第30話 変わったもの、変わらないもの
式神結奈に彼氏ができた。
そんな話で学校は一日中騒がしいままだった。
騒動の中心にいる俺たちは、それでも知らぬ顔で学校を出る。
「なんか、改めてお前のすごさを思い知ったよ」
「みんな騒ぐのが好きなだけよ。明日にはおさまるわ」
「だといいけど。そういや、加藤とは何を話したんだ?」
「別に。この前はごめんなさいって」
「そうか」
今、俺が前をむけたのはあいつのおかげだ。
もちろん話すきっかけというか、知り合った時のあいつは最悪だったけど、結果的によき理解者として、俺を励ましてくれたことに変わりはない。
それに……なんのつもりか、告白まで。
まあ、あれは一時の気の迷いというか、飯島にひどいことを言われて身近な俺がよく見えただけの話、と思っているが。
「加藤さん、さーくんのこと好きなのね」
「なんだよ、そんな話もしたのか? いや、あいつは本当は飯島の事が好きなんだって。忘れようと思って、俺を使っただけさ」
「そんな言い方は可哀そうよ。でも、思ってたより悪い人じゃないみたい。だからちょっと心配かな」
「心配?」
「飯島君、あんな性格でしょ? 彼女も酷いことされなかったらいいけど」
「……」
そういえば、今日は加藤と話すことはなかった。
それに、先日ひと悶着あったとはいえ、飯島も大人しい。
このまま、何事もなければいいが、そういうわけにもいかないのだろうということはなんとなくわかる。
自分のことはなんとかしてもらって、加藤のことは無視なんて、そんなことは多分できないだろう。
「まあ、あいつが頼ってきたら話くらいは聞いてみるよ」
「そうね。でも、二人でご飯とかはダメだからね」
「わ、わかってるよ。一応、付き合ったんだから、俺たち」
「一応?」
「いや、ちゃんとだよ……」
少し結奈が怖かった。
真顔だけど、少し低くなった結奈の声は、俺に鋭く釘をさす。
……ふう。今日からは結奈の彼氏か。
自覚、もたないとな。
◇
「たっだいまー」
家に帰ってそれぞれの部屋に戻り、しばらくゆっくりしていると玄関から騒がしい声が。
母さんたちが帰ってきたようだ。
「あれー、二人とも寝てるのー? お土産あるよー」
「おかえり。そんな大声出さなくても聞こえてる」
「ただいま悟。結奈ちゃんと仲良くしてた?」
「まあ、一応」
「ふーん。そう、よかったわね」
「なにがだよ」
「なんにも。私らはもうご飯食べてきたから、今日は二人でどこか行ってきなさい」
そう言われて、母さんは俺に五千円札を渡す。
「いや、別に」
「いいから。デートしてきなさいよ」
「何か誤解してないか?俺と結奈は」
「あの子はちゃんと、悟のこと考えてくれてるわよ。あんたもきちんとしなさい」
「……わかったよ」
そう言い残して、母さんは先に奥へ。
後から荷物をもった親父や結奈の両親も家に戻り、また家が騒がしくなった。
でも、以前のような気まずさや後ろめたさはない。
それより、俺たちのことをずっと信じて待っててくれたことに頭が下がる思いだった。
◇
「結奈、ご飯食べに行かないか?」
二階に上がり、早速結奈の部屋の外から直接聞いてみた。
すると、
「いいわよ。あと五分待って」
とだけ。
部屋の前で待つ間、まるで初めて好きな人とデートするかのような、何とも落ち着かないワクワクやソワソワが止まらない。
高揚する気分が抑えられず、顔も緩む。
そんな自分を引き締めようと、自分の頬を両手でパンと叩いて気合を入れないしていると、「何してるの?」と言いながら結奈が部屋から出てきた。
「あ、いや。早かったな」
「ええ、まあ。それより、外食なんてこの前も行ったじゃない」
「母さんが、金くれてさ。飯食って来いって」
「そっか。じゃあ。お言葉に甘えよっかな」
一階では、まだ旅行気分の抜けない両親たちがわいわいしていたが、それを横目に二人でこっそりと家を出た。
「ほんと、子供みたいな親だよな。無邪気というか」
「でも、仕事は順調みたいだし。ああいう純粋さってのは見習わないといけないと思うわ」
「確かにな」
結局どこに行こうかと話をしていてもまとまらず。
今日は近くのファミレスに行くことにした。
この辺の高校生のたまり場として、夜でも大勢の学生で賑わう場所にわざわざ結奈と行くのもどうかと思ったが、付き合った以上は堂々としていたい。
そんな思いから、敢えてこの場所を選んだのだが。
「あれ、式神さん? デート?」
「あ、ええと、これは、ちょっと」
「式神さんだー。可愛い」
「彼氏と夜に食事とか、いいなあ」
早速俺の知らない女子たちに絡まれていた。
本当に顔が広いというか、人気者だ。
「……ごめん、こんなとこで」
「別に。いいわよ、隠すことでもないし」
席に着いてからもあらゆる方向からの視線を感じる。
多分、中には結奈のことを知らない連中もいただろうが、彼女の綺麗な姿に見蕩れて、ついこっちを見てるのだろう。
……このままじゃダメだな。
やっぱり、結奈にふさわしい人間に、俺もならないと。
「で、何食べるの?」
「俺は……このセットでいい。結奈はパスタか?」
「ファミレスのは別に。ハンバーグにしよっかな」
結奈は冷静だ。
いつもと変わりない様子で淡々と話すその姿は、しかし今日から俺の彼女なんだと思うとやはり、真っすぐ見ることはできなかった。
注文をする時も、緊張のあまり声が出ず。
慌てる俺の代わりに結奈が頼んでくれるという失態を見せる。
意識するなと言われても無理があるが、しかしこんなままではやはり結奈の彼氏としてふさわしいとは到底思えないわけで。
ため息が出てしまう。
「はあ……」
「人の顔見てため息はやめてよ。失礼よ」
「ごめん。でも、いざお前と仲直りしたら、それはそれで緊張というか。それに、つ、付き合ったんだよなって思うと余計に」
「……私は、嬉しいよ?」
「結奈……」
「ずっと好きだった人と付き合えて、震えるくらい嬉しいけど、でもどうやってこの喜びを表現したらいいのか、わからないの。なんか、さーくんの前で自分を偽り続けてたせいか、昔みたいに笑ったり、はしゃいだりできないの。ごめんなさい」
「いや、俺もだよ。素直になっても、なりきれるもんじゃないって、今改めて実感させられてる。でも、ちゃんと結奈に対する気持ちは本当だから」
「うん。あ、料理来たよ。食べよっか」
「ああ」
運ばれてきた料理を前にすると、結奈は「おいしそうだね」と、案外しっかりわらっていた。
でも、その後すぐに表情を暗くする。
何か思い詰めたように、じっとナイフとフォークの先端を見つめながら、固まる。
「どうした? 食べないのか?」
「……私達って、恋人なんだよね」
「ど、どうしたんだよ急に」
「恋人って、やっぱりこういうことするのかなって、ね」
結奈は、ハンバーグを切り分けると左手に持っていたフォークでそのひと切れを刺し、俺の方へ持ってくる。
「……結奈?」
「あーん、する?」
「え、いや、あの」
「嫌なら、いいけど」
「……いただきます」
なんとも不愛想なあーんだった。
俺が差し出されたそれを口にすると、すぐに下を向いてまた、ハンバーグを切り分けて、今度は淡々と自分で食べだした。
なんの気まぐれだよと、そんな様子の彼女を見て呆れていると、しかしガチャガチャと、ナイフとフォークが当たる音を響かせる。
よく見ると、手が震えていた。
「結奈、大丈夫か?」
「な、なんでもない。大丈夫。別に、緊張とか、してない」
「……」
相当恥ずかしかったのは、どうやら結奈の方だった。
彼女はその後も食事処ではなく、手が震えてろくに切り分けることもできないハンバーグを、ついにはお箸で食べようと。
そしてその箸もまたぽろぽろと。
何度も手から滑らせて、何度も店員に交換してもらっていた。
「……無理、しなくていいからな」
「うん。でも、好きな人のために頑張りたいって、それくらいは無理したい。今まで、無駄に無理をしてきたことと比べたら……」
「ああ、俺も頑張るよ。さあ、食べよう」
「そうだね」
静かな食事になった。
結奈はそれから一言も発することなく淡々と。
緊張を隠すようにしながら黙々と食事を口に運んでいた。
俺も、そんな彼女の姿に気恥ずかしくなりながら、静かに食事を終えた。
二人で店を出る。
その時も何人かに結奈が声をかけられていたが、その頃には彼女も毅然と対応していた。
それに、「彼氏ですか?」と訊かれていた時に「そうよ」と、はっきり答える彼女が印象的だった。
「なんか、夜のファミレスって騒がしいんだな」
「みんなあそこしか行くところないのよ。私たちも人の事言えないけど」
「でも、これからは店とかも探さないとな。毎回同じ所じゃ飽きる」
「じゃあ、次は私が行きたいところ探しとく。人が多いところはもう、懲り懲りだし」
二人で帰る夜道。
また結奈は冷静に戻っていたが、いつもより足取りが軽いような気がする。
少し早足な彼女について行きながら、やがて家が見えてくると結奈が俺の手をそっと掴む。
「ゆ、結奈?」
「……手、繋いでみたら素直になれるかなって」
「な、なんだよそれ」
「さーくんの手、おっきくなったね」
「結奈は、相変わらず手が冷たいな」
「うん。そういうところだけ、変わんない」
「いいじゃんかそれで。俺も大して変わってない」
「そう、だね。家に着くまで、このままでもいい?」
「ああ。いいよ」
こうやって彼女と手を繋いで歩くなんて、小さい頃に戻ったような気分だ。
時間と共に変わってしまうものは確かにあるけど、それでも変わらずにいてくれたものの大切さをかみしめるように、俺は結奈の少し冷たい手をぎゅっと握りしめて、二人で家に戻っていった。
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