第28話 このままじゃダメなんだって

 翌日は、昼前まで眠っていた。


 というのもずっと夜遅くまで結奈のことを考えていたせいで。

 寝付いたのは朝の三時くらいだったから。


 そして昼になって下に降りると、結奈が昼食の準備をしてくれていた。


「おはよう」

「おはよう。夜更かししたの?」 

「まあ、連休だからちょっと」

「明日から学校だし、今日はゆっくりしよっか。お昼は昨日のカレーの残りだけどいい?」

「うん、もらうよ。結奈のカレーなら毎日でもいいくらいだし」

「……他のものも作るもん」


 少し拗ねたように、カレーを注ぎながら呟く結奈は先にご飯を食べていたようで、俺にカレーを渡すと、「みいのとこに行ってくるね」と言って、二階に上がっていった。


 すぐにカレーを食べ終えて、部屋に戻ると結奈がみいにおやつをあげている。


「さっきおやつあげたぞ」

「そ、そうなんだ。でも、みいが欲しそうにするから」

「ま、たまにはいっか。結奈もみいには甘いな」

「うん。じゃあ私は部屋戻るね。今日の夜は何食べたい?」

「うーん、カレーでもいいけど」

「そんなの嫌よ。じゃあオムライスでも作るから。また後でね」

「ああ、また」


 これまではずっと、極力顔を合わせないようにしていた結奈と俺だ。

 こんなに休みが続いて家にずっといても、間が持たないってのもある。


 だからしばらくはそれぞれの部屋で過ごし。


 夜にまた結奈に呼ばれて下に降りる。


 この日の夜は結奈が言った通りオムライスを出してくれた。

 それももちろんおいしくて。 

 でも、結奈の顔はどこか晴れない。

 やっぱりまだ、色々と気にしてることがあるのだろう。


 こういう時、どういう言葉をかけたらいいのかわからない。

 気にするな、大丈夫だから。

 そんなことは散々伝えたけど。

 そうじゃない、な。


「結奈、ご馳走様」

「うん、どうだった?」

「ああ、うまいよ。結奈が許嫁でよかった」

「……私も、だよ」

「うん。明日から学校だし、今日はゆっくりしよう。今日の片付けは俺がやる」

「いいわよ、私が」

「やらせてくれ。俺も結奈のために何かしたいって、思ってるんだ」

「……うん。じゃあ、任せるね」


 先に結奈は部屋に帰る。

 俺は食器を洗いながら、ふと物思いに耽る。


 ずっと一緒、か。

 そうだ、ずっと一緒なんだ。


 俺たちは多分、これからずっと一緒だ。

 だから急ぐ必要なんて何もないって、俺は思ってるけど。


 でも、結奈は焦ってる。

 せっかく仲直りしたんだから、距離を早く縮めようと、必死になってる。


 もちろんそう思ってくれてるのは嬉しいし。

 俺もゆっくりなんて、悠長なことを言ってないで、あいつの気持ちに応えてやらないとな。


 また、あいつが思い詰めない為にも。




 平日の朝。

 いつもなら一人で早朝の学校に向かうのだが、今日は少しだけ違った。


「一緒に行かない?」


 結奈が朝早くに部屋に来て、そう言ってくれたから。

 いつもより少しだけゆっくりした時間を過ごし、準備をする。


 俺はその時に結奈と話して、初めて知ったことがあった。

 彼女もまた、俺みたいに早く家を出て、誰もいない学校で時間を潰していたそうだ。


 最も、俺が避けていたのは結奈だけど、あいつは家族との接触を避けていたそうで。

 特に俺の両親には、気まずくて合わせる顔がなかったとか。

 やっぱり、苦しんでたのは俺だけじゃなかったんだ。


 でも、そんなことを続ける理由はもうない。

 二人でゆっくり朝食をとって、始業に間に合う程度の時間に家を出る。


「なんか、人が多いね」

「ああ、こんな時間に学校に向かうのは中学校以来かな。でも、いいのか?」

「なにが?」

「いや、俺なんかと歩いてたら、その、変なこと言われないかなって」

「別にいい。飯島君みたいな人に目をつけられるよりずっとましだし」


 結奈はすっかり元の調子だ。

 先日の涙を流していた彼女ではなく、冷静に前を向くその姿に少しだけ安心する。


 でも、心の内はわからない。

 多分、無理もしてるとは思う。


 まだ、彼女は自分のやってきたことを責めている。

 

 なんとかしないと、だけど……。


 何からやっていけばいいのか、考えがまとまらないうちに学校に着く。

 そして、正門のところでクラスメイトに声をかけられる。


「あら、おはよう神木」


 加藤だ。

 ちょっと気まずい。


「あ、おはよう」

「へえ。すっかり仲直りしたんだ」

「……まあ、おかげさまで」

「へえ、やるじゃん」


 加藤は、先日俺に告白したことなどなかったかのような素振りで、淡々と話す。


「で、あんた今は幸せ?」

「なんだよ急に……」

「いいから、言いなさいよ」

「……ああ、幸せだよ」


 隣に結奈を置いてこんなことを言うのは恥ずかしくないわけがない。

 照れながら話すと、横にいる結奈ももじもじと、恥ずかしそうに下を向く。


 そんな俺たちを見ながら、ふーんと何か納得した様子の加藤が、今度は結奈の方をみる。


「ねえ。少しだけ式神さん、いいかしら」

「私?」


 結奈に話があると。

 しかし何の用件だ。

 加藤が結奈にいいたいことっていえば……


「おい加藤、飯島のことは」

「そうじゃないわ。いいから、ちょっとくらい時間ちょうだい」

「え、ええ」


 結奈は加藤に押され気味に返事をすると、さっさと校舎の中へ連れていかれた。

 

 せっかく一緒に登校できたというのに、邪魔すんなよな。

 とか、そんなことを思いながらも何も言えず。

 フッたばかりの女子に合わせる顔なんてないし、単純に気まずかったので俺はさっさと教室に向かうことにした。



「あの、加藤さん話って」

「あなた、神木のことちゃんと好きなの?」

「え?」

 

 加藤さんが私を連れてやってきたのは校舎裏の階段。

 奇しくも私が毎朝一人で時間を潰していた場所のすぐそばだ。


「神木のことをちゃんと好きかって、そう聞いてるの」

「あの、なんでそんな話を」

「あなたが好きじゃないなら、私が神木のこと、奪うから」


 突然、そんなことを言われた。

 私は驚いて言葉を失ったが、おかまいなしといった様子で加藤さんは続ける。


「私、飯島君が好きだった。いえ、今も多分嫌いになれてない。でもあなたにひどいことをして、神木にひどいことを言った私の事、神木は庇ってくれた。私の為に飯島君を殴ってくれた。そんな彼に、私は正直惹かれてる。いいなって、飯島君以外の男を始めてそう思った。だからあんたがそんな調子なら、私が寝取ってやるから」

「……そう。悟ってモテるんだ」

「そうね。なんであんな陰キャしてるのか知らないけど。ずっとあんたのことを考えてるくらいお人好しでいい奴だってことは、知ればみんな好きになると思うわ。だから人気が出てから慌てても知らないわよ。私、その辺容赦しないから」

「うん。わかってる」

「もっと素直になりなさい。あんたらがうまくいかないと見ててイライラするのよ。わかった? 私は本気だからね」

「……わかった」


 私だって、加藤さんに悟をとられたくはない。

 だから正面切って挑まれると、こっちも強がってる暇なんてないと思わされる。


 でも。


「なんで、加藤さんは私を励ましてくれるの? 悟のこと、好きなんだよね……」

「私はね、あんたとは違うの。好きな人の幸せのためならなんでもする。今あいつはあんたと仲良くいることが幸せなんだから、それなら私は応援するわよ。でも、あいつが辛そうにしてたり悩んでたら全力で別れさすから。いい?」

「……ええ」

 

 彼女は強い。

 それにしっかりと悟に好意をもっているようだし、私なんかよりずっと、悟を見て悟を理解しようとしている。


 私も……このままじゃダメなんだ。


「じゃあね、式神さん。また教室で。あと、このまえはごめんなさい……」

 

 加藤さんはさっさと行ってしまった。

 私は、少しだけその場で考えこんで、始業のチャイムを聞きながら慌てて教室にもどることにした。



「ねえ、式神さんと付き合ってるって本当?」


 休み時間。

 女子が群がってきた。


「は?」

「え、だって休みの時にデートしてたって。それに、今日も一緒に学校きてたでしょ」

「いや、それは、あの」

「ねえねえ、式神さんとどこまでいったの? キスとかした?」


 先週までの結奈と立場が逆転したように、俺の席の周りを人が囲む。

 慣れない光景に加え、内容が内容なのでもちろん戸惑いを隠せない。

 何と答えたらいいのか……


「あの、俺と結奈は」

「ゆな? えー、そんな呼び方してるんだー」

「あ、あの」


 これはダメだなと、席を外して逃げようと思った。

 その時、隣の席でじっと本を読んで無視を決め込んでいた結奈が、


「私たち、付き合ってるわよ」


 と。

 本に目線を向けたまま、言った。


 その一言でまた、クラスがドッとうるさくなる。

 俺のところにいた女子たちは一斉に結奈のところへ。

 そして他の男子たちもこの話の行く末を聞き漏らすまいと、そば耳をたてる。


 しかしここでチャイムが鳴り。

 先生がやってきて群れは散開する。


 授業中。

 多くのクラスメイトからの視線を感じる。


 皆、授業どころではない。

 結奈の恋の行方を知りたくて、うずうずしている。


 しかし結奈の奴もどうして。

 付き合ってるなんていったのか。


 まあ、許嫁というよりはましなのか。

 それに、嘘をついててもいずれはバレる。

 今は結奈と一緒にいることを選んだんだし、堂々とするべき、か。


 やがて授業が終わり、先生が去るとまた。

 一斉にクラスメイトが結奈めがけてやってくる。


 その気配を察して俺は教室を飛び出す。


 そのまま屋上に向かい、古い扉を開けて外に出ると、その真ん中に寝そべって空をみる。


 風が気持ちいい。

 俺の今の気分みたいに、空も晴れ晴れとしている。


 ああ、こんな騒がしい学校も久しぶりだ。

 俺の周りに人が寄るなんて、いつぶりだろう。


 結奈はすごいな。あんなのを毎日相手してるんだから。

 そんな結奈を独り占めしようなんて、俺も随分贅沢な奴だ。

 そんな結奈を、泣かせるなんて……

 もう、あいつを泣かせたくないな。


 昨日の暗い顔の結奈を、また少し思い出しながら空を眺めていると、少しうとうとと。


 授業が始まるというのに、その場で眠りについてしまった。




 


 


 

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