第23話 俺の気持ち

 パスタを食べたい。

 そう言われてから俺は、スマホで近所の店を探しまくった。

 喜ばせたいとか、そこまでの気持ちがどれほどあったかはわからないが、せっかく行くのに変な店に連れてって機嫌を損ねたくないってくらいには思っていた。


 ただ、時間も何も言われていない。

 だからひたすら待つしかなく。


 やがて外が少し暗くなる。

 本当に飯に行ってくれるのか不安になりながら待っていると、ドアをノックする音が。


「ねえ、起きてる?」

「ああ、起きてるよ」

「そう。ご飯食べに、行くの?」

「え、うん。みいにご飯あげるから待っててくれ」


 慌ててみいにご飯を置いて、着替えて外に出ると、玄関先で私服に着替えた結奈が。


「お、おまたせ」

「で、どこ行くの?」

「え、ええと。いや、近くにレストランあったよな。そこでどうかなって」

「そういえば行ったことないし。じゃあ、案内して」

「あ、ああ」


 夜に結奈と一緒に出掛けるなんて何年振りか。

 気まずさを残したまま家の鍵を閉めて、一緒に店のある方へ向かう。


 道中はすれ違う人もなくとても静かだ。

 それに結奈も、何も話さず表情も変えない。


「……なあ、今日のことなんだけど」

「何? 加藤さんのことなら別に、気にしてないから」

「いや。加藤に呼ばれたのも、そもそも俺とあいつが噂されてることを、飯島に文句言いに行くってなって」

「それで、言えたの?」

「ああ。一応は」

「ふーん」


 そう言って、また無言に戻る。

 緊張している、というのが本音ではあるが、しかし結奈といる時の緊張感は、好きな人といるドキドキとは少し違う。


 普通なら、好きな相手とこうして歩いていると嬉しさや期待で胸が高鳴るのだろうが、結奈の場合はずっと一緒にいるため、そんな風には思わない。

 逆に一緒にいすぎて。

 いなくなったらどうしようって不安が、この緊張につながってるんだと思う。


 今はこうして隣を歩いてくれてるけど。

 明日になるとまた……


 そんなことをずっと考えてしまう。


「あのさ、せっかくだから好きなもん食べようよ。親も好き放題遊んでるんだし」

「そうね。こうして一緒に外食に来てる以上、あまりガミガミ言っても仕方ないものね。今だけは、休戦ってことかしら」

「今だけ、ね……。まあ、そうだな」


 結奈との溝は一気には埋まらない。 

 でも、こういう機会を大事にして、ちょっとずつでも埋めていくしか方法はない。


 また無言で歩いていくと、やがて目的の店が見えてきた。

 俺はそのまま店に入り、結奈を案内する。


「へえ、綺麗なとこだな」

「そうね。ここ、パスタが美味しいって見たことあるわ」

「まあ、好きなもん食べろよ。俺が出すから」

「いいわよ。お母さんから生活費もらってるし。それでいいでしょ」


 二人で席に着くと、メニューを見る時の彼女はいつもより顔がほころんで見えた。

 少しだけ嬉しそうなのは、きっとここのメニューがどれもうまそうだから、だろう。


 でも、昔はいつも、明るかった。

 飯を食う時も、遊んでる時も、嫌なことがあったって、俺が話を聞いてやると最後にはにこっと笑って。


 その顔がたまらなく好きだった。

 でも、しばらくどころか、もうずっと、こいつは笑っていない。


「私、これにする。悟は?」

「俺はこっちにしようかな。お、デザートあるぞ?」

「あ、ほんとだ。へえ、美味しそう。ねえねえ後でこれ頼んでも……いえ」


 少しだけ結奈ははしゃいだ様子で俺を見て、そして気まずそうに俯く。

 

「……なあ、結奈も無理してないか?」


 俺は、その様子を見て素直に思ったことを言った。

 強がってる、というか俺の前では無理に笑わないようにしてるようにも見える。

 そうしたいだけなのかもしれないけど、それでも今みたいに、普通に話してくれたらいいのにと、俺はそう願ってしまう。

 そうさせたのは自分なのに、そんなことは棚にあげて。


「無理なんかしてない。それに、私を拒絶したのは悟でしょ」

「そう、だな。でも、ほんとにあの時は悪かったって、そう思う。いくら憎んでも仕方ないし、結奈のせいじゃないって、わかってもいるんだ。でも、誰かを憎まないといられなかった。走れないってのが、こんなに辛いことだとは、思わなかったんだ」


 あの時、結奈のせいにしてしまったことで俺は、自分がダメになったことを正当化した。

 結奈のせいでこうなった。だから俺が堕落してもそれは俺のせいじゃない。

 そう言い訳しながら、ずっと逃げた。

 そのせいで結奈には、ずっと嫌な思いをさせた。


 だから言う。

 今まで言えなかった、謝罪の言葉を。

 もう、今しか言える機会なんてない。


「ごめん。この一言がずっと言えなかった。謝っても意味ないかもだけど、でも、やっぱりごめん。俺はもう、結奈を憎めないよ」

「……でも、私がやったことに変わりはないし。それに、散々酷いことも言ってきたのにどうして? 許嫁なんて縛りがあるから? それは親が勝手に決めたことで」

「それもあるけど。でも、きっかけはそれだとしても、俺は……」


 俺は結奈が好き。

 たまたま親が仲良しで、昔から一緒にいて、許嫁とか言われて。

 それでその気になっただけだとしても、でも、俺は結奈が好きだ。


「あの……」

「お待たせしました」

「あ……」


 間が悪い。なんて言えば店の人に怒られるかもしれないが、注文の品が運ばれてきた。


 そこで会話は途切れる。

 そして結奈は、何事もなかったかのようにフォークを手にもって、俺に渡してくる。


「はい、これ」

「あ、ああ」

「いただきます。おいしそうね、これ」

「うん。俺のもうまそうだ」


 俺は料理が来なかったら果たして。

 今の気持ちを結奈に伝えることができていたのだろうか。

 今となっては確かめようのない、そんなことを考えながら無言でパスタを口に運ぶ。


 目の前で結奈は、「おいしい」と何度か口にしながら、淡々と食べ進めていく。

 その様子を時々目で追いながら、俺もさっさと食事を進めていった。


「ご馳走様。うん、おいしかったわ」

「ああ、うまかったよ。それで、デザート食べるのか?」

「いいの? ならせっかくだからそうするけど」

「ああ、いいんじゃないか」


 さっきは、話の流れで言いにくいことも言えそうだったが、一度会話が切れるとやはり言い出せない。


 憎んでても、それでも俺は結奈が好きだと。

 好きだから離れたくないし、俺のことを嫌わないでほしいし、一緒にいてほしいと。


 そんなことをどうやって伝えたらいいのか悩んでいると、店員に追加注文を終えた結奈がこっちを見る。


「ねえ」

「な、なんだよ」

「……さっきの話の続き、聞かせてよ」

「え?」


 真っすぐ。

 大きな目で俺を捉えて離さない。


 戸惑う俺に、結奈は一度視線を落として。

 その後もう一度俺の方を見て、言う。


「私のこと、好き?」

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