなかったけど。

 嬉しいということだけは、ずっと感じていた。


 結奈とこうなれたこと。

 結奈が俺を受け入れてくれたこと。

 そんな奇跡をかみしめるように、俺は何度も結奈とキスをして。

 結奈と肌を重ねて。


 そして夜になった。


「……大丈夫か?」

「うん。少しジンジンするけど」

「ごめん。余裕なかった」

「ううん、いいよ。すごく幸せな気分」


 終わってみて。

 少し冷静になると、とても気持ちよかったなあとかそんなことを実感していた。

 こんなに幸せな気分になるんなら、なんでもっと早く、素直にならなかったんだろうと。


 アドレナリンでも出てるのか。

 今は足も痛くない。

 多分、そんな痛みの入る隙間すらないくらいに、満たされてるんだろう。


「なんか、幸せだなあ。いいのかな、こんなんで」

「いいじゃん。今が幸せなことって、大事だと思う。それに、自分たちが幸せじゃないと、人の幸せなんて願えない。それが人だと思う。卑怯で、嫉妬ばっかりで、それが、私だと、思うから」

「……じゃあ、もう卑怯なことも嫉妬も、しなくていいな」

「ちゃんとさーくんが、私のことをずっと好きでいてくれたらだけどね」

「当たり前だ。好きだよ」

「うん」


 結奈の肌はとてもすべすべして。

 気持ちよくて。

 また、元気になってしまう自分がいたので、我慢するように。


「今日は寝よう。明日もあるし」


 初めてのことで。

 きっと疲れただろう結奈を気遣っての言葉だったのだけど。


 結奈は。

 俺を見ながら笑って、言う。


「うん。でも、その前に……もう一回、したいな」



 朝。

 ひどい眠気を残したまま、結奈に起こされて。

 結奈の部屋のベッドで目を覚ます。


「……おはよう、結奈」

「おはよう。みいにご飯あげに行かないと、怒ってるかも」

「あ、そうだな。うん、じゃあ」

「でも、その前にね」

「ん?」


 服を纏っていない結奈が。

 ぎゅっと抱きついてきて。


「一回だけ、いいかな?」


 結局そのまま。

 結奈の感触の虜になったように俺は。

 また、結奈を抱いた。



「みい」

「ごめんみい。昨日は寂しかったか?」

「みい、みい」


 昨日、部屋を空けていたことでいつも以上にみいが甘えてくる。

 なんか悪いことをしたなあと、結奈と二人でみいを撫でていると、登校時刻が迫っていた。


「あ、遅刻する。みい、今日はすぐに帰るから」

「みい」


 俺たちはみいをおいて、また部屋を出た。

 学校へ向かう途中、結奈が「今日はずっとみいの相手してあげないとね」とか。

 そんな話をしながら早足で学校に向かうと、加藤と下駄箱のあたりで顔を合わせる。


「おはよう二人とも」

「おはよう麻衣。今日はよろしくね」

「ええ。それより結奈……あなた、そういうことね」

「え、な、なにが?」

「首。キスマーク」

「え!?」


 大きな結奈の声に、その辺にいた生徒たちが何事かと振り返る。


「嘘よ。でも、やることやったのね。よかったじゃん」

「え、あの、ええと、うう……」

「恥ずかしがることないって。神木も、先に大人になっちゃったんだ」

「朝から下ネタ言うなよ。恥ずかしいだろ」

「あはは。私も続けー、だね。谷口君、いい人だったらいいなあ」


 加藤はこういうことにはほんとうに目敏い。

 ほんと、こいつも早く幸せになってほしい。

 どうか、今日の出会いが加藤にとってプラスでありますように。



 今日はずっと、谷口の様子を気にしてみていた。

 しかし、変わったところは何もない。

 時々友人と喋ったり、一人で携帯を触っていたり。

 普通だ。目立つわけでもなく、かといって無口な対応でもない。


 そんなこんなで放課後になると。

 まず谷口が俺のところにやってくる。


「今日はよろしく。このまま、行くの?」

「まあ、飯だけなら着替えなくても。一緒に行くか?」

「いや、二人の邪魔したら悪いし。俺は現地で」


 そう言って、一足先に谷口は行ってしまった。

 加藤も、「私本屋寄ってからいくね」と言って、出て行く。


 今日は近くのファミレスでご飯を食べるだけだし、まあ焦ることもないかと。


 結奈と二人で教室を出たところで、同級生数人が井戸端会議をしていた。


「なあ訊いたか? 飯島君、刑務所出てきたって」

「えー、早くない? だって強姦未遂なんだろ?」

「それがさあ。なんか親がめっちゃ金積んだとか。しかも飯島だけ除籍処分になってないって噂だぜ」

「なんだよそれ、お金がありゃなんでもおっけーってことか。世も末だなあ」


 そんな不穏な噂を聞いてしまった。

 飯島が、戻ってくる?

 いや、全校生徒にあいつの醜態は晒されている。今更戻ってきても、いくら金を積んでも皆の記憶までは消せない。

 しかし、嫌な予感はする。


「……飯島のやつ、また悪さしなければいいけど」

「うん。さすがに学校に戻ってくるとは思えないけど。でも、夜道はちょっと怖いから」


 だから。

 そういって結奈が、腕に抱きついてくる。


「こうしてる」

「ま、まだ夕方だろ」

「じゃあずっとこうしてる。これなら怖くないもんね」

「……ああ、離れるなよ」


 結奈と初めて体を重ねて。

 少し気まずいなんて思っていた俺だけど。


 結奈は前よりも、ずっと積極的になった。

 よく笑うようになった。

 

「じゃあ、そろそろ行くぞ」

「うん。二人を待たせたら悪いもんね」


 もう、俺は言うことなんてなにもない。

 幸せで、これ以上願うことも無い。


 だからあとは。

 

 加藤がいい人と巡り会えるように。

 今日がその日になればいいなと。


 二人で、待ち合わせ場所に向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る