第21話

 もう? ……もう、何なのでしょうか……?


 私には、リカルド様の眼差しの意味が分かりません。

 裏切ったのは彼のほうだというのに、どうしてそんな目を、するのでしょうか……?


 胸の内が、どろどろとしたもので埋め尽くされていくようでした。

 私は、リカルド様をキッと睨み付けました。

 鼻の奥がつんと痛み、嫌な予感はしているのに、勝手に口が開きます。


「あなたにそんな事を――ッ!?」


「行くぞ。ハロウズ侯、連れは気分が優れぬようなのでな。一旦失礼する」


 言われる筋合いはありませんッ! と言いたかったのか、言う資格はありませんッ! と、言いたかったのか。

 自分でも解っておりませんでしたが、どちらにせよ、言葉は最後まで発せられる事はありませんでした。

 私はフィルに腕を引かれて、その場から退散させられました。


「ま、待ってくれッ! フィリップ殿下!」


 そんな声が聞こえましたが、フィルは立ち止まる事なく、私をテラスへと連れ出しました。

 広い庭園と、多くの馬車、貴族たち。遠くには、城壁が見えます。

 ……あの女のいる離宮は、ここからは見えないようでした。


 私はフィルを睨み付けました。


「どうして邪魔をするんですかッ!」


「お前が傷付くからだ」


「――っ! 傷なんて、付きませんッ! 余計なお世話です!」


 嘘でした。

 あのまま感情に任せて喋っていれば、私は後悔する事になっていたと思います。

 ですが、何も言い返すことができないのも、苦しいです。

 私の心に溜まった『どろどろ』は、一体どうしろというのでしょうか? 


「……余計な世話ぐらい、焼かせろ。お前は俺の『共犯者』だ。心配は、する」


「っ、なんですか、それ……」


 意味が分かりません。だから、感謝もしない事にしました。

 私はそっぽを向いて、嘘吐きの『共犯者』に問いかけました。


「……名前、フィルっていうのは、愛称だったのですね。フィリップ殿下?」


「ああ、親しい者は、フィルと呼ぶ」


「…………私にそう呼ばせるのは、周囲に『聖女との繋がり』っていうのを、アピールするためですね?」


「それもあるが」


 フィルは一度言葉を区切って、それから、


「お前は俺の『共犯者』だ。ならお前が俺を『フィル』と呼んでも、何もおかしくはないと思った」


「なんですか、それ……」


 やっぱり、意味の分からない事を言いました。

 この人は、『共犯者』を友達か何かと、同列に考えているのでしょうか?


「……俺を『フィル』と呼ぶのは、今ではもうお前だけだ。……さて、落ち着いたならばもう行くぞ。予定の消化が少し狂ったが、俺の『共犯者』である聖女様には、皆の前でダンスを披露してもらわねばならん」


 すっと、差し出された手を、私は半眼で見下ろしました。


「……もう少し、気の利いた誘い文句はないのですか」


 今の私は滅茶苦茶、傷心なんですけど……。正直踊る気分じゃありませんよ。

 フィルは困ったように眉根を寄せて、それから仏頂面で言いました。


「では聖女様、どうか俺と踊って頂けませんか?」


 点数を付けるならば2点です。……まあ何点だろうと、私に断る選択肢はありませんけど。

 私は大きく溜息を吐き出してから、『共犯者』の手を取りました。

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