第15話 あの時の微笑み


 見つけてくれたのがヘレンさんで良かった。


 外はもう暗かった。いつの間にか陽が沈んでいたんだね。


 ヘレンさんに連れられるようにして、私は邸へと戻った。みんなが私の様子を見て驚いた。頭から血が思ったより多く出ていたみたいで、すぐに手当てされる事になった。


 使用人達の休憩室で手当てをして貰っていると、私が戻ったと聞いてすぐにヴィル様も駆けつけてくれた。



「サラサ! 何処に行っていたんだ?! 私は休むように言っていた筈だ!」


「ヴィル様……ごめんなさい……」



 眉間を寄せてるヴィル様が見られるなんて希少! なんて思ってる場合じゃない。また怒らせちゃったな。ヴィル様には笑って欲しいのに、私はヴィル様から笑顔を無くすような事ばかりをしているんだね……



「ご主人様、申し訳ありません。私がサラサちゃんに買い物を言い付けてしまったんです」


「ヘレンさん?!」


「帰ってくる時に野犬に襲われそうになって逃げて、木にぶつかっちゃったのよね? サラサちゃん?」


「え?! あ、は、はい、そう、です……」


「サラサちゃんが元気そうでしたので、つい勝手に頼み事をしてしまいました。私の落ち度でございます」


「えっと、ヘレンさん……!」


「……傷の手当てが終わったら部屋で休みなさい」


「……はい……」



 何か言いたげな様子だったけど、ヴィル様はそう言い残して去っていった。心配してくださっているのが凄く分かる。

 きっとヘレンさんの言うことも、私を庇うための嘘だと分かってる筈。眉がピクリと動いたもの。



「ヘレンさん……ごめんなさい……」


「もう謝るのは良いのよ。夕食がまだでしょ。今日は頬肉の煮込みよ。サラサちゃん、大好物でしょう? 一緒に食べましょ」


「ヘレンさん……!」



 あぁ、私の心の母よ……! ありがとうございます! 私を探す為にみんな夕食は摂れてなかったんだね。本当に申し訳ない。


 頭に包帯を巻いた状態で、ヘレンさんや他の使用人達とも一緒に夕食を摂った。みんなの優しさに、また涙が出そうになっちゃう。だから泣いちゃダメだって!


 食事を終えて、後片付けをしようとしたらみんなに止められ、部屋に帰るように言われた。仕方なく改めてお礼と謝罪を口にして部屋に戻った。


 部屋で着替えをしようと服を脱ぐ。体のあちこちに青アザができている。石を投げられて当たったからだ。でも脱がないと分からない場所にあって良かった。服の上からだから、これだけの怪我で済んだのね。良かった。


 着替えを終えて、ベッドに腰掛ける。結局魔力回復薬も魔草の苗も買えなかった。売って貰えなかった。

 街に行くの、好きだったのにな。休みを貰えた日に、時々街へ買い物に行くのが楽しみだったんだけど、もう行けないかな。


 悪意のある目は怖かった。あんな小さな子供まで私を悪魔だって言っていた。ちゃんと言い伝えは続いているんだね。


 ここを追い出されたら、髪は昔みたいにまた指甲花で黒くしよう。でも魔力がないから動けなくなっちゃうのはどうしよう。誰か魔法をかけてくれる人を外でも探さなきゃいけないよね。それは一番先にしないとダメだな。

 

 この邸以外の人の知り合いなんていない。私の世界はここだけだもの。でもそれで良かったの。他に何も知らなくても、ヴィル様とずっと一緒にいられたら、それだけで良かったの。でもそれは全部私のワガママだったんだろうなぁ。


 ベッドに座った状態で、ボーッとそんな事ばかりを考えていたら、扉がノックされてヴィル様が入ってきた。

 ヴィル様はほんの少し眉間を寄せていて、怒っているのが見てとれた。



「あの……勝手に外出してしまって、申し訳ありませんでした。その……ヘレンさんは私を庇ってくれただけで、本当はヘレンさんのせいじゃないんです。だからヘレンさんを怒らないでください」


「分かっている。怒ったりしないから安心しなさい」


「でも……ヴィル様、怒ってますよね……?」


「怒って等……いや、そうだな、私は怒っているのだろうな。サラサ、何か必要な物があれば言えと言っていた筈だ。それとも他に何か理由があるのか? なぜ街へ行ったんだ?」


「あ、えっと……それは……」


「誰にでも言いたくない事の一つや二つあるのは分かる。それを探るつもりもない。だが体調が思わしくない状態で、勝手に外出して頭に怪我をしているのを見れば、何故かと思ってしまうものだろう? 私が心配する事くらい、理解して欲しいのだが」


「ごめんなさい……」


「何か困った事があっても言わずに自分で解決しようとする癖は止めて欲しいのだ。私では力になれないか?」


「いえ! そうではありません!」


「動くなと言ってもサラサには逆効果だったか? どうすればサラサは自分を大切にしてくれるのだろうか」


「ヴィル様……」


「君を見てると幼馴染みの子を思い出すんだ。困った事があっても、それを人に見せずに笑っているような子だった。私はもう、何も気づかずにいる愚か者にはなりたくないんだよ」


「ヴィル様……」



 ヴィル様のそんな優しい言葉に、胸がズキリと痛む。まだ救えなかったアンジェリーヌの事が忘れられないんだね。やっぱり悔やんでるの? もう良いんだよ。今私はここにこうしているんだから。


 そうは思ってもそれは言えない。そして魔力なしのせいで動けなくなるのも言えない。それは私がリノに魔力を渡したから。そのせいでヴィル様は今も生き続けているんだよ。それも全部私のせいなんだよ。


 ゴクリと息を飲んで息を吐き、ヴィル様を見る。心配そうなお顔がまた素敵。あ、いや、そうじゃなくて!



「……ヴィル様が気になさるような事は何もないんです。ただ、久しぶりに街に行きたかっただけなんです」


「……そうか……」



 少し腑に落ちない様子のヴィル様は、私の頭を優しく撫でた。怪我を労るように、優しく何度も。

 だからダメだって! 涙、出てきちゃダメだからね!



「私は明日、王都へ向かう。私がいない間、サラサを強制的に休ませる事も働かせる事もさせない。サラサは自由に、したい事をすれば良い。だが、頼むから無理だけはしないで欲しい。それと一人で外出も無しだ。分かったか?」


「はい……あの、王都へはエヴェリーナ様もご一緒に、ですか?」


「いや、転移陣で行くつもりだから、すぐに帰ってくる予定でいる。すまないが、エヴェリーナ嬢を頼めるか?」


「もちろんです」


「だが、くれぐれも……」


「無理をしないように、ですね! 分かっていますよ! ヴィル様! 大好きです!」



 私がそう言うと、ヴィル様は安心したように目尻を落とした。あ、口角も3ミリ上がった。これは喜んでくれているって思っても良いよね?! 

 

 因みに転移陣とは、今この国ではヴィル様のみが使える魔法なの。ヴィル様が行きたい場所なら、遠くても何処でも行けちゃう凄い魔法。この力を悪用したい人達は多いんだろうけど、相手がヴィル様じゃ迂闊に手が出せない。

 だからこんな魔法を使えても、ヴィル様は誰に害される事もなく平和にここで領地経営をなさっている。


 最後にまたヴィル様は、欲しい物はないかと尋ねてくださった。私は思いきって、薬草や魔草等の栽培がしてみたいと言ってみた。だから苗が欲しいとオズオズと言うと、誰が見ても分かるくらいの微笑みをくださった。


 それは幼い頃のリノの微笑みと同じで、私は涙を堪えるのに必死だったの。




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